第七話
◇
ーー放課後。
「ことりちゃん。タクシー呼んどいたから、門まで一緒に行こう」
「えー! 本当に呼んでくれたのー!?」
ことりちゃんがタクシーを使ったふりして、後日お金だけ返そうとする可能性もあるから、私達は先手を打ってタクシー会社に連絡しておいた。
それでも私は、ことりちゃんがタクシーに乗り込むまでは安心できない。ううん、家に着いたって連絡をもらうまでは気を抜けない。
「さっ、ことりちゃん帰ろう。あっ、荷物はケンが持ってくれるから大丈夫だよ。ねっ? じいや」
「誰が、じいやだ」
そう言いながらもケンは、ことりちゃんのリュックを取り上げて、自分のものと二つを片側の肩にかけた。
「大久保くん、大丈夫あたし持てるから」
「どうせ校門までだろ。気にすんな」
そう言ってケンは、私とことりちゃんを置いてさっさと教室を出て行ってしまった。
「ことりちゃん、歩ける? 私たちはゆっくり行こうね」
ことりちゃんをエスコートするつもりで腕を差し出したけど、ふわふわ笑顔で断られた。
「うん、でもなんかごめんねー。あたしが鈍臭いばっかりに迷惑かけちゃって。カヨちゃんは体調良くなった?」
「私はもうバッチリ」
「そっか、それなら良かったー」
いつものたわいない話をしながら私達が校門まで着くと、門を出てすぐのところにタクシーが止まっていた。ドライバーの目の前にある電光掲示板には“貸切”の文字が書かれていた。
「それじゃことりちゃん、家に着いたらメッセージ送ってね。ちゃんと家の目の前までタクシーで帰るんだよ」
「うん、分かってるよ。じゃあまた明日ねー。大久保くんもありがとうー」
そう言って、天使の笑顔を持つことりちゃんは、タクシーに乗って去って行った。
「カヨ、気づいてるか」
「う、うん」
ことりちゃんを見送ってから少し経った頃、私とケンがいつもの通学路を通って帰ろうとしていた時、誰かに付けられてることに気がついた。
ケンが曲がり角を曲がる時、不自然にならないようにして背後を振り返って相手が誰なのかを確認してるけど、私は確認する気にもなれず、ただ手のひらに汗が滲んできただけ。
「いた、あいつだ。今朝のおっさんだ」
その言葉は私の想像していた人物を肯定することにもなって、ズシンと心臓が重くなったような気がして、お昼に食べたご飯が胃から逆流を始めたような感覚に陥った。
「ど、どうしたらいいの? このままじゃ、私あの人に殺される……!」
なんで助けてくれたり、殺そうとしたりするんだろう……ってずっと考えてた。さっきその疑問をケンに投げかけたら、ことりちゃんを送った後ケンに言われた言葉に、私は身の毛がよだったままだ。
『……確かなことは言えねーけど、もしかすると偏愛者とか? 例えば元はストーカーだったとして、それがエスカレートして、殺して自分のものにしたい。だから自分の手で殺して、それ以外で死なれるのは……なんてのは考えすぎか……』
最後にケンはそう言って冗談めかしたけれど、その意見は十分ありえるんじゃないかって思えて仕方がない。
むしろケンが最後、冗談めかして言い直したのも、私が怯えた様子を見せたせいかもしれない。
自分の手で殺して……正直そう考えた方が、話の辻褄が合ってしまう……。
「落ち着けって、今朝話した通りおっさんをあの陸橋の上までおびき寄せるぞ。
「で、でもそれまでにあの人が何かしてきたらどうするの?」
私はチラリと背後に目を向けた。だけど、ちょうど人混みに紛れてるあの人を、見つけることはできなかった。
「大丈夫だって。ちゃんと相手との距離はとってるし、もし何かしてきたら、それはそれで俺がガードするから心配するな」
「うん、分かった」
ケンはいつになく真剣な顔でそう言った。いつもはあまり表情を表さないし、今もぶっきらぼうに見える表情をしてるけど、ケンが真剣なのはその目や言葉尻を聞けばよくわかる。
だから私も少し安心しつつ、気を引き締めた。
そのままの足で、私達は街中にある陸橋へと向かった。
