2 初恋

 舞台を終えたなるは、いつも以上に足が覚束無かった。必死にリリックを並び立てたからか、本来であればあそこはみくりのパートだ。デビューライブは芧が担当したのだから、今日はリーダーが決めろ、そう陽向ひなたに言われた。拙いながらに、なんとか終えることができた。ホッと胸を撫で下ろすも、本番前の《Bst to HEROビーストトゥヒーロー》というものが気掛かりでならない。調べるのも勇気が出なくて、逃げるように楽屋を飛び出してきた。

「と、とりあえず自販機……コーヒー飲んで頭をシャキッと……」

 広い会場内、案内板を頼りにフラフラと歩いていれば、曲がり角で白い裾が見えた。

「あれ」

 と思ったのも束の間。現れたのはトップバッターを担当していたMagic hourマジックアワーの──

「あ、う、うたちゃん……さん!?」

「ん。うただよ。えーっと……こんにちは?」

「こ、こんにちは、えっ、えっと、今日出演していた……」

 なんとか言葉を紡ごうとしては止まってしまう。見上げてくる詩の瞳に映る自分の顔は真っ赤だ。

(待って。リアルで見るとめっちゃ可愛いじゃん。待って。え、うたちゃんとは聞いてるけど、えっと、名前!名前聞かなきゃ!っていうか自己紹介もしなきゃ、あかん、可愛い)

 思考回路はショート寸前。脳内がひとつの単語に埋め尽くされていくのを鳴は感じていた。相手も相手で何かを察したのか、鳴を見上げて停止している。

 無言の時間が流れていった。このままではいけない。鳴にもそれはわかった。ここは、意を決して──

「あ、あのっ」

「僕の詩に何か用?」

「!?」

 声を絞り出したのも束の間。突然目の前に現れたのは、モニターの向こうでレンレンと共に舞台に立っていたその人で。たしか陽向が《律くん》と呼んでいた。詩と似た顔だが、二人のまとう色は正反対だ。ぱっちりとした二重におさまる瞳は赤く、漆黒の髪には同じく赤いメッシュが入っている。肌は真っ白で、二人が並ぶと雪と雪が溶け合うかのような可憐な雰囲気が倍増した。まるで自分と真反対の美少年を前に、鳴はパクパクと口を開いては閉じる。

(ぼ、僕の……? えっ、えっ、つ、つまりそれって……!)

 大事な人で、ユニットの相方で。求められる解がひとつしかなくて、双子だということにも気づかず、鳴の頭はグルグルと思考を止めない。

「さ……」

 目の前の二人は首を傾げている。言葉にならない言葉を胸に、鳴はそのまま踵を返し、走り出した。

(さよなら! おれの初恋!!!)

 目元を両手で隠し、乙女よろしくその場を逃げ去る。後ろの二人がどんな反応をしていたかは見ていない。またきっとどこかで会うだろうに、そんな考えに至るはずもなく、鳴は傷心をカフェインで満たそうと思ったのだった。

 しかし、コーヒーは売り切れ。ヤケクソで買ったピル○ルは、乳酸菌が甘みを纏って体に浸透してくる。それと同時に、なんとなく冷静さを取り戻した。

「さっきの、めっちゃ失礼だったよなあ……」

 初対面の女の子に、まともに会話もできないまま、挨拶も無く走り去る。とんでもない失態に、顔から火が出そうで、慌ててピル○ルを頬に押し付けた。

 この失態を取り返すには。またチャンスが訪れたら。そう考えた時にまた過ぎるローマ字。

「……がむしゃらに、やるしか、ない」

 眉を釣り上げ、しかしすぐに下げ。ウンウンと唸りながら、乳酸菌を全身に行き渡らせた。

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