第2話 アーテル村 カンガルーファミリー
アーテル国アーテル村に、カンガルーの獣人一家が引っ越して来たのは今から丁度一ヵ月前の事だった。
コアラさんの家の隣の家は緑色の屋根でとても大きい家だ。
カンガルーの獣人一家はこの家に引っ越して来たのである。
お父さんの仕事の都合でお父さん、お母さん、娘二人の四人家族で外国から引っ越して来た。
お母さんはまだ産まれたばかりの赤ちゃんを抱えた引っ越しはとても不安だった。
しかも国内ではなく外国という事でさらに不安が増した。
この国に住む者の性格や国の事など全く分からなかった。
来てみたらどんより雲の天気でこの国に住む者もどこか暗い人が多く見える。
アーテル国アーテル村はお母さんにとって居心地の悪い場所でしかなかった。
“こんな所で産まれたばかりの子供を育てなきゃいけないなんて”お母さんは常にそう思っていた。
唯一心を落ち着かせる事が出来る時といえば、隣に住む「コアラさん」と呼ばれている男性の家族の存在が大きかった。
コアラさん一家も同じ国の出身者で、住んでいた地域は違っても「同じ国の者」というのは安心できた。それはコアラさんの家族が皆とても優しくまた親切だからだろう。
お母さんの救いはそれだけではない、カンガルーの家族はこの国に永住するのか、また時期が来たらどこかへ行くのか、元の国に帰るのか、今の段階では分からないが、とりあえずこのコアラさんチの隣に建つ緑色の屋根の大きな家に住めるというのもありがたかった。
一方お父さんは赤ちゃんも産まれ、家族もこの国へ一緒に来てもらったのだからと仕事を早く覚えようと張り切っていた。
この国の言葉を覚えたり積極的に活動していた。
元々『本が好き』という事もあり、こちらの国へ来る時も沢山の本を持ってきた。少しずつではあるが、こちらの国で販売されている本を数冊買って勉強に使っている。
娘がこの国で小学校に通う事となり村の小学校の転入生になった。
一年生のクラスに入れられ教科書を持って帰ってきた際、お父さんも目を通した。
一年生の教科書はお父さんにとっても言葉などを勉強するのに丁度良かった。
お母さんは毎日不満を漏らすが、お父さんにとっては不満は無かった。
お父さんは元々学ぶのが好きだからなのか、新しい国について学べる事が楽しくてしょうがなかった。
それでも妻の愚痴を聞くのを億劫にせず、ちゃんと毎日聞いている。
カンガルーファミリー、ブラウン家の長女カーラは、お母さん同様不満を持っていた。
名乗る時に「カーラ・ブラウン」と名乗ると、聞いていた者達の頭上にクエスチョンマークが付くことが多いように見える。
名前の「カーラ」も苗字の「ブラウン」も自分達が住んでいた国ではごく普通の名前だったかからだ。
しかしこの国では「変な名前」と思われているようだ。
なのでいつもカーラは一人で過ごしている。
「カーラ」とは「愛しい人」という意味がある、と母親から説明を受けている。「父が名付けてくれた」とも聞いている。
そのような意味の名前はこの国では存在しないの?と父に聞いた事もある。
父はその時「調べてみるよ」とだけ言って話を終わらせた。
その後カーラは家の中にいる時、父に声をかけられ父と一緒に二階の夫婦の寝室へ入って行った。
父に言われ、梯子を上り小さい部屋へ入った。父も梯子を上ると「そっちに入ってごらん」と言いカーラは小さな部屋から「屋根裏部屋」へ入って行く。
初めて入ったそこは父の書斎だった。
周りを見渡すと母国の言葉の書いてある本がいくつも本棚に入っている。
多少天井が低いがまだ小さいカーラには充分な高さである。
父はギリギリ立って歩けるといった感じだ。後ろから窮屈そうに歩いてくる。
本棚も高さはなくカーラの背丈より多少低い。
父が書斎の机の前にある椅子に座ると、本棚は丁度良い目線の位置にある。
父は、本棚に興味を示してキョロキョロしているカーラを呼び、父の近くへ座らせカーラの顔をしっかりと見た。
「カーラ、君の名前はお父さんが送った君への最初のプレゼントだ。お母さんも気に入ってくれた。それは君も分かってくれているね。愛しい子、愛すべき子だ。しかし今、この国に来てこの国の小学校に行くようになったら、君の名前を聞いて戸惑う者ばかりで君は自分の名前に自身が持てなくなっている。そこでお父さんは調べてみた。カーラと似たような意味を持つ名前があるのか。そしたらあったよ、この国にも。『あいこ』や『あい』といった名前だ。それが君の名前のような意味合いを持つ名前だ」
