2-8. 訓練
戸山ダンジョンは、入り口が戸山公園の中にあります。入り口前には、ダンジョン管理協会の運営するダンジョンの入場受付と、魔獣買い取り所があり、その地下にダンジョン管理協会のお店があります。
私たちは、入場受付横にある階段を下りて、ダンジョン管理協会のお店に入りました。ここで、ダンジョンに入るための一通りの装備を揃えることができます。
「武器とか盾とか色々並んでいますね」
礼美さんは武具のコーナーを見渡しています。
「鎧などもありますね。そう言えば、私たちは鎧は使わないのですか?」
お店にある鎧を見て、百合さんは疑問を持ったのか私の方を見た。
「私たちは、そんなに深く危険なところには行く予定が無いし、私たち巫女の力で身体強化などのサポートをしますので、鎧は無くても大丈夫なのです」
「なるほどです。身体強化ってどういうものか興味ありますね」
「それは今度ダンジョンに行ったときに試せばわかると思います」
「そうですね。楽しみにしています」
百合さんは、嬉しそうな顔をしていました。
一方、潤子さんは、一通り店の中を見渡していました。そして、店のカウンターの人に話しかけました。
「お尋ねしたいのだが、剣と盾の手入れ道具はどちらかな?」
「ああ、こちらにありますよ」
お店の人に手入れ道具のコーナーに案内されていました。
「剣でしたら、汚れは乾いた布でふき取って、錆びたところを砥石で研いで、防錆スプレー塗っておけば良いと思いますよ。盾も同じですが、金属部分で砥石が使いづらいところは、布やすりなどで代用しても構わないと思います」
「なるほど、では、この砥石と、布やすりと、防錆スプレーをいただこうか」
「毎度ありがとうございます」
私たちも、それぞれ必要な手入れ道具を購入しました。
そして部室に戻り、伊豆の家から借りた道具の手入れに精を出しました。
翌日の放課後から訓練を始めることにしました。
私たちは部室で体操着に着替え、木剣を持って校舎の裏手に行きました。
柚葉さんと私が並んで立つと、他の人たちは、私たちの前に並びましだ。柚葉さんが私の方に顔を向けて、どうする?と問うような雰囲気を醸しています。
「柚葉さん、指導していただいて良いですか?」
「うん、良いよ」
柚葉さんは、ニッコリ微笑みました。指導する気満々のようでしたので、指導役を譲って良かったと思いました。
「じゃあまず、柔軟からね。体を解さないと怪我するから。ダンジョンに入るときも、必ず柔軟運動をしてからにすること」
柚葉さんは、柔軟運動のやり方を、自分でやって見せながら教えていきました。
ところどころで、体が曲がらないなど悲鳴が上がっていましたが、怪我することを考えたら、大したことではありません。
一通りのやり方を教えたところで、柚葉さんは皆を見渡しました。
「覚えられたかな?体を動かす前に、それぞれ3セットずつやるようにしてね」
「はい」
「じゃあ、忘れないうちに、3セットずつやってみて」
皆、言われた通りに始めました。柚葉さんも私も一緒です。
「さて、体を解したら、まずは盾からやるよ。守りは重要だからね」
柚葉さんが盾の持ち方、構え方や受け方を丁寧に説明していきます。
「それじゃあ、皆構えてみて。順番に当たっていくから。清華も、当たり役やってもらえる?」
「ええ、勿論」
柚葉さんと私が2人で順番に、皆が構えている盾に体で当たっていきました。
「大体感覚掴めたかな?」
何度か当たりを繰り返してから、柚葉さんが、確認します。
「そうだな、実際にやってみないと分からなかったな」
潤子さんがしみじみとした顔で、柚葉さんを見返します。
「次は剣だね。剣は素振りから始めようか」
盾と同じように柚葉さんと柚葉さんが剣の持ち方と基本的な構え方、振り方をやって見せながら説明しています。皆も真剣に聞いているようです。
「良いかな?良ければ素振りをしてもらうけど」
皆さん、異論は無さそうです。
「じゃあ、素振りを始めて。本当なら1,000回って言いたいけど、今日は最初だから200回で。はい、イチ、ニ」
柚葉さんが、数を数えながら、自分でも木剣を振り始めました。五十くらいを数えてから、皆の振りを見て回る方に切り替えて、アドバイスなどしていました。私も気がついたことを、それぞれに教えて上げました。
佳林は、以前から伊豆での訓練にも参加していたこともあって、慣れた感じでしたけれど、柚葉さんから見ればまだまだみたく、色々指導が入っていました。
それでも皆200回、素振りをやりきりました。初めて素振りを200回やった3人は、流石に辛そうですが、まだ訓練の続きをやる気になっているようです。
若干の休憩のあと、柚葉さんの次のメニューになりました。
「では、次は打ち合いね。今回は初めての人が多いので、順番に私と打ち合う形にします。最初は佳林さんお願い」
