第15話 道満

「来たぞ」

 忠行たちが門の方へと敵を追いやっていると、陰陽寮から駆けつけた保憲たちが待ち構えていた。敵の姿を確認すると、一斉に弓を引く。もちろん、ちゃんと矢を番えてある。

「ははっ。面白い」

 敵、大柄な男は雨のように降り注ぐ矢を前に笑ってみせる。そして、しっかり軌道を読んで避けてみせた。

「ちっ。無謀なだけの鬼ではないようだ」

 保憲は舌打ちすると、晴明に合図を送るために口笛を短く吹く。それに、男はますます笑う。

「まだいるのか。都ってのは腑抜けた連中ばかりだと思っていたのに、面白い奴らが多いなあ」

 男は保憲に狙いを定めると、一気に間合いを詰めてきた。

「ふん」

 繰り出される拳を避け、保憲は刀を抜いた。抜き様に斬りつけたが、男は大柄な体格に似合わない俊敏さで避ける。

「お前、俺らと同じか」

 そして間合いを取ると、男はそんなことを言った。

「同じだと」

「ああ」

 何を不可解なと顔を顰めるが、男は確信したとばかりに笑っている。戦いの最中にへらへらとした奴だ。

 しかし、それがこちらの集中を乱すためだということを見抜けない保憲ではない。ただ、戦いにくさは感じていた。確かに同じなのかもしれない。

「保憲様!」

 そこに晴明が自らの手下とともに駆けつけてきた。一斉に男を取り囲むべく動く。しかし、その前に立ちはだかるように男の周囲にも手下の姿が現われた。両陣営、そこで睨み合いとなった。

「なるほど。同じね」

「どうしますか?」

 大内裏まで追い出したが、相手の数も増えたことですぐに始末出来なくなった。晴明は刀を構えつつ訊く。

「今日は見学に来ただけだ。ちょっと調子に乗って踏ん反り返っている男にばったり出くわしたが、何かするつもりはない」

 それに対し、男は手下たちに刀を納めるよう指示を出した。手下たちはやや不満そうな顔をしたが、素直に従う。

「それで俺が見逃すと」

 保憲は舐めるなよと睨み付ける。

「見逃すのがいいんじゃねえのか。手下の数からいって、まだ盤石じゃねえんだろ」

 だが、男は冷静だった。喋っている間にいくらか余裕があったというのに手下の数が増えない。それはすなわち、呼び寄せられないのではないかと見抜いたのだ。

「なるほどね。仕方ないか」

 保憲は晴明に引くよう目配せする。晴明はムカつくなあという顔をしたものの、手下たちを下がらせた。

「話が解る相手で助かるよ。どっから出ればいい?」

 さらに男は見逃したことがバレたくないだろうと、そんなことまで訊いてきた。不遜な鬼相手に腹が立つが、確かに時間が掛かりすぎだ。このままでは目撃した誰かから余計な詮索を受けかねない。

「このまま宴の松原を抜けて藻壁そうへき門まで行け。崩れかかっているからすぐに解る。そこは夜間は手薄だ」

 保憲は手早く教えると、さっさと去れと手を振った。男はそれににやりと笑うと

「またな」

 と言って走って行った。本当に帰るらしい。しかし完全に信用できるわけでもないので

「追え。余計なことをするようならば始末しろ」

 晴明は手近にいた一人にそう命じた。最も気配を消すことに長けた男だ。手下がいようと尾行が気づかれることはないだろう。

「泰久、大丈夫か」

 そしてようやく、泰久が追いついてきていないことに気づいて晴明が声を掛ける。おそらく乱闘になって逃げたのだろうと思ってのことだ。すると、何故か目をキラキラとさせて、隠れていた木の陰から出てくる。

「な、何だ」

「何か知っているのか?」

 ドン引きする晴明とは違い、保憲は後世に伝わっているのかと訊ねた。

「はい。多分ですけど」

「いい」

播磨はりま道満どうまん法師じゃないでしょうか」

 泰久の言葉に、それはどこの誰だと保憲も晴明も顔を顰める。それはそうだ。今さっき初めて会ったのだから。だから泰久は知っている限りの説明をすることにした。

「後の世では晴明様の好敵手として知られる、法師陰陽師ほうしおんみょうじです。ええっと、法師陰陽師はいますよね」

「いるよ。なるほどね」

 肯定した保憲は、それで同じと言いやがったかと舌打ちする。それに泰久はおろおろとしてしまうが

「つまり、今後もちょっかいを掛けてくるということか」

 という晴明の苦々しい言葉を聞いて、そうなりますねと頷いた。しかし、キラキラした目から困惑した目になってしまった。

「ええっと、見ていた感じからして、後に呪術を用いて戦ったことになっているのは」

「こういう戦いだろうね。なんせ、殿上人にすれば地下じげの者は見えないに等しい。首領であるあの男は鬼と認識したとしても、手下は空気と同じだ」

 保憲は戦う羽目になるそうだよと苦笑いをしてくれる。

「嫌な未来を教えてくれる奴だ。で、呪術で戦うなんて伝聞されているってことはあれか、手下たちは式神だとでも思っているのか」

 晴明の確認に、その通りですと泰久は頷く。徐々に晴明たちが後の世の考え方に慣れてきている。

「それは好都合だね。式神、式、式鬼というのはすでに伝わっているんだよ。まあ、これも修験道しゅげんどうからであり、さらに言えば地下の者は見えないってことに繋がるんだけどね」

 保憲はくくっと笑って、何かを企んでいるようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る