1 ステージ

 モニターから放たれる光に、なるは肩を震わせていた。もう何度イメージトレーニングを重ねたかわからない。先に演目を重ねるアイドルたちは、自分が思い描くままの光を放っている。あの通りに動けたら、あの声援を浴びることができたら、と想像が時間とともに膨らんでいく。

「はい、こっちは準備オッケ。鳴ちゃんも、最終チェックするからこっち向いて」

「う、うん……」

「ちょっと、ガチガチに震えてるじゃん。大丈夫なのぉ?」

「む、むむ、武者震いだぜ……」

「顔も青いね、ナル」

「武者震い……」

「強がんなくていーから」

 テキパキとスタイリングを進める陽向ひなたは、普段よりも落ち着いているように見えた。みくりはまたコンビニの杏仁豆腐を食べていて、本番前のルーティーンなのだろうか。

「ていうか、この規模でこんなにガチガチになってたら、Bst to HEROビーストトゥヒーローのときどうなっちゃうの鳴ちゃん」

「びーす……なんて?」

「ちょっと、嘘でしょ?」

 コテをカチカチと鳴らし、陽向はわかりやすく顔をしかめてみせた。杏仁豆腐を食べ終えた芧が鏡を覗き込む。

「Bst to HERO。俺たちの事務所、Bsプロが誇る最大のイベントだよ」

「え、そ、それがなん……?」

「新人の登竜門なの。ボクたちも出るからね」

 サラッと述べられた言葉に、鳴は思わず跳ねた。

「アッツ」

「バッカ! 何やってんの!」

「え、で、出るの? そのなんかビッグイベントに? でででも、クラはともかく、芧も陽向くんも、新人じゃないじゃん!」

「鳴ちゃんだって新人でしょお」

「デビューから1年未満の新人がいること。これが出演条件だから」

「ひっっっっえ」

 もうこれは武者震いではない。ガクガクと震える鳴を見て、陽向は深い息を吐き出した。

「すぐにじゃないから。Bst to HEROの開催は3月。それまでに力付けるよお」

 そんなことを言われても、と鳴はこめかみを抑えて唸り声を上げた。そうだクラウスは、と目をやればキラキラと目を輝かせてモニターに釘付けになっている。

「わあ! うたちゃんとりっちゃん! すごくキレー! わくわくして、キラキラして、ルンルンする!」

Magic hourマジックアワーか。実力派だね。こういう舞台にも出るんだ」

「クラ、おんなじがっこーだよ!」

「ああ、馬酔木あせび兄弟きょうだいか。ほんと、息ぴったりだよねぇ」

 スポットの明滅は柔らかい。舞台の中央で手を取り合う二人組は、片や白を、片や黒貴重とした清廉な聖歌隊衣装を身に纏う同じ顔の──

「え! 女の子!?」

 思わず鳴はモニターを二度見した。まるで天から舞い降りた使い。白と黒の双子は、まさしく天使のように思えた。

「はー?」

「え? うたちゃ──むぐ」

 クラウスが何かを言いかけたが、咄嗟に芧は口を塞ぐ。

「女の子ユニットとも共演することあるのか……」

 じっとMagic hourのパフォーマンスを見つめる鳴。そんな彼の後頭部を見て、芧はクラウスにしーっと言った。



 照射するスポットに目がくらみそうになる。このスポットの先、幾多もの観客の中に自分を知っている人は何人いるのだろう。額に浮かぶ汗を拭えば、遠くから「芧くーん」とコールが聞こえた。

「来てくれてありがとう。お待たせ」

 応える芧はいつもよりも頼もしく見えて、その背に隠れようとすれば陽向に腰を抓られた。

「ボクたちのことを覚えてくれてる子も、そうじゃない子も! 今日はこの名前を覚えて帰ってね!」

 陽向を見れば、こちらへ片目を閉じていた。鳴の番だ。

「お、おれたちっ、ハ、はや、はやらす」

「ハヤブサランカース! ハヤラスだよ!」

 鳴の緊張を知ってか知らずか、クラウスはマイクを奪って前に躍り出た。会場から「ハヤラス」と復唱が聞こえる。

「まったく……はーい! みんなご存知! ハヤラスの可愛い担当、ヒナだよお!」

「げんきいっぱい! クラだよ!」

「笑い担当、芧だよ」

「笑い担当ってなんだよ!? あっ」

 思わず突っ込んでから、会場の視線を感じた。ドクドクと、心臓が脈打つのがわかる。続けなきゃ、言葉を。みんなが、見ている。

「おっおれ」

 吃音混じりに声を絞り出そうとした。が、それはパンッという乾いた音に掻き消される。

「イッッッッタァァ!?」

 後頭部に走った痛みにうずくまり、こちらに落ちる平たい影にハッと見上げれば──

「見て見て。ツッコミソード」

「なんで持って来てんだよ!?」

「ふふ、こっちは突っ込まれ担当の」

「突っ込まれ担当じゃないから! リーダーだから! リーダーの鳴です! よろしく!!!」

 半ばヤケになって叫べば、会場は笑いに包まれていった。その響きに肩を跳ねさせれば、鳴は心音が落ち着いていることに気付く。

「あ……」

「ほらね、俺は笑い担当」

「ぐ、ぐぬ……このやろお」

 スポットが明滅を始める。音の合図だ。始まる曲は、デビューライブでも披露した。その時に来てくれたファンならば、きっと拳を挙げてくれる。持ち場に移動しながら、陽向は鳴の肩を叩いた。クラウスは鳴にぶつかりそうになりながら駆けて行った。芧はツッコミソード──もとい、ハリセンを振り回しながらマイクを確認している。

「……じゃ、じゃあ聞いてください! おれたちハヤラスのデビュー曲、《HAYABUSA PARTY》!」

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