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「でもリュド君、そんな大きなたんこぶできてるんならみてもらったほうがいいんじゃない?」
聖音が急に思い出したかのように言う。
「誰に?」
「ええっと・・・。」
提案しておいて言葉に詰まった。心配してくれているからそう言ってくれたのだろうが、考える仕草がやけに深刻と大げさなので滑稽極まり無い。
「うーん・・・ま、痛いわけじゃないし、いいよ、別に。」
「そう?」
マシューがいたら、個人的には彼に見てもらうところだった。アマリリアが頼りないわけではないが、事を大きくされそうな気がする・・・。
「いや、たんこぶっていうより固い物を叩いたみたいな感じがしたけど。・・・リュドミール、お前、帽子の中に何か隠してるな!?」
セドリックがいる時点で多少の警戒はしていたが、気絶から復活したばかりにしてはなんとも軽い身のこなしで、奴をかわそうとするとさらに背中を取られて、しかもかわすことに気も取られていたせいで手に力が入っておらずあっさり帽子はとられてしまった。
「わっ、バカやめろ!」
といった頃には遅く、俺の帽子は真上に浮いていた状態だった。そしてバランスを崩すとどうなるかといえば、頭に乗せていたソレはカランと音を立ててあっけなく足元に落ちた。あとからひらひらと折りたたんだメモ帳がそばに落ちる。
「これは・・・。」
まさか、こんな物騒なものを隠していたとは思わなかった二人は言葉も出ないぐらい驚いていた。
「・・・・・・銃、だよね。」
「リュド君、いつの間にこんなものを持ち出してたの?」
やっと出た言葉が俺に向けての問いかけだ。どうしよう。まだ言い訳を考えていないぞ。
「え、いや、その・・・。」
答えに窮する。言い訳するにも、それなりの時間と準備が必要みたいだ。俺は自分が思っている以上に機転が利かない奴だった。焦りだけが募っていく、時間が解決してくれる類の問題ではない。しかし、二人の表情から緊張が解けていくのが見てわかった。
「別に隠す必要ないでしょ。ねえ?」
しばらく銃をぼんやり見ていた聖音はセドリックに突然ふられて我にかえる。
「え?・・・えっ!?あぁ、うん!そうだよ、別に・・・むしろ護身用に持ってた方がいいぐらいだと思うなぁ。」
そう考えたら、疑いもしないだろう。心配しすぎだったようだが良かった。でもセドリックなら「どこで手に入れたか」まで聞いてきそうなものだが、それはなかった。たまたま忘れているだけか。きょうび子供が銃を持ち歩くのも珍しくない国に住んでいたせいか。護身用といえば、公園においてきたつるはしを思い出す。
「まあ、今武器といえばこれしかないしなぁ。つるはし、結局置いてきちゃったし。」
あんな強そうな集団に囲まれて、いかにも目に付きやすい武器を持って歩く勇気は俺にはなかった。運が悪かったと諦めて、もっと小柄なものに変える予定ではあった。忘れていたわけじゃない。他のみんなは知らないが・・・。
「あ、そういえば僕のマイチェーンソーは!?」
そうだ。セドリックはあの時点では気絶していたのだ。それについてはあまり気に留めていなかったというか、忘れていた。
「ごめん、忘れてた。あ、結局誰も持ってくれてなかったんだね・・・。」
聖音はカミングアウトした。
「それも元はお前のじゃないだろ・・・。」
余計な一言だけどつい口から漏れる。だって明らかに自分が用意したみたいな言い方だったから。持ってきたのはセドリックだが、元は父さんが趣味の日曜大工に買ったものだぞ。今冷静になって考えたら、チェーンソーはわかるがつるはしなんて日曜大工に使うのか・・・?