そう言われてもピンと来なかった。
しかし似た意味を持つ名前はあるらしい。
カーラの顔を見て父は、さらにカーラに紙を見せてきた。
その紙には父の字が書いてある。
父の字と意味不明な文字がチラホラしている。カーラはそれが何を示しているのか父に聞いてみた。
「その、よくわからない文字?はなんなの?」
「これはかすみと読む、こちらの言葉で「かすみ」という名前があるらしい。「カーラ」という意味とは違うが「カスミ」とは色々な意味合いがあると聞いたが、名前としては「花の名前」で「かすみそう」というのがあるらしい。後は「花」という「漢字」という物を使い、「澄み渡る」という言葉がこの国にはあるらしく、この「漢字」を使って「花澄」という名前「香り」という言葉があるらしく、これと澄み渡るで「香る、澄み渡る」の漢字から「香澄」と「漢字」という物を組み合わせれば名前が完成するらしいんだ」
この国の言葉は知らない言葉ばかりで、カーラの顔はずっと不信感を抱いているような顔だった。
「花」というのは最近知った言葉の気がする。
その後も「花純」という言葉の意味を父から教わったが「いまいち」という感想しか浮かんで来なかった。
日にちが変わり別の日。
カーラは最近知った「としょかん」という場所に向かって自転車を漕いでいた。
図書館で子供向けの本を見るのが段々と日課になっていた。
学校で教わる言葉も母国の言葉も成長に合わせて少しずつ勉強していく事になっている。
今、コアラさんという隣人のおじさん(たまに女性のようになるが)に、勉強を教わって学校の勉強を補ってもらっているが、それでもまだこちらの言葉は殆ど分からない。
しかしこの国は別の国からの移住者が来るからか世界の共通語である言葉が至る所にある。
大人は何とかその共通語を読めば理解できるのだが、カーラはその共通語すらまだ分からない。
とにかく読める文章だけ読んでいる。
カーラは棚の文字は読まなくとも絵が描いてある本を探した。
それならあまり字が読めなくとも楽しめるからだ。
カーラはその場所に飽きると次は別の場所へ行った。
近くでカーラくらいの子が「ねぇ、ずかんこっちにあるよ!これでしゅくだいできるんじゃない?」といった。
別の子が「ほんとだ!花のずかんある?」と言っている。
二人は女の子で友達同士で、どうやら学校の宿題をしているようだ。
カーラにはその宿題が無いことから、カーラとは違う学年の子だろう。
アーテル村の学校は人数により一クラスから二クラスある。
カーラは一年生で、一クラスのみである。
「しゅくだい」という物は先生から教えてもらった。
「先生がしゅくだいって言ったら、ブラウンさんは先生が言った事を、お家に帰ってからやってきて下さい」と「先生」という大人はそう言った。
コアラさんからも「先生」という者と「しゅくだい」という物を母国語とアーテル語で教わった。
その日コアラさんからも「しゅくだい」という物を出されて、親と一緒にコアラさんのしゅくだいをやった。それが数日前の事だ。
カーラは今その「しゅくだい」だけ聞き取れた事が嬉しかった。
自分もこの国の言葉を少しずつ覚え始めている。
言葉が分かれば少しはこの国の学校も楽しめるかもしれない。
例えば今の子達のようにこの場所で友達と一緒に「しゅくだい」が出来るようになるかもしれない。
カーラはさっきの子と同じ物を手に取った。
それはカーラにとってすごく重たい物だったが、その子たちも苦労して持って行った。
あの子達がそうだったから、自分も重たく感じるのは間違っていないと思えた。
その重たい本を持って落とさないようにゆっくりと歩く。
さっきの子達は見失ったが、カーラは子供用のソファーを見つけ、そこに一旦その重たい本を置き自分もソファーに座る。
持ち上げて落とさないようにしながら本を広げる。
その本は「はなのずかん」と書いてある図鑑で、重たいのは当たり前である。
低年齢向けの図鑑でカーラの年齢でも丁度良い物である。早い子は幼稚園から読めると思うがこれは小学生向けの図鑑である。一年生から三年生向けと書いてある。
カーラは少しずつ少しずつページをめくり、読める文字だけ読んでみる。
花の写真が綺麗に並び名前などが書いてある。
名前も説明も殆ど読めないが、花の写真はとても綺麗だった。
子供用の図鑑である以上、落書きや汚れ傷が所々にあるのだが、元はもっと綺麗だったのだろう。カーラは残念に思えた。
