内情を人物に投げる。反響する。
T
5年目に彼女は死んだ。
涙は流れなかった。乾いた瞳で辺りを視ると、人目も憚らずに涙を絶え間なく流している人間が多かった。涙を流していなくとも、悲壮な表情をしている人間しか居なかった。僕はどんな表情を見られているのか気になってしょうがなかった。
よく笑うしすぐに泣くし、泣いたと思ってたら笑い出すし。そんな彼女だった。普段から活発で見知らぬ人にも明るい挨拶。勉強はできないが、なにか底が見えない、活力に満ち溢れていた。だから二年半も同じ時間を過ごしていたのだろう。
喜怒哀楽が激しい人間の隣にいるというのは大変だった。場面場面で話し方や表情を柔軟に変えていた。被った仮面は数え切れない。気は抜けない。失言も許されない。話題作りは慎重に。そんな二年半だった。
そんなことなら別れてしまえばいいのだろう。でも、彼女の底なしの人間味の泉から溢れてくる活力を飲むのが心地良かった。なんだか人間でいる実感がするのだ。あれは対価だった。彼女と時間を過ごすことに対しての。
本当に馬鹿だったんだ。僕の隣りにいるときは顔に幸福を浮かべていた。浮かんでいた幸福は掴んで仕舞うことができなかった。代わりに、僕はそれを吸って共有していた。噛み締められなかったが、風味は感じられていたと思う。
後日、学校に登校。快速だった。いつもの待ち合わせ場所でペダルを遅く回すこともなく駆け抜けた。ペースは乱れなかった。到着と同時に5分の余りに気付く。ペースが乱された。この5分を生み出したのは誰だ?
教室に顔が揃う。横目から放たれる視線も揃う。声量も小さく揃う。僕は机上を揃えた。「まだ付けてるよ、あのお揃い。」哀れみが揃う。咽び泣く音も揃う。何か揃ってないと思ったら君が揃っていないじゃないか。
こんなに視線を集めることは初めてだった。僕の目が見られることなんて今まであっただろうか。それに気付けたのは君の死の副産物のおかげかも。でも、もう瞳を覗かれることはないみたいだ。もしかして、その奥まで覗いてた?
君の親は君に似た泣き方だった。ひたすら泣いていたのを眺めていた。君はどうやら周りの人間の器に穴を開けたみたいだよ。みんな流れ落ちていた。君の泉は影響を与えすぎていた。君の死顔はいかにも満足気で馬鹿には見えなかった。
君の死から数日。無の時間があまりにも増えた。君が編んだ服を着て君がプレゼントした時計を付けて君が見せてくれた景色をもう一度見たくなった。君はもう何も届けてはくれない。だったら僕自身で掴みに行こう。
君の死から数週間。時間はまだたくさんある。声が前より出る。不自然だけど、挨拶も感謝も言える。友人と笑うことも少しだけできた。気味悪がってくる奴が少しだけ増えた。「あいつ気が狂ったんだよ。」
君の死から半年。時間はまだまだある。初めて一人で映画を観た。心が震えたことに驚いた。違和感ではない。切望していたんだ。いつからか。気づいていた?喉は渇いていない。いつからだ?悩殺されていた。「変わったよなアイツ。」
君の死から一年。時間は多く残っている。バラエティ番組が気に入った。音楽を聴いて震撼した。カメラを買った。溢れている泉を撮った。水位の低い泉が写真に収まっていた。喉は少し乾いている。もっといろんな場所に行こう?
君の死から二年。時間はまだ残っている。隣には僕の恋人がいる。恋人は仮面を被っていた。僕は楽しみ泣き怒り哀しんだ。恋人はそれに辟易していた。僕が態と溢すと恋人はそれを飲む。恋人はどうやら大事なことを知らない馬鹿みたいだ。
君の死から二年半。時間は消えた。僕は恋人に殺された。殺すこともその理由も僕は二年半前に知っていた。彼女の泉は僕へ。僕の泉は恋人へ。溢れ落ちていく。乾きを潤わせ。底へ底へ。彼女は一体誰で僕は一体誰?溢れても消えることなどない。
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