第12話 疲れ目になるほど頑張ってみた

 夕方まで必死に数字を追い掛けていたら、目の奥が凄く重たく感じるようになっていた。

「いたたっ」

「ずっと頑張っていたからだな。これを飲め」

 目頭を揉んでいたら、晴明が現われて湯飲みを渡してくれる。お茶のようだ。

「頂きます」

 しかし、そのお茶が激ニガで、泰久は思わず噴き出しそうになった。

「しっかり飲めよ。眼精疲労に効く薬湯だ」

「な、なるほど」

 ただのお茶じゃなかったのか。泰久は鼻を摘まむと、残りを一気に流し込んだ。

「ぐう、不味い」

「薬が美味いわけないだろう」

 至極当然のことを返されたが、だったら飲む前に薬だと言ってほしいところだ。まったく、晴明にしても保憲にしても意地悪だ。

「それにしても、昼からずっとやっていられるとは、その集中力は褒めれるものだな」

 晴明は出来上がった表を覗き込み、そのほとんどが完成していることに驚いた。しかも間違えて直したところがない。正確に地道に写し続けた証拠だ。

「昔から、こういう作業は得意なんですよねえ。よく父上の書類の清書を担当しています」

 泰久は地味な特技なんですよねえと苦笑いしてしまう。

「いや、こういうことで手を抜かないことが何よりも大事だ。これで保憲様の研究も捗るだろう」

「そ、それは良かったです。って、暦の研究ですよね」

「当たり前だ」

 ここ数年、観測所で記録していた様々な星の動き。その中から保憲は最初に晴明が説明しようとした金星の動きを書き出すように指示していた。泰久は改めてそれを見て、確かに周期性があるんだなと納得する。

「観測できる地点がここしかないからな。誤差を減らすためにも月と太陽以外に基準が欲しいんだ。そこで目を付けたのが金星なんだよ」

 晴明が横からそう説明してくれる。

「そう言えば、渋川春海は全国を測量して回ったそうです」

 観測地点と言われて、泰久は星の観測を全国的に行ったという話を思い出した。それに晴明は素直に羨ましいなと呟く。

「羨ましいですか」

「ああ。星の場所を正確に知るためには、ここで見ているだけでは解らないからな。せめて三カ所くらいから観測したいものだ」

「へえ」

 真剣に学問として取り組むって、そういうことも考えるってことなのか。泰久にはまた目から鱗な事実だった。

「観測は戌の刻からだ。それまで一度家に戻って休憩しろ」

 感心する泰久の肩を叩くと、晴明は出来上がった表を持ってさっさと保憲の元に向ったのだった。



 そして戌の刻。

「うおおおっ」

 星空は見慣れているはずなのに、泰久は思わず感嘆を漏らしていた。渾天儀を見てみると、空の星と見事に対応しているのが解るから、余計に感動してしまった。

「煩い奴だな。それより北極星を探せ」

「は、はい」

 晴明に注意され、泰久は他にも詰めていた人たちに謝ると、北側の空へと目を向けた。北極星は不動の星だ。常に北の空に輝いている。

「あれですね」

「そのとおり。そこを基点に他の星を観測していくぞ。これが一か月前の夜空の様子だ。それと比較して、動いている星を記録してくれ。一刻ずつ分かれているから、対応したやつと比較してくれ」

「わ、解りました。これは書き込んで大丈夫なんですか」

「ああ。それは写しだ」

 こうして泰久は解りやすい北側を担当することになった。観測所の中は静かで、それぞれがこれだと定めた星の動きを注視している。

「ううむ」

 こうやって夜空を比較したことがない泰久には新鮮だ。一応、四季に合わせて星の動きは確認しているが、毎日やったことはない。しかもたった一月前の同じ時刻と星の位置が異なっているのを実際に目にすると、驚きが大きかった。

「夜空は絶えず動いているんだなあ」

「そうだな」

 四方向を確認していた晴明が大きく頷く。その顔はいつもより生き生きとしていた。星の観測は好きなようだ。

「奥深いなあ」

 ただただ今の陰陽道に不満を抱き、必死の思いで平安時代までやって来たが、これほど色んなことをやっていたなんて。

 泰久は目を輝かせながら必死に空と手元にある星座表を見比べていた。



「ううん。もう目が開かないです」

「お疲れ。今日は丸一日休みなよ」

 明け方。出勤してきた保憲にそう労われる。しかし、丸一日休んでもいいものか。

「せかっくここまで来て、しかもいつまで居られるか解らないのに」

「焦っても頭に入らないだろ。休息も必要だよ。っていうか、帰り方、解ってるのかい?」

「えっ」

 指摘されて、泰久はそう言えばと青ざめる。こっちに来る時は巻物に念じたが、今ここに巻物はない。どうやったら戻れるのだろう。

「おやおや。その様子だと、問題の巻物がこの時代にもあるのか、これも調べなきゃいけないみたいだね」

 保憲は面白くなったと笑っているが、泰久はどうしましょうと両手で頬を押えてしまう。

「どうしようもない奴だな」

 そこに晴明がやって来て、帰る方法は解らないのかよと呆れる。

「まあ、ゆっくりやればいいんじゃないかな。君の目的が陰陽道をしっかり習いたいってところにあるんだから、習得するまでは帰れないと考えるのが妥当だよ」

 保憲は一先ず休憩しなさいと、晴明と泰久に帰るように命じるのだった。

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