同時にこの本が欲しくなったが、これは図書館の物で持って帰れない。持って帰れる本は「かしだし」という事しないといけない。コアラさんが初めてカーラをここに連れてきてくれた時に言っていた言葉だ。
「かしだしできるもの」と「かしだしできないもの」があると説明された。
これは「かしだしできるもの」とは思えない。
なぜなら大きくて重たいからだ。
カーラは閉館時間まで「はなのずかん」を読んでいた。
「音楽が鳴ったらここは閉館だから、読んでた本を元に戻してここを出るのよ。借りたい本があるなら「かしだし」の所まで持っていくの。分からなかったら図書館のエプロンつけてる人に聞くのよわかった?」と、その時も女性のような口調でコアラさんは教えてくれた。
母国語も共通語もアーテル語も話せる、たまにおばさんになる隣人のおじさんはカーラにとってとても頼れる「せんせい」だった。
そのコアラさんが言っていた「おんがく」というのがフロアに流れ始めた。
カーラは椅子から降りて図鑑を元の位置に戻しに行った。
その後『カウンター』と呼ばれている場所の近くで、カーラは見慣れた子を見つけた。女の子は同じ学校の一年生だ、名前は知らないが見た事がある。
女の子の隣に見知らぬ男の子がいるがその子は知らない。
男の子は女の子のそばで立っているが兄弟または双子に見える。
カーラは話しかける事はせず、出入り口の方へ向かった。
カーラが自転車から降りると、数段の階段を上がり玄関を開けると父親が出迎えてくれた。
「おかえり、カーラ」
「ただいま」
お父さんの顔はすごく優しい顔でカーラはなぜだか心から安心できた。
まだこの国に住んで一ヵ月ほどで、ようやく一人でも図書館と家の往復は出来るようになったくらいで、それもごく最近である。
だからなのかすごく【知っている顔】というのは安心できた。
「お父さん、お母さんは?」
「お母さんならお隣にいるよ、隣のコアラさんの奥さんが、お母さんをお茶に誘ってくれたんだ」
「そうなんだ」
「お母さんも息抜きが必要だからね」
「お父さんには“いきぬき”ってひつようないの」
「お父さんの息抜きは、図書館で本を読んだり家で本を読んだり、とにかく本を読んでいる時間が“お父さんの息抜き”だから。」
「ふーん。あっ、そういえば今日、としょかんでいい本があったの。」
「へぇー!どんな本だろう?聞かせてくれる?」
「うん」
カーラはお父さんの後ろを歩いてリビングまで行くと、ソファーに向き合って座り今日の図書館での事を話した。
お父さんはカーラの話をちゃんと聞いてくれる優しいお父さんだ。
カーラの話を最後まで聞くと「じゃあ今度の休みは大きな街へ行ってみよう。お父さんも行くの初めてなんだけど、コアラさんが連れてってくれると言ってたし、みんなで行こう」と言ってくれた。
さらにそこにはデパートがあって、沢山の本が売っている店がデパートの中に入っていると教えてくれた。
カーラはその日が来るのが楽しみになった。
カーラは夕飯までの間、二階の自室で過ごしていた。
学校から配られた教科書とコアラさんお手製の教科書を開いて、アーテル語の練習を始めた。
少しずつしか進まないがアーテル語の読み書きを勉強していく。
カーラは言葉が分からない事が多く、勉強内容が皆より遅れている。
今のうちになるべく遅れを取り戻さないと次の学年でまた困るかも知れない。
この学校の海外出身者サポートは優れている。
そのおかげでカーラもある程度サービスは受けられているのだが、年齢はどうしても壁になる。
大人以上にものが分からず混乱するのだ。
まだ友達もいないカーラは担任の先生と一緒に過ごす事が多く、言葉は分からないがなにか嫌な物は察していた。
アーテル語で話しかけないと無視される事など日常茶飯事である。
一人訳が分からず教室に居た事もある。
その時は移動教室で先生が迎えに来てくれて、初めて「きょうしつをいどうするときがある」と知った。
それからはなるべくみんなの行動を観察していたら、同じクラスの女子に何かを言われた。
意味が分からなかったが、その後彼女たちの立ち振る舞いからバカにでもされたのだろうか?と思いそこで、ようやく傷つく言葉を言われた事に気づいた。
子供というのは残酷である。存在が純粋であるからこそ残酷である。
カーラは親にすべてを話しているが「コアラさんの家で不登校児を面倒見てくれているからそこにしばらく行ってても良い」と言われたが、なんだか悔しくてそれは出来なかった。
その事がきっかけで、今は言葉の勉強に力を入れている。
