第18話 キャパオーバー
ルフトは昼飯を食べた後、しばらく宿屋の様々なところを観察している。
もう夕方なのだが今日はまだ誰も客が来ない。
ダンジョンに潜っている者はいるので、彼らが帰りに泊まるかどうかだな。
最悪でもルフトで色々試せているので、プレオープンと考えることもできる。
「……少し確認したいのですが、この建物はどなたが建てたのですか?」
「備品から柱まで全てライラ作だ」
「そうですか……恐ろしく精巧な造りの物がいくつもありますが……」
ルフトは飾ってある石像や剣などを指さす。
どうやらライラはけっこう力をいれて作ったらしい。
高級宿ではなくて冒険者たちの、ようは荒くれ者の宿だからそこまでしなくてもよかったのに。
もう少し手を抜くように指示すべきだったか。
「飾りとしては悪くないだろ、ちなみに夕食は有料だ」
朝はサービスでつけるが夜は注文制だ。
酒とかも含めると固定の値段は難しいと判断した結果である。
ルフトにメニュー一覧の冊子を渡すと、怪訝な顔をしながら受け取って食堂の席についた。
はて、何かおかしなことをしただろうか。
しばらく彼はメニューを読んだ後。
「これでは字が読めない者は注文できませんよ。聞いたことのないメニューばかりですし……上流階級相手ならば問題ありませんが、バカ……じゃなくて冒険者用の宿でしょう?」
「確かにそうだな……」
……字が読めない者のことを完全に失念していた。
昔の飲食店ってどうやって注文してたんだろうか。
肉って言えばなんか肉を出すとかそんな感じだったのだろうか。
「昼と同じように少ない種類で、店員に説明させる形にするか」
「そのほうがよろしいでしょう。メニューが多い必要はありませんよ、冒険者なんててきとうに肉と酒与えてれば勝手にバカ騒ぎします」
ルフトはため息をつきながら呟く。
確かに冒険者って酒を片手に肉食ってるイメージしかない。
変に洒落た食事は不要そうだな。温め直すタイプの肉製品とか用意しておくか。
「では私はこのグラタンとスパゲティとやらをお願いします」
「肉食って酒飲めよ」
「私はバカな冒険者ではありませんので」
肉と酒でいいだろうと言ったそばから、メニューに記載された物を注文するルフト。
結局グラタンとスパゲティも食べてかなり満足していた。
彼は食べ終わってナフキンで口をふきながら。
「味の分からぬ冒険者には勿体ないですね。上流階級用の宿にしては?」
「冒険者が泊まらないと意味ないんだよ」
この宿屋の目的は冒険者を集めることだからな。
メリットがあればいずれは高級宿も建ててもいいが。
てかルフトの冒険者に対する評価低いな。
「ルフト、冒険者のこと嫌いなのか?」
「昔、危うく殺されそうになりましたからね。こちらはまだ何もしていなかったのに」
すごく憎しみの籠った声を出すルフト。
……吸血鬼だからなぁ。普通に討伐されそうになったんだろう。
でも「まだ」って言ったからお互い様だと思う。
「ちなみにその食事は銅貨二枚だ」
「安すぎますね、論外です。どんなに最低でも銀貨二枚です」
「それだと冒険者たちは金払うのきつくないか?」
「そもこんな美食を荒くれ者に出す必要がありません。てきとうに肉でも出しておけばいいのです」
駄目だ、宿の食事のことではルフトは参考にならん。
冒険者への恨みが強すぎる。
「それとこの宿で一食ついて銀貨一枚も安すぎます。商売舐めてるんですか?」
「俺達が欲しいのは利益じゃないからなぁ。値段は上げるつもりないぞ」
「……そうですか。忠告はしましたよ」
少し怒った眼で俺を睨むルフト。
だがこの宿の目的はダンジョンに人を増やすことである。
金銭的には損得勘定抜き。むしろ損を出してもいいから、客の満足度を上げるべきだ。
それに宿はもう建ててしまったので質を落とせない。
食事も人件費というか、少ない人数で回すためのインスタント食品だ。
これ以上グレードを落とせるところがないのが現状である。
ルフトからの指摘を取捨選択しつつ、できるところは改善することにしよう。
そして次の日の朝になり、宿屋の外の入り口でルフトと俺は話していた。
「……結論から言いますと、素晴らしすぎる宿です。あんなバカ冒険者どもにはもったいないくらいの」