セドリックは両手で頭を抱えてしゃがみこむ。表情はよく見えないが、まあよくここまで仕草が多いもんだ。
「がーん・・・手持ち無沙汰じゃん・・・これじゃあ手ぶら丸腰の僕が、かたや銃を手にしたリュド君に勝てるわけないよ!」
なんでだよ。
「なんで俺とお前が戦わなくちゃいけないんだよ!」
なぜ戦う前提なんだ。そうなることは無いし、あってはいけない事だろう。ツッコミ入れた後に脱力する。
「まあでも、あれだね。あんなの、正直君には身に余る代物だって思ってたんだ。」
聖音がフォローを入れる。でも本人はそのつもりで使っているようだが意味が違う。
「それを言うなら手に余る、じゃないのか?」
聖音は「そうだっけ。」と首をかしげる。一方立ち上がったセドリックも難しい顔して
「二人とも何言ってるかわからないよ。もういいや、無いものは仕方ないっと。」
と言った。はい、このくだりはおしまい。
「はい、これ。」
セドリックが拾って渡してくれた銃を、帽子の中にしまう。こんな場所で立ち話するものでもなく、歩みを再び始めるので俺もついて行こうとしたが。
「あっ、それ!!」
銃と一緒に落ちていたメモ帳がなかった。銃に気を取られていたばかりに、気づかなかった。それにしたって、無くなったことには気が付いてもいいはず・・・。
そのメモ帳は聖音が持っていた。いつの間に?持っていることがなんでわからなかった。
そういえば、さっきから手をずっと後ろにしていた。今、俺が後ろに並ぶことで見えた。
「あ、一緒に落ちたやつだ。返すの忘れてた、ごめんごめん。」
苦笑いをしながら返す。どちらかというと銃より見られてはいけない物を、焦りを抑えてとっさにまた帽子の中にしまう。聖音はセドリックと違って些細なきっかけでも悪戯して人を弄ぶ人とは思えないし、見た感じ本当に忘れていただけなんだろうなぁと思うが、こればかりは勘弁してほしい。マジで言い訳できないやつだから。
中身は見られていない。それは確認している。メモ帳に興味津々な視線を向けるセドリックには無視を決め込んだ。そんなこんなで、俺はヒヤヒヤして気が抜けないまま聖音が案内してくれた、「晩餐室」という場所に向かった。
俺たちで言う台所みたいな所だ。この世界では一部の建物では「晩餐室」と呼ぶそうだ。まあ、意味としては間違ってはいない。俺たちの世界ではお金持ちでも言おうと思わないだろう。なんにしたって、ただ食べるだけにここまで広い部屋ははたして必要なのか?そこは我々庶民と金持ちとの感覚の違いか。花柄の壁、装飾、シャンデリア。もうこれだけでお腹いっぱいだ。極め付けは隅に置いてある鹿(のような生き物)の等身大の剥製。なんだあれ、と言いたくなるような、何かを食べる場所にあんな物を置く感覚は本当にわからない。晩餐室と言う名前だけあって、いらん想像や深読みまでしてしまった。
「アレ、素材の残りかな?」
この中で一番人畜無害そうな聖音が俺にそう囁いてくる。黙って首を横に振った。否定ではなく、否定したかったんだが、素材とか言うな。
真ん中にはどでかいテーブル。一体何人がここで食事をするのを想定しているんだ。椅子を数えるのもそろそろ面倒になってくる。まあ、そんな事はそれほど重要では無い。テーブルには人数分の朝食が並べてあった。そこまで豪勢でもなく、量も多くも少なくも無い、朝から食べるにしてはちょうどいいぐらいのボリュームで、内容もバターが乗ったパンにスクランブルエッグ、サラダにコンソメスープ、ミルクなど理想としては完璧の朝食が俺たちを出迎えてくれた。正直、俺の普段食べるものよりしっかりしている。なんだか、不思議な感じだ。俺がいるのは、化け物がはびこる異世界なのか?
