第22話 侵入

 山の中を木々の枝を払いながら、天真と怜良は進んだ。キューピットは二人の後をパタパタと飛んでついて来る。

「天真、ごめんね。私がいなかったら、天真も空を飛んで蒼夜のところに行けるのよね」

「いえ、今は空を飛んで目立たないほうがいいと思います。空港にあれだけ天使の翼があったことを考えると、彼らが本当に欲しいのは白い翼のはずです。どうして今回黒い翼が必要なのか、不思議です」


 腕を組んで考える天真に、キューピットが声をかけた。

「ねぇ、天真。僕が宮殿にもぐりこんで調べてこようか?」

「私もキューピットと一緒に行く!」

「ちょ、ちょっと待ってください二人とも。キューピットは自分の身を護れるかもしれませんが、怜良さんはだめですよ。行かせたら蒼夜に電磁波を食らわされます」

「でも、このまま山の中に隠れているわけにもいかないわ。宮殿に近づけるだけ近づいて、えっと、できるかどうか分からないけれど、キューピットが建物の中にいる天使に呼びかけるのばどう?何が起きているか聞きだせるかもしれないわ」


 怜良は必死で天真を説得しようとするが、天真は首を振った。

「空港にあった羽の持ち主が生きているとは限りません。それに、忘れているかもしれませんが、天使に呼びかければ、べトレイにも聞こえます。わざわざ居場所を知らせることになるから危険です」

「じゃあ、変装して一般観光客に混ざって、宮殿の中身を探ってみるのはどう?こちらから話しかけなくても、生きている天使がいれば、呟きが聞こえるかもしれないでしょ」

「怜良さんを行かせるくらいなら、僕が変装して行きます。怜良さんが知りたいのは失踪した天使じゃなくて、蒼夜が無事かどうかでしょう?」


 怜良が決まり悪そうに俯いたのを見て、天真がシャツの襟からシルバーチェーンを引っ張り出した。トップに小さな黒い羽がついている。羽は艶々と輝き、まるで羽ばたきそうに見える。


「これと同じものを蒼夜は身に着けています。トップは白ですが…僕たちは羽をペンダントトップに変えて交換しています。知ろうと思えば、相手と離れていても、居場所や危険を察知できます。だから安心してください。蒼夜は生きています」

「でも、いつ捕まってしまうか分からないじゃない。あんな大きくてスピードがでる戦闘ヘリまででてきたのよ。私から遠ざけるために、囮になる無茶をするなんて!もし、怪我をしたらって不安なの。ようやく蒼夜のことを思い出したのに、会えなくなるなんて耐えられない!お願いだから、どうして彼らが黒い羽を必要としているのか探らせて」


 怜良が大粒の涙をこぼしながら訴える姿を見て、キューピットが女の子を泣かせるなんてと天真を責めたので、天真はどうすればいいか分からず、おろおろしながら怜良を宥めようとする。怜良は泣きながら首を振るばかりだ。

「あ~もう、分かりました!二人とも変装してくださいね。僕はエンジェルケージに引っかかるといけないので、宮殿の近くで待機します」


 やっと天真の承諾を得て、やった~と叫びかけた怜良がハタと動きを止めた。

「ちょっと待って。キューピットは平気なの?同じ白い翼があるのに」

「あれ?怜良ちゃん知らなかったの?僕は天使じゃなくて、恋愛を司る神なんだよ。だからエンジェルケージには捕まらない」

「……」

「そんな疑いの目でみなくてもいいじゃないか。天真本当だと言ってやって」

「僕も信じたくはないんですが、これでも一応神さまなんです」

「なんだよ~一応って。酷いじゃないか」


 小さなこぶしを振り上げて、天真をポカポカと叩くキューピットが、逃げる天真を追ううちに、木々で翼を擦って黒い汚れがついた。それを見た怜良が、ふとあることを思いつき、折れた枝を地面に突き刺し、雑草に覆われた表面をえぐって、土を掘り返す。

