第7話 遺したもの

雑居ビルの非常階段、喫煙スペースと化した踊り場。辺りはすっかり夜だが、街はまだ眠らない。下の道路では客引きの喧騒とそれを拒んだり拒まなかった人の往来で波のように見える。それを眺めるオヤジが一匹、己の精神を落ち着かせるための一服を吸う。

「ケンさんお疲れ様です。事件が無事解決して何よりです」

「おぉ、お疲れ様。お前も色々助けてくれてありがとうな」

若者も、一本取り出し火をつけることで、動を見下ろす静の時間を共有する。

「タカノ先輩のことは残念です。自分も良くして頂いただけに」

「この仕事にはそういうのは付き物だからな。お前も他人事みたいに捉えちゃいかんぜ。だけど、ありがとうな。まぁ一番は本人の無念がなくるよう俺らが仕事することだ。そういう意味では、俺たちはあいつにしてやれることはやり切ったはずさ」

「......。そうっすね」

今度一緒に線香上げに行きましょう、と肺で味わった煙を優しく外に逃がす。


オヤジと若者は階下の賑わいから視線を離さない。彼らは人知れず守った平和を五感を使って実感するために、事件の解決後は必ずここに来る。

「そういやケンさん、禁煙中じゃないっすっか!また奥さんに殴られますよ」

オヤジは自らの二指に挟んだ一本を見て言った。

「これはタカノが死んだ時に吸いかけてたやつだ。あいつよ、今の際に頼みがあるって言うから聞いたら一服してぇだと。最後の最後まで煙草馬鹿だったよ。でも吸いきる前に逝きやがってさ。残すのはあいつにとっちゃ気分悪いだろ。だから俺が代わりに吸いきってやるんだ」

若者は、淡く灯る煙草の先端に思いを馳せた。

「そうなんすね、すみません気付かずに」

アホか、と若者の肩を叩き、オヤジは天を仰いだ。

嫁に怒鳴られるよかこれ一本残す方が余っ程だからよ、と空に行った友に語りかけた。

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