翌日
カーラは学校へ行ったら、昨日会った子に話しかけるか迷った。
苦手なイメージがついているからだ。
その子はいつも大人しくて一人ぼっちだった。
周りの輪の中に入ろうとしないのだ。
周りもその子が近づくと避けるように動いていた。
いつも俯いている事が多く楽しくなさそうだった。
それでもちゃんと学校へ来ていて、クラスで授業に参加している。
昨日はカウンターの司書さんと話をしていた。その姿を見かけただけだがにこにこと楽しそうだった。
“学校で会っている姿と全然違う”というのがカーラが見た感想だ。
あと彼女の隣の男の子の存在も気になっていた。
見てすぐに障害があると分かったからだ。
足の障害でも抱えているのだろう、その女の子が生活を支えているようだった。
「たいへんそうだな」とカーラは正直に思ったが、それ以外の感情は湧いてこなかった。
教室に着き辺りを見渡すと、その子はもう来ていた。
「おはよう」と声をかけてみたら小声で「おはよう」と返ってきた。
何とか聞こえたレベルで、もし教室がうるさかったりすれば聞こえなかっただろう。
カーラもようやく聞き取れたレベルだ。
後は特に何も話さぬままボケっと突っ立ってしまった。
カーラはしかたなく“自分の席に行こう”とその場を去り、自分の席へ向かった。
自分が使っている机にランドセルを置き、教科書やノートはお道具箱を引き出し代わりに使っている場所へ入れ、ランドセルは後ろの棚へしまうために立ち上がり自分の名前が書いてある所にしまった。
その時クラスメイトの子から話しかけられ「あの子と、はなしたりちかづかない方がイイよ」と言ってきたが、カーラにはいまいち理解できない部分があった。
言葉がまだうまく聞き取れないからだ。
その子は忠告のつもりでカーラに話しかける。
それがこの子にとっては、とても良い事だと信じているからだ。
「あの子のおとうと、とくべつがっきゅうってところにいるんだって。ふつうじゃないんだって、ママ言ってたよ。びょうきがうつるからその子にちかづいちゃいけないって。ほんとうはその子もおなじクラスじゃだめなのにむりやりはいってるんだって、びょうきうつしちゃダメなのにね」
カーラは理解が追い付かずその場を無言で立ち去った。
それが駄目だったのだろう話しかけてきた子は、なにか騒いでいる。
それでもカーラは無視をした。
分からない言葉ばかりで何を言われているのかチンプンカンプンだからだ。
自分の席に座り、やっぱり話しかけたのは駄目だったのだろうか、あの子に話しかけたらなぜか別の子が話しかけてきた。
まだこちらの言葉では分からない言葉がある為、なんとなくの雰囲気で察するに、あまり良い事は言われてないのだろう。
なんだか嫌なクラスだとカーラは思った。
外国から来ただけでこうも嫌な思いをしなきゃいけないのか?
この国は移住者でも住みやすい土地ではないのか?
父の言っていた事は嘘だったのかと考えた。
現実はカーラが話しかけた子は、いじめられっ子だったという話なのだが。
カーラは友達が欲しかったが、このクラスでは難しいのか?と思い始めた。
でもカーラが「おはよう」と言ったら彼女は答えてくれた。
それはカーラにとってもその子にとっても大きな一歩だった。
その事実に気付くのはもう少し先だった。
今日も退屈な日だった。
少しずつ言葉を理解できる事が増えつつある。繰り返す言葉は何とか覚えた。
宿題とかごく簡単な言葉から分かるようになりつつある。
教科書、ノート、鉛筆、そういうのは分かるようになった。
「いどうきょうしつ」も、あれ以来覚えた。
そういえば今日話しかけた子が、移動教室でカーラだけ教室に残っていた時以来、カーラが周りを見て動いているのを見て、カーラの様子を窺っている事がある。
あれからよく目が合うのだ。きっとカーラを心配してくれているのだろう。
カーラが教科書やノートを持って教室を出るまで見つめていて、カーラが教室から出ると彼女も出てくる。今日もそうだった。
カーラの後ろを歩き、背中を見張られている気がしてちょっと気まずいが、どこか安心感があった。
道を間違えそうになると無言で追い抜いて「こっち」と訴えるようにカーラを見ている。
カーラは本当は優しい子なのでは?と思い始めた。
学校が終わり帰宅してからは気が楽になった。
多少宿題が出されても周りを気にせずカーラのペースで出来るからだ。
カーラは今日も図書館へ行くことにした。
