第13話 願いの名

 自身の恩恵について、明かさないまま話せるだろうか。

 そう思って始めた一連の騒動話は、思いの外簡単にリサへ伝えることができた。

 代わりに話の流れ上、ルクスの正体を明かすことにはなったが。

「あのじーさんが伝説の邪竜、ねぇ……?」

 一通り話を聞いたリサが市長に詰め寄るルクスを見る。

 ルクスには一応、市長の持ってきていた厄介事はヘキサではなく親代わりのシハンが対象だった、と教えはしたもののあまり意味を成さなかったようだ。先ほどの起業話も相まって、今後も違うとは言い切れないため当然と言えば当然か。対する市長はいつも通りの調子でルクスを宥め続けている。

「しかもヘキサは起業して社長になる、と」

「あはははは……はい」

 次いで向けられた金の目に気まずくなれば、リサはフッと笑った。

「いいんじゃない? 八方塞がりからの脱却にしては悪くない選択だと思う。それに、私は族長、ヘキサは社長なんて出来過ぎなくらいお揃いの門出じゃない」

「リサ……」

 故郷へ帰ると同時に族長になることが決まっているリサ。ヘキサと違い、前もって知っていたこととはいえ、臆する素振りを見せない姿に勇気づけられる。

 と、ここでヘキサはあることに気づいてリサの周りをキョロキョロ見渡した。

「そういえば、リサはどうしてこの層に? 婚約者の方は?」

 ヘキサ同様滅多に来ないだろう下の層に何故いるのか、観光案内すると言っていた婚約者の姿が何故見えないのか。今になって尋ねたなら、楽しげな雰囲気から一変、怒りの表情になったリサが肉食の歯を軋ませた。

「そうだった。実は、私の婚約者に粉かけてきた奴がいてね。しかもあの野郎、あろうことかアイツを女と思い込んで熱心に絡んできたんだよ。お陰でアイツは自分の性別に自信をなくして……遠方から来たってのに可哀想過ぎるだろう? だから同じぐらい、せめて物理的にはボコボコにしてやろうと思ってここまで追ってきたんだ」

「そう、でしたか」

(リサのことですから、間違いなく、一回は相手を打ち付けた後でしょうけど)

 想像に難くない状況を思い、どう反応して良いものか迷う。

 多種多様な種族が住むクロエルにおいて、多少の小競り合いは大目に見られている節があるものの、暴力自体は当然ながら推奨されていない。かといって、リサをよく知るヘキサとしては、理由がある以上窘めることも難しい。

 これに気づいた様子のリサは、自身の怒りを引っ込めるとため息をついた。

「ま、慣れない層で探せないならこの辺が潮時かもね。どうせなら腕か足の一、二本は折ってやりたかったけど、あまり遅くなってもアイツを心配させるだけだから」

(ああ、この口振りは……一回どころの話ではなかったかもしれませんね)

 喧嘩っ早い性格は重々承知しているため、思わず苦笑する。

 応じるようにリサは口の端を上げると、帰りかけた足をルクスたちの方へ向けた。

「ねえ、ちょっと。ルクスさん、だっけ?」

「何だ?」

 どれだけ威圧しようと、のらりくらり躱すばかりの市長を相手にしていたせいか、振り返ったルクスの機嫌はすこぶる悪い。

 しかし、リサは物怖じすることなく言った。

「さっきは感じ悪くてごめんなさい。私はリサ。ヘキサの親友で……でも、これからは近くにいてやれないから、貴方がヘキサの元に来てくれて良かったよ。ヘキサのこと、よろしくお願いします」

 そうして差し出される手。

 虚を衝かれたような顔になったルクスは、一度ヘキサの方を見、再度リサの手を見ては、「ええ、もちろん」と握手を交わす。



 先に去る背中を見送っていれば、姿が見えなくなったところでルクスが言う。

「なんというか……不思議な御仁でしたな。私の正体も話していたように聞こえましたが、恐れるわけでもなく、ヘキサ様を託すことにも迷いがなく」

 握った手を動かしつつ、顔でも不思議そうに戸惑うルクス。

 もしかしたら、血筋も関係なしに信頼を寄せられた経験が乏しいのかもしれない。

 不意にそう感じたヘキサは、何とも言えない気持ちになりながらも、そんなルクスの一面を引っ張り出したリサを誇らしく思う。

「リサもコウルズの卒業生ですからね。それに、心身共にとても強い人なんです。高位種族と分かっていても臆することはありませんよ」

 ついつい自慢げに語ってしまったなら、ルクスは面白そうに笑った。

「いえ、それもあるのでしょうが、やはり一番はヘキサ様あってのことでしょう」

「私ですか?」

「ええ。リサ殿はヘキサ様を信頼しているからこそ、ヘキサ様が良しとされた私に託された、そういうことでしょう。とはいえ、あんな風に握手を求められたのは久方ぶりで、少々面映ゆい気持ちにはなりましたが」

 くすぐったそうに笑うルクスを見て、知らずホッと息をつく。

 どうやらリサはオウル以上の力を持ちながらも、ルクスに気に入られたようだ。

「さて、ヘキサ様。私たちもそろそろ」

「そうですね。それでは市長、改めまして」

『ああ。気をつけてお帰り』

 促されて挨拶をしたなら、クロウは小さなアームを振った――が。

『……うん? ということは、私の可愛い市民の部屋にルクス翁がこれから寝泊まりするということかね』

 急な気づきを呟く市長にルクスの足が止まった。

『竜には明確な性別がないとはいえ、今のルクス翁は私の可愛い市民から見て異性体……。ルクス翁、頼むからくれぐれも』

「何の心配をしている、この無生物体が!」

『それはもちろん――』

「言わんでいい! 下世話な想像をするな!」

『ほう? 竜の口から下世話とは興味深い。どれ、私とルクス翁の思う下世話が同じものかどうか、今から徹底的に討論を』

「……今ここで、その減らず口ごと滅ぼしてやろうか」

 途端に始まる応酬。

 どこからが軽口でどこからが本気か。

 とても分かりにくい二人のやり取りを見守っていれば、話の途中で一度は握った拳を解いたルクスがこちらを向いて言う。

「行きましょう、ヘキサ様。コレに付き合っていたら日が暮れてしまいます」

 再びの促しに、苦笑しつつ頷いたヘキサはルクスと共に敷地を出ようとし、

『ああ。帰る前に会社の名前を決めてくれないか。「院」へ話す時に尤もらしい書類を揃えておきたいだけだから、仮称でも構わんよ』

 不意にかけられた問いかけ。

「そう、ですね……」

 考えるヘキサはちらりとルクスを見、一つ、頷いた。

(どうせなら、馴染み深い名でもつけましょうか)

「ルミル……探索社ルミルでお願いします」

 簡潔に、分かりやすく。

 星詠みの血筋として、どのくらいルクスと共に過ごせるかは分からないが。

 彼が少しでも早くここでの暮らしに慣れるように。

 そして――また必要となる次の血筋が、今度はもっと早く見つかるように。

  願いを込めて、名づける。

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星詠む君の願う日に かなぶん @kana_bunbun

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