閑話1-3. 瑞希ちゃんの特訓

夏休みも終わった9月の土曜日、私は柚葉さんとの特訓のために、柚葉さんの家に向かいました。朝8時に一緒に封印の間に行ってきましたが、その後一旦分かれて家に帰り、宿題をやってから出かけて来たところです。

私はこれまでも色々と柚葉さんに指導いただいて、ダンジョン探索ライセンスのB級を取得しました。ダンジョン探索ライセンスはA級からC級までの三つのランクがあって、取ったばかりのときはC級なのです。それで、中型以上の魔獣を20体単独討伐するとB級になれます。ある意味、B級で一人前と言えます。ちなみにA級になるには、大型の魔獣の20体単独討伐が必要です。

単独討伐の認定は、魔獣を斃してダンジョンの入り口まで持ってくることです。運ぶときは一人でなくても構いません。単独討伐したことは、ダンジョン管理協会の指導員が討伐の様子を確認して認定するか、A級ライセンス保持者が2人以上同行して認定するかになります。ダンジョン管理協会の指導員になるにはA級ライセンスが必要ですが、級が上がったことによるメリットはほとんど無いので、積極的にランクを上げる人は少ないと聞きます。

崎森島の場合は、指導員が人手不足なので、巫女の力を持つ人は、ともかく早くA級を取るようにと言われます。

それで、今日はA級取得に向けた特訓をすることになっています。

「柚葉さん、こんにちは」

柚葉さんの家の玄関から入って、声を出してみます。

「はーい、ちょっと待ってて」

柚葉さんの返事が聞こえました。

私が素直に玄関で待っていると、じきに柚葉さんが二階から降りてきました。

「待たせちゃってごめんなさい」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

「それじゃあ、ともかく行きましょうか」

柚葉さんと一緒に家を出て、ダンジョンに向かいます。

二人の装備は、頭の上のライト付きヘルメットだけなので、とても身軽です。歩きながら、柚葉さんが話しかけてきました。

「それでね、瑞希ちゃん。ダンジョンのルールを覚えてる?」

「はい、えーと、『他の人が戦っているときに、割り込まない』『魔獣に追われたときに、他の人に擦り付けない』『倒した魔獣は入り口まで持っていく』でしたっけ?」

「そうそう。それで、早くA級を取るために必要なことって何だろう?」

「早くってことは、時間を無駄にしないってことですよね。だとすると、魔獣を斃しちゃうと入り口まで持っていかないといけないので、なるべく大型の魔獣以外は斃さないようにする、でしょうか」

「合ってるよ。それでね、私がA級を取ったときは、どうやって魔獣に見つからずに済ませるかって訓練をしていたわけ」

「はい、戦わなければ斃さずにすみますし、効率が良さそうと思いますが、違うのですか?」

「違わなくはないのだけど、どうしても見つかっちゃうことがあるのだよね。特に大型の魔獣を斃した後に入り口まで持っていくときとか」

「ええ、何か、ありそうなことのように思います」

「そう。ということで、瑞希ちゃんには別の方法を伝授してみたいと思います」

「別の方法って、何ですか?」

「それは、転移です」

「転移って、この前、剣を転送させたりした転移陣のことですか?」

「その通りです。それの応用編になります」

「応用編なのですね。楽しみです」

それから二人で色々話をしていたら、ダンジョンの入り口に着きました。


「それでは、これから訓練に入ります。それで、最終的には転移の応用の習得ですけど、最初に探知範囲の拡大についてやりたいと思います」

「探知が関係するのですか?」

「そうなの。そこから説明します」

柚葉さんが答えた。

「転移するには、転移陣を2つ一セットが必要なのは分かっていますよね」

「はい」

「そして、転移陣を力によって描こうとする場合、自分の認識できる範囲にしか描けません」

「分かります」

「では、瑞希ちゃんが認識できる一番遠くはどこですか?」

「目に見える範囲の一番遠いところでしょうか?」

「そうだよね。でも、それって見える範囲にしか自力では転移出来ないことになります。それでは、使い勝手が良くないよね」

「だから、認識できる範囲を拡げるために探知ってことですか?」

「その通りです。瑞希ちゃん、理解が早いね」

誉められて、嬉しいです。

「ということで、まずは瑞希ちゃんがどこまで探知できるかなんだけど、どうなの?」

「ええとですね、10mくらいでしょうか?」

「なるほど。不意打ちには対処できそうだけど、今回の転移には足りないかな?」

まあ、そうでしょうね。

「どうしたら、距離が伸びるでしょうか?」

柚葉さんは、ちょっと考えるそぶりをしました。

「瑞希ちゃん、目を瞑って私の攻撃を避けてみて。そして、そのとき、どんな風に自分が探知で相手を感じているかを意識して欲しいのだけど」

「はい」

私は目を閉じて、探知を使う。

柚葉さんからの攻撃が、あちこちから来るので、それを感じて避けることを繰り返す。

「うん、ちゃんと避けられているね。それで、いま探知を使ったとき、どのようにして私の位置を感じた?」

「そうですね、影のようなものが迫ってくる感じでしょうか」

「なるほどね。力を放出して、それがぶつかったものを影として認識している感じかな」

「そんな風に思います」

「うん、まあ、近接戦ではそういう探知もありなんだよね。でも、遠距離の探知は、近接戦とは違うやり方になるの。まず、頭の中に地図を作るのよ」

「地図ですか?」

「そう、瑞希ちゃん、地面に手をつけて、そこから力を流していくんだけど、気持ち的には神経を張り巡らす感じで。そして、その張り巡らした中で、通路と壁がどこにあるか感じられるか試してみて」