雲がいつにも増して分厚く、雨が降りそうなので自転車で行くのは止めて歩いていく事にした。
途中橋に差し掛かる時、今日「おはよう」と声をかけてみた子がお母さんと歩いているのを見かけた。なにか楽しそうに歩いている。
どうやらどこかへ行く途中らしい。
カーラは“気まずいな”と思ったが仕方なく後ろを歩いた。
二人はそのまま「アーテル村 乳児院保育園」と書かれている看板が掲げてある場所へ入って行った。
カーラはちょっと前の事を思い出していた。
カーラのお母さんと、この場所の前を通った時カーラは、なんて書いてあるのかお母さんに聞いた事がある。
建物がちょっと変わっていたから気になったのだ。
お母さんもなんて書いてあるのか分からなかったが、その看板とは別な場所に外国語の説明が書いてある物を見つけ、お母さんはそれを読んでくれた。
アーテル語以外の言葉で共通語が一番でっかく書いてあったが、その下にさらに三ヵ国語くらい書いてあった。
お母さんは共通語を読み書き出来るため、共通語の文を読んでくれたが、ちゃんとカーラに説明しながら読み進めてくれた。
その母から、親の居ない乳児の面倒を見ている施設または保育園と教えてくれた。
さらにカーラにも分かるよう乳児院がどんな場所なのか、分かりやすく説明してくれた。
そんな記憶が蘇ってきた。
たしかここは赤ちゃんの為の場所。そうカーラは解釈している。
あの子とあの子のお母さんがここへ入って行ったのにはどんな理由があるのだろうとカーラは思ったが、近くに図書館が見えてきた為、カーラは図書館の方へ興味が抱いた。
図書館の敷地内を歩いていたカーラは、毎日学校ではなく図書館で勉強なら良かったのにと考えていた。
出入り口を通って静かな館内に足を踏み入れると心が落ち着いてきた。嫌な事でさえ忘れられそうだ。
カーラは外国からの移住者向けコーナーへ向かった。大人向けフロアーと子供向けフロアーのその両方にコーナーがある。
カーラはまず見慣れた母国語が書かれている場所を目指した。
子供向けの本がずらりと並ぶ中、カーラはお気に入りの本が置いてあるか探した。
アーテル語はすぐには読めないが、母国語ならばそれなりに分かる。探すと簡単に出てきた。
カーラはその本を持って椅子を探すと、丁度開いている椅子があった。
その椅子の場所まで行くと、カーラは椅子に座り本を開いた。
幼稚園に通っていたときから、今までカーラはずっとこの本が好きだ。
もう販売されてない本で、その理由としては多少古い本だからだ。
まだ母国に居た時もカーラは図書館でこの本を読んでいた。
こちらの国でこの図書館に初めて来た時、これを見つけた時は感動した。
まさかこれがあるとは思わなかったのだ。
カーラがこの本を読みたい時はだいたい嫌な事があった時だ。
特に友達と喧嘩して嫌な気分になった時、いじめられて嫌な気分になった時に読むとその嫌な気分が晴れるのだ。それで今日は真っ先にこのコーナーへ来た。
この本の内容はカンガルーの女の子が主人公の話で、街に住むその女の子は街を歩いて色々な人に声をかけて人を助けたり新しい友達が増えたり冒険したりする話である。
この本を図書館で読む瞬間がカーラにとって癒しの時間となっている。
この本は初めて見つけた時からすでに販売終了していた為、買えなかったが、こうして引っ越し先でも読めるのはとてもありがたかった。
しばらく椅子に座り読んでいると「カーラじゃない?」と言われた。
聞きなれた声だと思い顔を上げると、そこにはコアラさんがいた。
『コアラさん』といっても男性の方ではなく女性の方でいつも「コアラさんの奥さん」と呼ばれている人だ。
「おばさんこんにちは」
「今日は一人なの?」
「はい」
「あら?その本、カーラも好きなのね、うちの子も探してたのよ」
コアラさんの奥さんは後ろに赤ちゃんをおんぶして、片手に幼稚園生の娘と手をつないでいた。
その幼稚園生の子が、カーラが持っていた本を探していたらしい。
カーラは戸惑ったが「読み終わったら教えてくれない?その本借りていくから」と言われ、それならと思い「分かりました」と返事をした。
カーラは再び本に集中すると、あっという間に時間は過ぎていった。
フロアーに音楽が鳴り響く時間となったらしい。
カーラは本を閉じるとコアラさんの奥さんを探した。
その時、同じ学校で同じクラスの女の子と会った。
この間も図書館であった子で、今日の朝「おはよう」と声をかけた子だった。
真正面に彼女も立ちボケっと突っ立っている。