「もはや隠すことすらしなくなったな」
「つきましては私もたまに行商に来ます。このダンジョンは流行りそうですし、ここの商人の管理はお任せください」
ルフトはそう言って笑う。
ようはここらの商売は自分が絞めると言っているようなものだ。
俺としては町が盛り上がってくれればいいので構わないが。
「いいけど最初のうちは緩くしてくれよ。商人がたくさん来ないと町にならないし」
「もちろんです。私もここが町になって大きくなってもらわないと困ります」
ルフトは宿屋を見ながら呟いた。
とりあえず彼のお眼鏡にはかなったようだ。商人のバックアップがあるのは大きい。
「では失礼します」
ルフトは近くに停めてあった馬車に乗り込む。
流石は商人、馬車くらいは持っているようだ。
「それとエイスにメイド服着せてください」
「前に着せようとしたら嫌って言われたんだよ。スカートだと激しく動きづらいからって」
「…………そうですか」
馬車の窓からでもわかるほど落ち込んだ顔をするルフト。
わかるぞ、俺もエイスにメイド服着て欲しかったし。
そして馬車は走り去っていった。
『結局、昨日は客が来なかったな』
「初日だからな。別に経営不振で潰れはしないから気楽にいくさ」
念話で話しかけてきたヴェルディに軽く返す。
俺は三日後くらいから人が来る想定だ。
ここのダンジョンは町から遠いし、事前に泊まるための金がなしでは宿泊できない。
おそらくダンジョンに今潜っている冒険者は、キャンプの用意をしてきているのだ。
なので三日後くらい。ようは町で宿屋ができたと知られるころからが本番だ。
そしてその予想は的中した。
宿屋を開いてから三日後、ようやく冒険者のパーティーが客としてやってきた。
「な、なんだこの料理!? うめぇぞ!?」
「辛い……!? こ、これもしかして香辛料か!?」
「布団もすごいふかふかだぞ!? てっきりそこらの雑魚寝宿屋だと思ってたのに……」
色々と高評価を得ているので問題はなさそうだ。
ちなみに料金が安すぎると言われた件については、冒険者割引制というものを作った。
このダンジョンで取れた素材を売ることで宿泊料を割り引く。
これなら多少は料金が安いことに言い訳もつく。
「ここいいなぁ。下手に町に戻るより、ここでしばらく泊まってダンジョン潜った方がいいんじゃね?」
「それいいな」
食堂にいる冒険者たちが、ビールを飲みながらそんなことを言っている。
しめしめ。これで徐々に人を増やして、最終的には住人になってもらう寸法よ。
もはやお前らは俺の掌の上なのだ……と魔王的妄想しつつ。
まあ俺が本気を出せばこんなもんよ、と思ってた時期が俺にもありました。
それから一週間後……宿屋は大繁盛していた。
部屋は満席だし食事はガンガン頼まれる。本来ならば喜ぶところだが……超慢性的な人手不足に陥った。
「リョウマ様! 三番テーブルのお客様がお待ちです!」
「わかった! すぐ行く!」
「おい早くしろよ! いつまで待たせるんだ!」
客の怒号を聞きながら次の作業を急ぐ。
もはや俺も宿屋の業務をこなしているが、人手が全く足りてない。
タコマの手も借りたいくらいだ。
損得抜きで営業した結果、客が増え過ぎたのだ。
くそう、何が掌の上だ! むしろ俺が踊らされている側じゃないか!
「こうなりゃエイスとライラにも手伝わせて……」
『やめておけ、死人が出るぞ』
「もう客が減るなら何でもいい気がしてきたんだが!」
『しっかりせんか』
ヴェルディに叱責されながらさらに働き続ける。
だが限界はすぐにやって来た。
「ちくしょう! 値上げだ値上げ! 今から十倍価格だ! 払えない奴は帰れ!」
「無茶ですよ、リョウマ様!」
「は! な! せ!」
宿の客に言おうとしてマナとナナにまで止められる始末。
流石にこの状態では何ともしがたい。
急いでルフトに追加の奴隷を頼んで、人員補充をしてことなきを得た。
だがかなり地獄だった。これがブラック飲食か……。
「畜生……ダンジョンのドロップ率をしばらく下げてやる……」
『逆恨みするでない』
教訓、お得すぎる内容は考え物。
今後はもう少し考えてから運営していこう。
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