39話 丸本⑥

「2,3日して現物が届きました。……でもその時も私はまだ迷っていました。違法なドラッグではないにしろ、これがどう考えても良い行為でないことは分かっていましたから。……自分は親元を離れ一体何をしているんだろう?こんな姿を両親が見たらどう思うだろうか?こんなことをするために医者の道を諦めたのだろうか?今の姿を必死に勉強していた高校生の頃の自分が見たら何て思うだろうか?……引き留めようとする色んなことが頭に浮かんできました。……でもそれ以上にヤケクソな気持ちの方が強くなっていました」

「ヤケクソってどういうことだ?」

 俺が尋ねると丸本はまた小さく笑った。

「新入りさんも豚箱ここにいる人間なら理解しているはずですよ?事情は様々にしろ自分の未来に絶望していなければ犯罪など犯すことはありません。……私ははっきりと絶望していました。変われるはずと思っていた状況になっても一向に変われない自分にです。『こんな自分ならば大学卒業して就職してもどうせ続けられないだろうし、こうして深夜の倉庫で死ぬまで働いているのが自分にはお似合いなんだろうな』と思っていました。『クソみたいな自分の残りの人生がどうなろうと別に構わない、それよりも多少なりとも快楽を経験しておくことの方が有意義なんじゃないか?』そんな気持ちの方が勝り……ついに人生初キメをしました」

 キマる、キメる、というのはドラッグを体内に摂取し精神変容が起きた状態のことを言う。それくらいはここでは常識である。


「で、どうなったんだ?……というかその合法ドラッグってのはどうやって身体に入れるんだ?」

 慎太郎が尋ねた。

「ああ……先程も言った通りリーフに薬効成分が吹き付けられたハーブ、液体状のリキッド、粉末状のパウダーという3種類が主な形態だね。……ハーブは煙草みたいに紙に巻いて火をつけて煙を吸うのが一般的です。粉末タイプは水に溶かしてもいいし炙って煙を吸ってもいい。私はリキッドタイプのものを買いました。普通に飲み物に混ぜて飲んでも効いてくるのですが、効いてくるまでに時間がかかるし、胃を経由するせいで吐き気を催すので、ジャンキーにとってはあまり一般的ではありません。末期的なジャンキーになると注射器で直接血管に静脈注射をするのですが、流石に初心者でそんなことをする人間はいません。私は百円ショップで買ってきたスポイトを使いアナルから投入しました」

「……え、マジかよ?」

 何なんだコイツらは?アナル好きすぎだろ?

 俺の表情を読んだのだろう、丸本は慌てて弁解した。

「何も意味なくアナルから入れるわけではありませんよ。飲んだ場合の吐き気を和らげる、それに吸収の効率も良いですし早く効いてきます。……もちろんアナルから入れるという背徳感を楽しんでいる部分もありますがね」

「……で、どうなったんだ?」

 俺は話の続きを早く聞きたくなってきていた。

 ドラッグの体験を嬉々として語るようなバカが周りにいたこともあったが、ソイツらの話はどこか武勇伝を語るようなキナ臭さがあった。それに比べて丸本からは正確な体験談が聞けそうだと感じていたからだ。


「掲示板で推奨されている量を投入したのですが、10分経っても20分経ってもいつもと何ら変わりありません。『これは詐欺業者に騙されたかな』と悔しいような、でもどこか安堵したような気持ちもあったのですが……投入から30分過ぎたあたりで急に身体が震え出したのです。続いて吐き気も襲ってきました。今まで感じたことのない感覚にとても恐怖を覚えました。『ヤバイこのまま死ぬんじゃないだろうか?』……しかしほんの10分もしない内にそんな感覚は嘘のようにスッキリ消え去りました。そして新たな感覚が生じてきたのです」



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