11


銃声が近くで鳴り、耳に反響しながら残る。これが銃を撃つ感覚。こんな小さなものでもしっかりと衝撃が腕や肩に伝わってくる。しかし、そんなこといちいち感じている時間はない。


弾は、セドリックを貫通した。


弾は・・・セドリックに当たった。


それでいいんだ。そのつもりで撃った。でもそれはセドリックには当たっても「意味がない」から俺は撃ったんだ。なのに、なのに。

銃に撃たれたような反応だった。セドリックの体はわずかに跳ね上がり、動かなくなった。さっきまでじたばたと宙を泳いでいた足が、力なくだらんとぶら下がる。確かに命中した。背中に穴が開いている。でも服に血が滲むなんてことはなかった。これは、どういう現象だ・・・?セドリックはどうなった?リセが袖がだらしなく垂れ下がった方の腕を当てる。先端が俺たちでいう肘ぐらいの長さにある。

「あっれぇー?・・・豁サ繧薙□?・・・死んだ。おっかないねぇ。」

そういうと、笑顔以外の表情、興醒めといわんばかりの無表情でセドリックを放り投げた。地面を跳ねながら俺の足元に転がってきたセドリックは動かない。目は丸く開いて、瞳孔がやや白濁している。死後の変化はここまで速いものなのか?いや、そもそも・・・セドリックは死んだのか?

「死んじゃったら用はないや。バイバイネェ~。」

「待てよ!!」

オスカーの制止の声も虚しく、リセはさっさと空高く飛び上がり遠くの茂みの中に消えて行った。


「・・・・・・。」


俺はしばらく、何度も見た血溜まりの色をした赤い空をただ茫然と眺めていた。心に風穴が開いたような感覚。視線を少しでも下に逸らすと正気を保っていられそうにもなくて。なんで?どうして?誰に問うわけでもない、この現実に対して問いかけている。

セドリックが撃たれたということと同時に。

魔物にしか効かないこの弾がなぜ

この事実は、自分が撃ち抜かれたことかのように衝撃だった。

「えっ・・・えっ?」

聖音がセドリックの元に駆け寄ると肩を抱き上げ揺さぶった。我にかえる。いつまでもボーッとするのは許されない。

「リュドミール君・・・?なんで?」

なんで?と聞きたいのはこっちだ。誰に向けて聞いていいのかわらかないけど。

・・・そうか。俺の持つ銃をスージー以外は普通の銃と捉えてるから、余計に不思議に思うのは当然だ。かといって、「俺はコイツを撃つつもりじゃなかった」と事情も加えて今更言い訳をしようとも思わない。俺のせいで、実際に撃たれたんだから。

「・・・・・・。」

友達の死体が足元にある。つい最近までいつも通り元気だった友達の死体が。

死体、が・・・?

意外にもまだ冷静を保っていた頭が、ある異変にしっかりと気づいてくれた。

「血が出てない・・・?」

「えっ・・・?」

目に涙をいっぱい溜めた聖音が袖で強引に拭う。黙って傍観していたオスカーとスージーもそばによって凝視する。撃たれたならそこから血が出るのもの。しかし、未だ服は汚れひとつもない。

俺はどうしても確認したくて、上着、そして下のワイシャツなどを脱がす。日に焼ける季節ではないが、特別色白で最低限の肉付きしかない細い体があらわになった。

「・・・!!」

転ばせてうつ伏せの状態にさせる。背中には穴が開いているが、やはり流血はなかった。

「どういうことだよ、これは。」

驚きのあまり二の句が継げないでいる俺の代わりにオスカーが呟く。

「アンタらなら、気付くと思ったんだけど。」

スージーは腰に手を当てて、無表情で見下ろしていた。

「猿真似に喰われたんでしょうよ。これは本体を模倣した猿真似、偽物よ。・・・流血がない、クオリティー自体は低いけど。」


「ーーー・・・!!」


魔物にのみ効く弾丸が貫いたのも。

血が流れないのも。

そう言われたら説明がつく。

この世界でよく見てきた「猿真似」という魔物は人の脳を捕食することによってその人をコピーすることができる。

「ショックを受けるのはまだ早い、って話よ。」

もしかしたら、心の奥底ではもう答えにたどり着いていたのかもしれない。でもそれは、俺が恐れている、本当の・・・「死」を意味する。その答えに行き着くのを恐れていたのかもしれないが、紛れもない事実として俺の目の前で現実となった。

「とりあえずアマリリアの所へ急ぎましょう。アイツなら把握しているはずだわ。」

「これはどうすんだよ。」

といってオスカーはセドリックだったものを指差す。

「偽物の化物なんか連れてったってどうしようもないでしょ!置いてくわよ!」

スージーは苛立たしそうに吐き捨てた。俺は駆け出した。足が勝手に動いていた。仲間だったものを置き去りにして

子供が全力で駆けるには随分と長い距離で、息が苦しい。前から後ろへ流れていく景色にさらに気持ちが焦り出す。もっと早く、早くあの場所に。足が遅くなろうと、体力が切れようと、今出せる全速力でひたすら走る。もう周りすら見えてない。前すら見ていない。


早くー・・・。


塀が見えてきた。アマリリアの家を囲む高い違い塀。でもこれでは安堵できない。何が起こっているのか、知らなければ安堵できない。心の隅では不安を通り越した恐怖が姿を隠して出てくるのをいまだいまだと待っている感じを残して。

塀の出入り口は開いていた。アルツーが二人とハーヴェイの背中が見える。ようやくたどり着く頃には俺たちの気配に気づいていて、振り返るその顔はというと、まだ十二年の人生しか歩んでないにも関わらず絶望のどん底に叩き落とされたような翳りの見られる暗い表情だった。