学校に戻る前、私達はどうやってあの人に立ち向かえばいいのか考えた結果、一つの案を講じた。それを実行するのがあの陸橋の上だ。
陸橋の上なら自転車もトラックも邪魔をしないし、逃げ道も決まってる。それに学校を出る前にケンはトイレに行くフリをして警察に連絡を入れている。
数日前から見かける人が私の事を付け回していて、今日もつけられてるからって言って、陸橋までおびき寄せるから、私服警官にそこで不審者の男を捕まえて欲しいと伝えてある。
警察は事件が起きない限り動かないって聞いたことがあったけど、逮捕が無理でも事情聴取とかしてもらえれば相手が何者かもわかるし、下手な行動も取りにくくなる。それに今日という日を乗り切る事だってできるって言って、ケンがセッティングしてくれている。
全て順調にいってる。だから大丈夫。
……そう思う一方で、どうしてもまだ、不安が拭いきれない。
そもそも私はなぜ同じ日を繰り返してるんだろう。タイムリープなんて映画や漫画の中だけの話だと思ってた。
どうやってタイムリープをしてるのかは分からないけど、私は何度もバッドエンドを繰り返してる。
これは仮設だけど……と、ケンが言った。もしかしたら私は、そのバッドエンドを回避するためにタイムリープを繰り返してるのかもしれない、と。
何の因果で、どうやってそうなるのかは分からないけど、ケンの仮説が正しいとすれば、バッドエンドを回避できれば、私の明日はやってくる。
今日という日がバッドエンドの道へ進むとき、いつも近くにあの不審なおじさんがいる。逆に言えばあのおじさんを回避すれば、止まったままの時が動き出すはずだ。
大丈夫、今度はきっと上手くいく。だってケンもこんなに協力して色々と手を打ってくれたんだから……と、そう自分に言い聞かせているうちに、陸橋のふもとまでやって来ていた。
「登るぞ」
「うん」
私は陸橋の一段目に足をかけた。これが私のバッドエンドから回避する最初の一歩になるのかもしれない、なんてことを思いながら、私は陸橋の一番上を見上げた。
「ちゃんと、捕まえれるのかな」
思わずこぼした言葉を聞き逃さなかったケンが、背後に意識を向けながらもアゴで陸橋の上を指した。
「カヨ、見てみろよ。多分あの立ち止まってる人達は警察官だと思うぞ」
「なんで分かんのよ」
陸橋の上には四人が歩いている。一人はスマホで電話して、一人は上から車道を見下ろしている。他の一人は今から登ろうとしていて、最後の一人は陸橋の上を歩いて渡ろうとしているところだ。
「立ち止まってる二人はイヤホンしてるだろ。あれで他の警察官と連絡取り合ってるんだと思うし、警察官って大抵二人で行動してるから上で立ち止まってる二人がそうなんだと思う」
「なるほど」
私は男性二人をまじまじと見た。一人は背を向けて電話をしている様子だからわかんないけど、中年のおじさんともう一人は二十代って感じの男性だ。
「ちゃんと、あのおじさんもついてきてる?」
「……ああ、来てる」
「上ってくるかな?」
「ここまでついて来てるんだ。間違いなく俺らの後を追って、上ってくるだろうな」
その言葉を聞いて、私はごくりと固唾を飲んだ。そんな私の背中を、ケンはそっと押した。優しく触れるようで、支えるように。
「この陸橋はでかいし、陸橋なしで渡ろうと思ったら、下の十字路を渡らないといけない。けど、陸橋があるせいで歩いて渡るには大回りをしないといけない。上には警察も来てるし、心配するなって」
「う、うん……」
いつになく頼もしく感じるケンの言葉。たぶん私が不安にならないように、力強い声でそう言ってくれている。
私とケンが一歩一歩着実に階段を上り、陸橋の一番上まで上がりきった。すると、じっと下を見下ろしていた中年の男性が私達をじっと見つめている。ケンの言うように、この人は警察官なのだろう。強いまなざしが、何かを訴えかけるように私達を見ている。私達もその人から目を逸らさずにいたら、声をかけて来た。
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