「通路と壁ですか」

私は、言われた通りに手をついて力を流して、通路と壁を感じられるかやってみました。目を瞑ると、何となく、通路と壁で、力の通り方が違うのを感じました。その違いの境界線を辿ると地図のようになりました。

「頭の中で、地図が描けたと思います」

「じゃあ、その中に、違和感を覚えるところが無いか、探ってみて。それで、それらの違和感にはいくつかの違いがあるかなぁって、分類できるかどうか試してほしいのだけど」

言われたことは分からなくはないけど、難しいような気がしなくもないです。でも、神経を集中させると、確かに地図の中に、いくつか違和感を覚える場所があります。

「何となくですが、いくつかあります」

「じゃあ、私と手を繋いで、そのまま一番近いところに向かってもらえる? 安全は私が確保するから、気にしなくて良いよ」

柚葉さんの手が私の腕に触れたので、その手を握りました。そして、一番近くの違和感を覚えるものの方に進みました。

「最初のは、これですね」

「うん、大きな岩だね。いまの感覚のものは、岩って覚えようね。じゃあ、次に行こうか」

次は水たまりでした。そして、その次に魔獣に当たりました。近づく前に、柚葉さんが、次が魔獣らしいと教えてくれたので、そこで目を開けて確認しました。

と、魔獣が攻撃してきましたが、柚葉さんが一撃で斃してしまいました。そして、柚葉さんは、魔獣を転送します。

「どこに転送したのですか?」

「御殿の横。そこに転送したら、処理してもらえるようにお願いしておいたから」

「なるほどです」

持って歩かなくて良いなんてらくちんですが、良いのでしょうか。

「それで瑞希ちゃん、魔獣の感覚は掴めた? もう一度探知して、今度は魔獣と思うもの方に行って欲しいのだけど」

「分かりました。やってみます」

魔獣の感覚を忘れないように、もう一度探知してみます。何種類かの違和感がありましたが、魔獣のときの違和感と同じもの目掛けて進んでみました。

「魔獣はどっちの方向に、どれくらいの距離でいるかな?」

「そうですね、左前の方に、30mくらいでしょうか?」

「よし、じゃあ、そっちの方にもう少し進もう」

感覚の通りに進んでみたら、予想通りに魔獣がいました。

「瑞希ちゃん合ってたね。やり方分かってきた?」

「はい」

「じゃあ、一人のときにでも練習してね。あ、これ、外でやるときは、色んなものが引っかかるから注意した方が良いからね。やり易さではダンジョンの方が良いのだけど、魔獣の危険があるから、安全には十分注意してね」

「分かりました。アドバイスありがとうございます」

そして、柚葉さんは、手を合わせて嬉しそうに言った。

「次は、いよいよ転移です。いまの探知をしながら、目に見えるところに転移陣を作って、そのときにどういう違和感があるのか、試して覚えて欲しいのだけど」

私は、探知しながら転移陣を作ってみました。確かに探知している中に違和感がありました。

「何度かやって、感覚を覚えてみて」

「はい」

「そしたら、今度は、目を閉じて、転移陣を出したいところに違和感を覚えるように、転移陣を出すの。そして、目を開けて、そこに転移陣ができているかを確認してみて」

なるほどです。転移陣を出したいと思うところに違和感を覚えるように転移陣を出そうとすれば、思った場所に出ている筈というのは分かりました。でも、目を瞑った状態で、ここと思って転移陣を出そうとしても、違和感が別の場所に出てきたりしてなかなか場所が合いません。これ、結構難しいです。

「最初は難しいと思うけど、何度もやって感覚を慣らしていけばできるようになるよ」

「はい」

私は根気よく、何度も繰り返しました。何回やったのか覚えていませんが、相当の時間を掛けて、一致する場所に出せるようになりました。

「柚葉さん、できました」

「うん、偉い偉い。それを、場所を変えて何度も練習して、狙ったところに一発で出せるように練習ね。慣れれば、目で見えないところにも出せるようになるから」

「そうすれば、目で見える範囲の外でも転移ができるようになるということですね」

「そう。ただ、あまり探知範囲の端っこに出るのは駄目だよ。転移先の近くに魔獣がいるかもしれないから」

「分かりました」

「じゃあ、今日は、私が転移で大型の魔獣のところに連れていってあげるから、それを斃して帰ろうね」

そう言って、柚葉さんは私を大型の魔獣のところまで転移で連れていってくれました。でも、まだちょっと私一人で大型の魔獣は難しく、柚葉さんに手伝っていただきました。

まだまだ鍛錬しないといけません。


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