63話 仙人⑯
「ふぉふぉふぉ、新入りさんは唯物論者じゃのぅ。まあ、そう思うのも無理はないがの……ワシは何も神様の力を借りて快感を得ようというわけではないのじゃよ。……瞑想とは神秘的なことではなく自己催眠を掛けることじゃよ。そして呼吸とα波との関係については科学的にも論じられておる点じゃ」
「……仙人のされていることは、エナジーオーガズムというやつですね。ドライオーガズムを極めた人間はアナルに何かを挿入して刺激する必要はなく、呼吸とPC筋の締め付けだけで大きなオーガズムを得るという話を聞いたことがあります」
丸本の言葉に爺さんは、少し照れたように笑った。
「ふぉふぉ、そんな名前が付けられておるとは知らなんだわぃ。……確かに上手くその波に乗れた時の快感は筆舌に尽くし難いわい。どんな極上の葉っぱやバツの快感をも上回る。しかもそれはとても長いものじゃ。射精のような一瞬の快楽ではなく、大きな快感の波が何度も押し寄せるような感覚じゃな。……じゃが性的な快感と思えるのは最初の方だけじゃな。ある程度波が押し寄せると、その快感はもう性的なものなどというちっぽけな範疇には収まり切らんものになるんじゃよ。……信じてはもらえんかもしれんが、とても大きな宇宙を感じ、そして宇宙と自分とはつまるところ同じ存在であり、その中で自分が生かされていることをはっきりと感じるんじゃよ、ふぉふぉふぉ」
爺さんの微笑みはいつもと何ら変わらないものであった。
……いや、だから余計にヤベーんだって!ヤク中で頭がラリってるんならまだ理解出来るが、シラフで温厚な顔で、しかも宗教を否定した上で、こんな神秘体験を語るヤツが一番ヤベーに決まってんだろ!
流石に一座の皆もドン引きしているとおもっていたが……まあこの連中はそんな常識的なセンスの人間たちではないようだ。目を爛々と輝かせ爺さんを見つめていた。
「分かるよ、仙人!ドライの最中って、強い快感の中にも穏やかさがあって、本当に色々なものに感謝したくなるよね。僕もいつかは仙人の領域まで辿り着きたいと思うよ」
謙太が真っ先に同意を示すと、丸本も続いた。
「合法ドラッグの中にも意外と色々な方向性のものがありましてな。分かりやすいエロと多幸の物以外は人気がなく短命に終わるのが常でしたが、私自身が体験したアロマの中にはとても深い思索が向かうものもありました。……自分という人間がどんな生命の進化を経て今の形になったのか、その記憶が流れ込んでくるようなイメージが強く喚起させられたのです。……その時は私も自分という存在が様々な経緯を経て、そして周囲の環境に生かされているのだ……ということをはっきりと理解したものです」
……いやお前らもそんな神秘体験を持ってたんかよ!
やっぱドライオーガズムとやらはそれ自体が麻薬なんじゃねえのか、という気がした。
だが俺以外にもそれを体験したことがないであろう柳沢、長田、慎太郎は3人を胡乱な表情で見つめていた。
その視線を見て爺さんは軽く笑った。
「ふぉふぉ、何もジジイと同様のことを皆にも勧めようとは思いませぬぞ。まあヨガや瞑想に興味がおありなら教えることは出来るが、その人がどう感じるか、肌に合うか合わないかは本当にその人次第ですからのぅ。……しかし時々思うのじゃがな、いわゆる『悟りを開いた』だとか『神秘的な体験をした』という宗教上の聖人たちも、単に瞑想によってそうした快感がエスカレートしていって『自分が神秘的な体験をした』という経験に勘違いしただけではないか、と思うんじゃよ」
「あっは!それは傑作ですね!仏陀もキリストも皆ドライオーガズムを究めすぎて解脱しちゃった、みたいなことですね」
謙太が手を叩いて笑った。
他の皆は流石に苦笑していた。何を言っているのかあまり理解出来ていないのか、慎太郎はポカンとしていた。
……まったく、とんでもない不敬な話だと思う。熱心な宗教者がこんな話を聴いたならば命のやり取りになっても文句は言えないだろう。
だが、まあ、爺さんの言葉にどこか小気味良さを感じたのは、俺自身が宗教に否定的な人間だからかもしれない。
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