全員が揃うと、それなりに場はにぎやかになる。
わけわからない世界に放り込まれて散々な目に遭いっぱなしの中で、人が食べられる物、しかも結構な物がどれほど安心感を与えてくれるだろう。うるさく騒ぎまくりそうなセドリックが朝食を前にめずらしくおとなしいと思いきや、表情は安堵で緩みきっている。気のせいか目が潤んで見えたが、まあ、わからなくもない。ジェニファーも同じ感じだった。対してハーヴェイは冷静だ、顔一つ変えない。オスカーは随分と不機嫌そうな顔をして、腕を組みテーブルを見下ろしながら黙っている。ただ、機嫌が悪いだけなら嫌味か文句の一つでも言ってもいいのにだんまりなのは様子がおかしい。一方で聖音はニコニコして朝食を眺めている。安堵か、ただおいしそうなご飯を前にご機嫌なのか、ここ最近聖音の考えがいまいちわからなくなってきた。
「あ、そういえばマシューは?」
そんな聖音がアマリリアに訊ねる。確かに、あいつの姿がない。
「あの方なら、用事でここを出ましたわ。昼までには戻ってくるとおっしゃってました。」
平然と、淡々と彼女は言う。まあ、彼がいなくとも今のところ大丈夫だろうと謎の安心感があるのだが。
「さあそんなことより、早速いただきましょう!資料などを漁って、私なりに皆様に最適な朝食を用意しましたの。」
「もう超完璧!」
「お腹すいたー!」
手を広げて自信満々の彼女のもてなしにみんなは待ちきれず各々席に着いた。俺もセドリックの隣が空いていたので一番最後に座った。
「ねえもう食べていい!?」
と聞いておいてもうすでに一口大に頬張っている俺の隣にいる奴。よほど空腹だったのか、テンションがあがったのか知らないが、いつもはここで一言注意するところだが、気付けばハーヴェイとオスカーも食べ始めていたので一人だけに咎めるのも、かといってみんなに注意する気も今はなかった。
「・・・・・・。」
また味のない飯を食べる、なんて勘弁してくれよ。と願いながら、一口にも満たない量を口に運んだ。
「・・・さすがにこれはおかしいぞ?」
口から出たのはそんな言葉だ。だってそうだろう、また味がしない。それぞれを一口ずつ吟味する。しかし、感じるのは食感だけ。パンはまるでスポンジを噛んでるようで、スクランブルエッグはもう何にたとえて良いかわからないけどとにかく気持ち悪かったからスープで流し込むけどそのスープも味がしないのでただのお湯だ。親切に熱すぎない温度にしてある。ミルクも当然、味なんかないわけだがその分、得体の知れない白い液体のように感じて逆に気持ち悪い。
「どうしたの?」
俺が訝しげにしている間にずっと味を賞賛と褒めちぎり放題のセドリックが尋ねてくる。コイツは、何か隠そうとしてもその前にまず顔にでる。俺と同じ無味無臭の物を食べてこんなにニコニコできるはずはないので、セドリックの食べているものは、「普通」。そう、普段の俺ならまず何があったかを先に言う・・・が、味のしないものばかり食べてどうも気分が悪かった。確かめたい気持ちも重なって、咄嗟にセドリックがまだ手をつけていないサラダにスプーンを突き立てた。
「えっ!?ちょっと、え!?なにするの!?」
当然驚く。反抗も怒りもしない。衝撃でそれどころではなかったと思う。だって食べ物を横取りなんて、俺がするとは予想外も予想外だろう。まあ、事情を話してちゃんと謝るつもりだけど。
「え・・・リュドミール君・・・。」
口うるさいタイプのジェニファーも目を丸くしてフォークを持った手を止めてこっちを見ている。クラスの真面目な優等生(多分)が、意地の悪い真似を突然おっぱじめたら、そうなるのかもしれない。
しかし俺の思考はそれどころではなかった。
「・・・なあ、セドリック。お前、本当においしいと思って食べてるか?」
「なにそれ!」
さすがにそう言われてちょっとふくれっ面になる。
「僕がまずいものを喜んで食べると思う!?というか、失礼だよ!心外だよ!」
と言って皿を自分の方に引き寄せる。ああ、確かに言い方に語弊があった。うっかり聞いていたアマリリアが「どうしたの?」と視線で話しかける。
そうだ。先に事情を話せばよかった。二つの意味で謝った後に理由を述べる。
「ごめん。いやその、俺のだけ味がしないんだ・・・。」
理解すると、セドリックの怒りはストンと下がったように見える一方でアマリリアが困惑し始める。
「あら、皆様同じ材料のはずなんですけれど・・・。」
するとセドリックは自分のを難しい顔して食べた後にその表情のまま、俺がまだ手をつけていない方から一口・・・にしてはかなりの量だが、それを頬張って無口で食べ比べした。
「・・・リュドミール。僕はこんなことで嘘はつかないからはっきりいうけど、どっちもめちゃくちゃおいしいじゃない。」
セドリックは美味しいものを人の分まで食べて得をした、というわけだが、そんな事より、味がしないのはどうやら料理の問題ではなかったようだ。だとすると、問題があるのは俺の方なのか?
「うん、まあ若干リュドミールの方が野菜が少ないぐらいかな。」
向かい合っていたハーヴェイも気になったのか俺の分のサラダを取って食べている。いや、一口どころではなく普通に自分の分みたいに遠慮なく食べている。味がないので構わないが一応これでも腹が膨れるわけだし、あまり取られても困るのだが・・・。
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