「リュドミール・・・ん?なんでスージーもいるの?」

聖音もオスカーも息が完全にあがって話すのもやっとなのに、スージーは疲れを全く感じさせない。ピンピンしていた。

「いたら悪いワケ?」

「そうじゃないけど・・・。」

俺はさっさと話を切り替える。

「それより何があっ・・・こんなところで何突っ立ってんだよ。」

途中で質問を変えた。なんで「何かあったか」をわざわざ問うのか、ハーヴェイならもしかすると勘付いてしまうかもしれない。ハーヴェイは一瞬、大切な誰かとの別れの直前の泣き出すのをぐっと堪えたような顔で見上げたあと、すぐにさっきの表情に戻り、目を逸らした。口が開く。


「セドリックが死んだ。」


心の準備ができていたと思っていたら、ろくにできていなかった。ハーヴェイはいつもそうだ。本当に言いたいことはなんでも単刀直入に言うんだから。別に責めているわけではない。覚悟は決めていたはずなんだけど・・・。

「・・・どうしたの?もっと驚くんじゃないの?」

ああ、自分でも不思議だよ。

今は心にぽっかり穴が開いた気分だ。頭も現実感が湧かずふわふわしている。

「さっきセドリックそっくりに化けた猿真似に出くわしたのよ。」

すぐに言葉を返すことができなかったのを気遣ってスージーが事情をを話してくれた。

「そう・・・そんな予感はした。首から上が、抉られるようになくなってたから。」

淡々と、起こったことをそのまま友の口から語られた。飾らず無駄のない言葉は俺の胸を抉るようだ。息が詰まるようで、声が出ない。何か返さなくては、とは思うんだけど。

するとオスカーが俺の隣に並ぶ。

「見たのか?それでお前はよく平然としていられるな?」

まるで吐き捨てるように言った。オスカーが気に入らなかったのは、ハーヴェイにとっての友達の死を前にした態度だ。ハーヴェイはもともと感情の起伏が表に表れにくい奴だが、冷酷なやつなんかじゃない。さっきだってそうだ。あんな顔、初めて見た。

「君にはそう見えているようで何よりだよ。・・・ジェニファーが見つけたんだ。当たり前だけど、大騒ぎだよ。今はなんとか落ち着かせて、部屋にいてもらってる。」

返ってきたのは嫌みだ。多分、死体を見てから時間が経って少し落ち着いただけで、辛いのはオスカー以上に決まっている。もっと心配なのはジェニファーだ。聞くと第一発見者らしい。どれだけびっくりしただろう。どれだけつらかっただろう。その衝撃と恐怖、悲しみは俺の想像をはるかに絶する。しかし今はそっとしておくべき人のことを考えている場合じゃない。

「・・・アマリリアは?」

違和感があった。やけにしんとしている。どこで死んでいて、それを見つけて、そんな大事なこと、ジェニファーがアマリリアに黙っているわけがない。アマリリアだって、自分が保護した人間が死んだんだ、もっと屋敷の中がざわついていてもいいはずだが、無防備にも開けっぱなしになった玄関口から物音すら聞こえない。

「なんか体調崩してて休んでたそうだよ。今はとりあえず動けるぐらいには回復したみたいだけど、静かなのはそれもある。」

人間の保護、そしてこの騒ぎ。世界のほとんどの権力を支配しているらしい彼女は俺では考えにくいほど多忙に違いない。魔女だろうがなんだろうが、心労で体調が左右されるのは例外じゃない。

「ふぅん。魔女でも体調崩すこととかあるのね。まあ、クソ真面目だものね仕方ないわ。・・・で、その死体は?」

スージーは俺の代わりに聞いてくれた・・・と思う。ハーヴェイは微妙に顔をしかめた。なんでお前が聞くんだ、みたいな。

「まだそのまま。どうするか今アマリリアが考えているところ。」

「あっそ。」

それでも親切に教えてくれた。スージー自身は他人でもある死に追求するつもりは更々なかった。とはいえもっと気の利いた返事の仕方があったろうに。

「そうか・・・・・・案内してほしいんだけど、頼めるか?」

なんでこんなことが平気でいえたのか。どうやら、俺は今、想像以上に心の落ち着きを取り戻していたらしい。まあ、どうせ今だけだろう。

「リュドミール君!?」

「お前、マジなのか!?」

泣き腫らして真っ赤な顔の聖音と神経質に気を張り巡らしていたオスカーが俺をとんでもない物を見るような目を向ける。そう言いたくなるのもわかるよ。友達の死体を見たいだなんて、正気とは思えない。でも勘違いしないでほしい。俺が見たいのは決して「好奇」からくるものではない。

「俺がわざわざ説明してあげたじゃん。見る必要ある?」

不器用なハーヴェイの配慮を跳ね除ける。

「友達の最期を、見ないわけにはいかない。」

なんて、言葉では綺麗にかっこつけたみたいだ。でも、嘘じゃない。見たいんじゃない。見たいわけない。強いて言うなら見ておかなくてはいけない。そんな気がした。

「・・・ふぅん。じゃあこっち。」

ハーヴェイはもう止めなかった。オスカーは動こうとしない。

「俺はいい。」

これは俺の意思だ。ついてくるかこないかをどうとはいわない。それにオスカーは俺たちより先に、もっとその目で見てきた。

「・・・・・・。」

誰も何もいわず、ハーヴェイの後ろを重い足で並んで歩いた。

「わ、私も・・・!」

「聖音。アンタに少し聞きたいことがあるの。」

スージーが聖音を引き止める。理由はわからないが、構いやしない。関係ない。俺は今から、友達に会いにいくだけだから。

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