先ほどお母さんと一緒に乳児院に入って行ったはずなのに、まさかココで出会うとは予想できなかったとカーラは思った。
相手も一人だった為思い切って話しかけてみる事にした。
「えっと、おなじクラスの」
「うん、ブラウンさんだよね、こんにちは」
「こんにちは」
「よくここに来るの?」
「えっと、うん」
カーラはアーテル語が上手く出てこない。
それでも何とか会話は出来ているようだ。
「私もよく来るよ、えーっと、共通語分らないけど、えーっと、朝は声かけてくれてありがとう、伝わったかな?」
若干分からない部分もあったが、あいさつとして最初に教わった部分は分かっている。
彼女が「ありがとう」と伝えてくれた事はカーラにとって嬉しい出来事だった。
話しかけて良かったとカーラは認識して「こちらこそ、ありがとう」と返事した。
二人は微笑み合うと「じゃあ、またね」と言い別れた。
その後すぐにコアラさんを見つけ、読んでいた本を渡して、カーラはコアラさんの奥さんと帰る事になった。
コアラさんの奥さんと手をつなぐ幼稚園生の娘さんとカーラは手をつないだ。
図書館を一緒に出て、同じ場所に帰るから丁度良いとおばさんに言われ、娘が手を差し出してきた為に手をつないだ。
カーラより少し小さい手はあたたかく柔らかかった。
帰り道でおばさんから「カーラはこっちの生活どう?困りごとはない?」と聞かれ正直に話した。
一番は言葉の壁。
しかしそれは「コアラさん」が今、カーラに教えてくれている。
後はやっぱり学校の事だろか。
カーラはそれも、おばさんに話す。
「さっきの子は?」と聞かれて「同じ学校の同じクラスの子だけどほとんど話した事はない。なんの獣人なのかも名前もまだ分からない」と言った。
おばさんは「あの子はハムスターの獣人じゃないかしら?たしか乳児院の経営しているハムスターさんチの娘さんだったような」と独り言のように話し始めた。
この国では名前が分からなかったり、分かっていても種族名で認識する事がある。だからコアラさんやハムスターさんという言葉が出てくるのだ。
同じ種族が沢山いれば苗字や名前のが分かりやすいが、種族が少ないとそのまま種族名だけでも伝わりやすいからそうしている。
カーラはふいに、おばさんに話しかけてみた。
「おばさんはこっちに来たばかりの時どうだったんですか?」
「そうねぇ右も左も分からず大変だったわ。今のあなたみたいに。でもね、焦らず自分のペースでやっていこうって思ってからは、多少楽になったわ。友達もできたし、なによりお父さんの存在が大きかったの」
「そうですか」
「カーラも大丈夫よ、言葉も少しずつ覚えて良いし、友達も話が合わない子と一緒に居たって楽しくないわよ、自分に合う子をみつけなさい。そうすれば自然と言葉も分かるようになるし、楽しくなってくるわよ。カーラはまだ小さいんだから少しずつ成長するしか出来ないのよ、自分を忘れないで」
カーラの中で、なんだか楽になった場所があった。
そうかそれで良いんだと思い始めたら、一気に元気が湧いてきた。
知らぬ間におばさんは鼻歌を歌っていた。
よく聞くとカーラも知っている歌だった。
カーラも一緒に歌い始めると、コアラさんの娘も大きな声で歌い始めた。
母国語の歌は、なじみのある歌でカーラも昔良く歌っていた。
幼稚園で習った曲だった。
カーラやコアラさん達にしてみれば誰もが歌える歌だ。
歌を歌っていると、すれ違いざまにジロジロ見られたが気にしない事にした。
家が近づき、コアラさん親子と別れを告げ、玄関前の階段を三段上がりチャイムを押した。
すぐにお母さんが玄関のカギを開けてくれる。
カーラが帰って来たのをすぐに気づいたようだ。
まぁ歌を歌って帰って来たのだから分かる人には分かる。
お母さんは赤ちゃんを抱えていた。
カーラにはまだ喋ることができない妹がいる。
今日コアラさんと一緒に帰って来た時、歌っていた歌をいつか妹に教えてあげ、覚えてくれたら一緒に歌おうと思えるようになった。
きっと妹も喜んでくれるだろう。
今日の歌は明るく楽しい歌だ。
あなたが悲しい時歌ってあげるね、とお母さんが抱っこしている赤ちゃんの妹に向けていってみると、赤ちゃんはうっすらと笑ったように見えた。
お母さんも「あらあら」と言い赤ちゃんをみた。
部屋に入る時には、お母さんと一緒に今の歌を歌った。
お母さんも楽しそうに歌う。
まだまだ引っ越してきて一ヵ月。不満も不安も沢山あるが、少しづつこの国の事この村の事が分かるようになってきた。