「黒土だわ。ラッキーね。天真、キューピットをこっちへ連れてきて」


 一体何を見つけたのかと興味津々の天真が、キューピットを腕に抱えてやってきた。

 そのままキューピットを離さないでねと天真に頼み、怜良はキューピットの羽に黒土をまぶし始める。

「何するんだ!汚いじゃないか。僕は神様なんだぞ~。怜良なんか、本当に皇太子ガヴァンとくっつけちゃうぞ」


 泥をキューピットの羽になすりつけていた怜良の手がピタリと止まった。

「海外旅行が当たるなんて、どうりでおかしいと思ったのよね。適当に見繕った王子と私を結婚させて、天真の役目を解こうとしたんでしょ?」

「天真、この子かわいいだけじゃなくて賢いな。でも、とっても意地悪だ。僕の羽が真っ黒になっちゃっ……」

 文句を言っていたキューピットが、怜良の行動を理解して口をつぐんだ。天真にも分かったようで、三人はキューピットを宮殿内部に潜り込ませる作戦を練り始めた。


 宮殿の前に広がる石畳の広場には、大勢の観光客が並んでいる。ウィンウィング王国は西洋文化とイスラム文化が混ざり合った文化を持つ国なので、西洋風の服を着ている人もいれば、イスラム教徒が身に着けるヒジャブやアバヤを着た女性も多々見受けられる。怜良は顔と身体を黒いアバヤで隠し、天真の手荷物用バッグにキューピットを忍ばせて、王宮の入り口にやってきた。


 後列に並ぼうとしたとき、王宮の隣にある見事な大聖堂も一般公開されていることに気が付いた。上半分がゴシック様式で、高い尖塔にはステンドグラスをはめ込んだ大窓が見え、中に入ったらさぞや光彩が美しいだろうと思わせる。キューピットを預けるなら、宮殿でも大聖堂でもどちらでもいいのではないかと思え、すいている大聖堂に入ることにした。


 地中海地方の日差しはきつくて。気温も高い。だが、湿度が低いために、大聖堂に入った途端にひんやりとした空気に包まれる。表は簡素でイスラム風から想像した通り、中に入ると、林立する柱とその上のアーチで天井を支える回廊が、教科書で見たアルハンブラ宮殿やグラナダ大聖堂のような造りになっていた。


 素晴らしい建物に感嘆した怜良が、同意を求めようとして、少し開いたファスナーから覗くキューピットの顔を見ると、キューピットの目がある一点を見つめている。

そこには何枚もの絵がかかっていた。王と舞い降りた天使。仲良く語らう王と天使を物陰から窺う男。王の崩御とエンジェルケージに捕らえられた天使、そして男の戴冠式と籠の中の天使に降り注ぐ金銀、宝石。

 怜良はこの絵が単なる宗教画ではなく、天使の国と言われるこの国の歴史を描いた絵だと感じた。

湿度や気温の変化ではない寒気が身体を包み、怜良はぶるりと震えた。


「その絵はお気に召しましたか?」

突然英語で声をかけられて、びくりとした怜良が後ろを振り向くと、僧服を着た若い男が立っている。怜良はこの僧を利用できるかどうか確かめてみることにした。

「絵には天使しか描かれていませんが、ここでは悪魔もケージに入れる風習があるのでしょうか?」


 途端に男が警戒する様子を見せたので、怜良は男が内部事情に通じていると分かり、一気にたたみかける。

「実は、空港で、兵隊さんたちが、エンジェルケージにで黒い翼を捕まられるかどうか話しているのを聞きました。もし、まだ捕まっていないなら、お役にたてるかもしれないのですが……」

 そう言いながら、怜良がバッグのファスナーを開いた。中から小さな黒い羽がファサリと飛び出し、男が息を飲む。どうぞと言いながら、怜良はバッグを男に押し付けると、踵を返して大聖堂の出入り口へ向かった。


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