最初は経験者との打ち合いを見せた方が良いと考えたのでしょう、柚葉さんは佳林を指名しました。
「はい、よろしくお願いします」
佳林が、神妙な面持ちで、前に出ます。
「じゃあ、好きなように打ち込んできて。私に当てたらアイス奢ってあげるから、本気でどうぞ」
「え?アイスいいんですか?それじゃあ、よろしくお願いいたします」
挨拶もそこそこに、佳林は、嬉しそうに舌舐りすると、勢いよく柚葉さんに打ち込み始めました。とは言っても、技量の差は大きくて、佳林がいくらムキになって打ち込んでも、すべて軽く受けられていました。それでも佳林は何度も打ち込み続けていましたが、毎日体を鍛えていたのでもなかったために、早々に息が上がってきました。
「うん、これまでかな?」
柚葉さんは、佳林が振り下ろした剣を、手に持った剣で絡め取るように跳ね上げました。すると、佳林の手から剣が離れ、飛ばされてしまいました。
佳林も体力の限界だったのでしょう、ハアハアしながら、柚葉さんに「ありがとうございました」と挨拶していました。
そのあとは、百合さん、潤子さん、礼美さんの順に、柚葉さんとの打ち合いをしましたが、勿論誰も柚葉さんに当てることが出来ませんでした。
「自分はまだまだと思っていましたが、今日改めて実感しました。もっと訓練しなければいけないですね」
佳林はしみじみとした表情をしています。
「佳林さんは、筋は悪くないから、毎日の積み重ねがモノを言うと思うよ」
柚葉さんは、そんな佳林にグッジョブのサインを示しました。
「私、経験者同士の打ち合いを見たいのですけど」
「じゃあ、清華と打ち合いしてみようか?」
百合さんを見た後、柚葉さんは私に顔を向けました。私も少し柚葉さんと打ち合いしたくてウズウズしていたので、喜んだ顔で頷きました。
「私も柚葉さんに当てたら、アイス奢ってもらえますか?」
「良いけど、清華の場合は、私が当てたら私にアイス奢って貰おうっかな?」
「望むところです。では、お願いいたします」
「お願いします」
少しやる気になって、私は柚葉さんとの打ち合いを始めました。
打ち合いの始めは、柚葉さんは、他の人の相手をしていたのと同じように、私の打ち込みを受けることに徹していました。私も、まずは様子見で、打つ先を散らしながら柚葉さんの反応を見ていました。柚葉さんは、私の打ち込みをゆとりのある様子で受けています。
ここはまだ序の口です。少し身体強化して、打ち込みのスピードを上げてみました。でも、柚葉さんには動じたところが見られませんでした。
これまでの様子から、柚葉さんの練度の高さを感じたため、私はかなり本気で身体強化して、スピードをさらに上げました。しかし、それすらも難なく躱されてしまいます。
「清華、何かスイッチ入った?でも、まだ全力じゃないよね?」
柚葉さんが私の様子を冷静に分析しています。
「まだですけど、全力でやってしまって良いのですか?」
「大丈夫だよ。だけど、力は強化しないでスピードだけでね。木剣が折れちゃいそうだから」
「分かりました」
私は、全力で打ち込み速度を上げました。それでも、柚葉さんは余裕そうです。
「じゃあ、私からも行くよ」
「え?」
一瞬、柚葉さんの姿がぶれたかと思うと、次の瞬間、私の木剣は大きく弾かれ、柚葉さんの木剣が私の右肩の上に当てられていました。力業ではなく、流れるような太刀筋だったのではと思うのですが、強化した目でも捉えることが出来ませんでした。肩に当たった風圧が、そうであったと私に伝えているだけです。木剣を止めているきりっとした姿勢と相手の動きを見通すように見開かれた澄んだ瞳、その静かな佇まいの中に鋭い気迫を感じ、私の背に冷たいものが走りました。
次元の違うものと対峙した感覚に、思わず膝をついてしまいそうになりながらも、自分だって目の前の人と同じ巫女なのだからと心を鼓舞して、その場で踏ん張り切りました。
「参りました。柚葉さん、素晴らしいスピードでしたね」
心の中は余裕が全くありませんでしたが、笑顔を浮かべるようにして言えたと思います。
「清華との打ち合いは、ワクワクして楽しかったよ」
柚葉さんは、私の肩から剣を下ろしながら、心からそう思っていると言わんばかりの無邪気な笑顔を浮かべていました。その屈託の無い笑顔を見て、この人には勝てそうもないと思いつつも、同じ巫女なのに何故これだけの差があるのだろうかという疑問を抱かずにはいられませんでした。
「いいえ、私は全然かなわなかったです。柚葉さんはとても速かったですから。私と同じ人間とは思えないくらいに」
私がその言葉を発した瞬間、柚葉さんは儚げで寂しそうな顔になり、涙がこぼれるかと思われるほど瞳が潤みました。どうやら、私は柚葉さんには言ってはいけないことを言ってしまったのだと、言った後になってから悟ったのでした。
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