父親のわがままで連れてこられた感は否めないが、お母さんとカーラは少しずつこの村の生活になじみ始めている。
まだどうなるかは分からないがとりあえずはここで生活出来そうだ。
家の一番上のお父さんの書斎で、お父さんは音楽を聴きながらなにか作業していた。
作業に集中しているらしく真剣な表情だ。
お父さんの職業は翻訳家である。
同時に自分の作品も少しだけ書いている。
今は自分が作っている小説の執筆作業中である。
お父さんの周りは本が開きっぱなしで置いてある。
アーテル語で書かれている本もあれば別の国の言葉で書かれているのもある。
本がタワーのように高く積みあがっている所もある。
本のタワーが出来上がっている所の本には何冊か図書館のシールが付いている。
カーラとお母さんに図書館を教えたのはお父さんで、お父さんの影響でカーラも図書館が好きなのだ。
カーラはそれを覚えている。
この国の図書館は外国の図書が沢山ある。
国柄、しょうがないのだがカーラはそんな図書館が好きだ。
いつか色々な国の本が読んでみたいと思っている。
大人になったらそんな事、簡単に出来るようになるだろうとカーラは思っている。
現にお父さんは何ヵ国かの言葉を理解しているからだ。
カーラの憧れの姿はお父さんのようになっている自分だ。
カーラは歌を歌い終えると自分の部屋へ行った。
やらなきゃならない事があるのを思い出したからだ。
机に教科書を広げアーテル語を学び始めた。
「いっしょにあそぼう」という言葉や「いっしょにいこう」といった「一緒」という言葉を覚える事にしたのだ。
ハムスターの獣人の女の子にもっと話しかける為だ。
『図書館に通う友達』
その友達が欲しいだけで、つまらない学校の事は考えていない。
図書館でより楽しい時間を過ごしたい。その願いを叶えるには図書館に頻繁にくる子ではないとだめだ。
“あの子なら図書館で会える”カーラはそう考えたのだ。
カーラの目的はただ一つ。
思う存分、言葉の勉強が出来て図書館で過ごせて、楽しく会話できる子と友達になる。それが叶えば良いのだ。
カーラは人に話しかける練習をし始めた。
アーテル語でなるべく話すそれが今の目標だ。
夕飯時、カーラはお母さんに呼ばれた。
お父さんに「お夕飯」だと伝えてと言われ、お父さんの書斎へ向かった。
お父さんは音楽を聴いて多少の音だと気づかなかった。
仕方がなくカーラはお父さんに近づいてご飯の時間だという事を伝えた。
二人はダイニングへ向かうとテーブルには美味しそうな料理が並んでいた。
その中に見慣れない料理が並びカーラがお母さんに尋ねると「アーテル料理を教わったから作ってみたの。食べてみて」と返ってきた。
キッチンとダイニングを行き来しているお母さんはどことなく楽しそうだった。
久しぶりになんだか楽しい食卓になった気がする。
カーラは全員が食卓に着き食事を始めると、まずはアーテル料理に手を付けてみた。
不思議な味だが食べれないわけじゃない。お父さんも同じらしい。
お母さんは先に味見しているからか、普通に食べては「うん、上手くできたみたいね」と独り言を言っていた。
母国の食べ物は普通にいつも通り美味しいが、アーテル料理も少しづつ食べれるようになりたいとカーラは思った。
その日の夜、日記を書き終えると母国にいる友達へ手紙を書くことにした。
アーテル語は難しい、図書館は楽しい、学校はつまらないなど、思った事をそのまま書いた。
母国語はそれなりに読み書き出来る。
いつかこの言葉も殆ど使わなくなってしまうのだろうか。さすがにそれは悲しい。
母国へ帰りたい気持ちもあるが、そう簡単には帰れない。
今はとても複雑だが、この国で生活するしかないだろう。
向こうの友達の顔が浮かぶたびに寂しくなる。
昔の家、風景、遊び場に買い物していた場所。
向こうの図書館。
思い出せば思い出すほど、悲しく寂しくなってくる。
しかしカーラは手紙を書く手を止めず最後まで書いた。
【また会いたいね】
この言葉はカーラの目に涙をためる事となったが、涙をぬぐい封筒に手紙を入れ封をした。
“明日、お母さんに頼もう。”
カーラは手紙はそのまま机の上に置き、下の階へ行って寝る準備をしてベッドに入ろうと部屋をでた。
洗面台のある一階まで下りてくると父と母の声が聞こえた。
「すまないな、ソフィア」
「今更?」
「本が完成するまでの間、今まで通り助けてくれ」
「もう何回も言ってるじゃない。まったく、分かったわよ」
ソフィアというのは母の名前だ。
カーラの前では名前で呼び合わないのに、二人きりだと名前で呼び合うのかとカーラは思った。
そのまま洗面所に向かい歯を磨き、両親の元へ行くとカーラは両親に「おやすみ」とあいさつをして二階に上がり自室に入った。
ベッドに入り寝ようとするが、話の内容が気になってしまった。
また何かあるのだろうか。
もしかしてまた、どこかの国へ行くのか?と、不安になった。
また嫌な思いをするのは嫌だ。
しかし母国に帰れるならそれなら話は別だ。
楽しみになってくる。
手紙もまた書かなくてはならないかも知れないが、今、真相は分からない。
明日、それかお父さんの本が出来上がったら?カーラは頭で色々考えたが眠くなってしまった。
いずれ、なにかあればお父さんなり、お母さんが言ってくれるだろう、と思えばそれを待つしかなさそうだ。
とりあえず今は眠ることにした。
翌日
カーラが朝の支度をし、朝ご飯を食べてると、お母さんからはとくになにも言われなかった。
ならばお父さんが?とも思ったが、お父さんも何も言わなかった。
カーラは学校へ行く支度をし、学校へ行くと言っても何も無かった。
カーラはモヤモヤした気持ちのまま学校へ行くことになった。
学校は相変わらずだった、しかし教室へ入るとカーラの元にハムスターの獣人の女の子が現れ「おはよう」と声をかけてくれた。
カーラも「おはよう」と返すとその子は席へ戻って行った。
両親の事で頭が一杯だったが、今、あいさつしてくれたのは嬉しかった。
もう少し話をしたいがカーラはまだ上手く話が出来ないし、話しかけるのは勇気がいった。
“時間をかけて仲良くなろう“そう心に決め、今日は向こうから話しかけてくれた事にまた一歩進んだという事にした。
カーラは、今日は図書館へ行くのはどうするか考えた。
結局、手紙もお母さんに頼むのを忘れてしまった。
ダメだ、なんだか昨日の事が気になってしまう。
カーラは帰宅したら、お母さんに直接聞いてみる事にした。
帰宅後、カーラはお母さんを探しに家の中を歩いた。
リビングには何冊かの本がある、それとメモ書きだ。
全部お父さんの字で書かれている。
「カーラ?お母さん図書館に行って、お父さんが借りた本を返して、メモにある本を借りてこなくちゃいけないから。あっ!頼まれた本を探して買わなきゃ!全くお父さんは、本を作り終えるまで手伝ってくれっていうから、いつも手伝ってるのに、またこんなに!本って重たいのよ?分かってるでしょうにねぇ!」
「お母さん、あのなんか、またひっこしとかあるの?」
「ないわよ、なんで?」
「いや、きのうの夜、なんか二人がしゃべってたから」
「あぁ、もしかして図書館と本屋に行くの手伝えって話かしら?引っ越しなんてないわよ、一ヵ月で引っ越してたら大変よ!この家も住めなくなるなんてもったいないわ!」
「そっか、よかった。あっ、としょかんとほんや、私もてつだう」
「あら、ありがとう!」
「じゅんびしてくるね、あと、てがみわたしたいからポストよって?」
「わかった図書館の所で、手紙出しましょうね」
「うん」
カーラは急いで部屋に向かった。ランドセルを下ろしいつも持っているバッグを手に持ち手紙をバックに入れた。
バッグを手に、またも急いで部屋を出る。
リビングに行くと、お母さんは赤ちゃんを隣に預けてくるといい出かけて行った。
カーラは置いてある大きな手提げバックに図書館の本をしまった。
お母さんがその手提げバッグとメモを持ち、「じゃ、行きましょうか」とカーラに声をかける。
カーラも返事して、お母さんの後ろを歩く。
「今日はさっきコアラさんの奥さんに車を借りてきたの、車で行きましょうね」
「うん」
そうして、家を出て車に乗り込み、カーラとお母さんは図書館と本屋を目指した。
お母さんとこうして車で出かけるのは久しぶりだった。
とっても楽しい時間となりそうだ。
カーラは車の窓の外を見ながら村の景色を見た。
途中ハムスターの獣人親子を見つけた。
今日も仲良さそうだ。
カーラだって負けてはいない、お母さんと図書館と本屋へ行く。
まだ一ヵ月しかこの場所に住んでいないが、少しずつ好きになりつつある。
お母さんもカーラもだ。
二人は車の中でアーテル語の歌を歌い始めた。
昨日テレビでやっていた歌が気に入ったのだ。
所々分からなくなったり間違えたがそれで良かった。
大事なのは楽しいことである。
第2話 終わり。
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