6
「・・・・・・。」
近くの公園に避難するまで散々な目に遭った事はあえて省こう。いったって銃弾が顔ギリギリを通り抜けたりとか、魔物に挟まれたりとか、どれも予想できる範囲内の問題だった。
・・・とはいえ、精神面も含めて疲労感は半端ない。どこから何が襲って来るかわからない。故に常時緊張状態だったからだ。
みんなの護衛として盾となるため先頭を走るマシューの隣で俺は道案内をしながらもついていくことに必死だった。少しでも気を抜くと、あっという間に離される。人並にあわせて走る速さを落としてくれているのだが、体力の差だけはどうにもできない。どれだけかけっこが早くても、それをあんな距離、とても維持できない。
動悸、息切れ、体力の限界に加え迫り来る危機を回避しながらの逃走は本当にきついものがある。今も足に力が入らない。
その点ハーヴェイは冷静な判断のもと落ち着いて行動をとっていた。それどころか何匹か蹴り飛ばし、殴っては行動不能にまで追い込んでいた。なんだか、突っ込んではいけない気がしたので俺は終始スルーを貫いてきた。反対にオスカーは半ばやけくそのごとく、バットを振り回し暴れまわっていたがどれも致命傷を与えていて、おかげで俺たちの逃げる余裕がだいぶ出来た。本人は俺たちの事なんか考えてもいないのだろうが、助かったのは事実だ。マシューは、言うまでもないが、道中でなんと手首を失ってしまったのだ。銃の威力が凄かったのか、球を食らった左手首がきれいに吹っ飛んだ。それを、「痛いなあ」とか「不便」と不服を漏らす程度の痛みしかないのと傷口から血の一滴も出ないあたり、見た目が人でも俺たちとは違うのだと嫌でも思い知らされる。
「はあ・・・どうしよう。」
と、断面図を凝視しながらまだつぶやいている。
・・・断面図?・・・どうなっているんだろう。
いや、やっぱり覗くのはやめておこう。
「スージーなら直せるんじゃない?」
ハーヴェイが躊躇いなく腕の中を覗き込みながらたずねた。おいおい、マジかよ・・・。
「師匠は自分の手で壊した物しか直せないんだ。」
見られているにもかかわらず苦笑いで返す。
・・・人ならざるモノ。うん、なら内部構造も人のソレとは違うはず。
「ん?気になるのかい?」
あっ、気づかれてしまった。なぜ、こんな時に知的好奇心が少しでも疼いてしまうのか。しかしここまできたら止めようにも止められない。俺は身を乗り出すとハーヴェイが。
「骨が見えたよ。」
「・・・・・・。」
との一言。ありがとうハーヴェイ、一気に萎えた。きっと真顔の俺は元の位置に静かに戻った。
「ンなアホなこと言ってる場合か!!」
オスカーがいきなり喚くのは慣れっこだが今回はわけが違う。声が大きいほど、とてもよく「響く」。
「動くんじゃねえよ!俺がはみ出ちまうだろうが!」
「あんたが太いからじゃない!押さないでよ!」
「なんだとこの・・・!!」
オスカーとジェニファーが言い争って互いに向き合いぎゅうぎゅう押している。その間にちょうどクッションのように挟まっているセドリックが死にそうな顔をしていた。
「ぐえぇ・・・し、死んじゃう・・・お死くらまんじゅう、て、コレ・・・。」
「本当に死んじゃうよ?ね、ねえ・・・。」
聖音がジェニファーの肩を引っ張って止めようとするがどっちかというとオスカーからの圧迫の方が奴を最も苦しめていると思う。
「つーか大体、こんなとこに七人なんて大所帯入ると思ったのかテメーは!」
そう。
俺たちが避難しているのは、公園の隅にある遊具の中だった。
公園といえば、ブランコ、滑り台、シーソー、ジャングルジムなどここらへんはメジャーな遊具でそんなもんは一通り取り揃えてある。
そうじゃない。
この公園には一つ、どうしてもよくわからない謎の遊具がある。いや、もはやオブジェクトと言っても良いのかもしれない。一見、ジャングルジムに匹敵かそれ以上の大きい象を模した像みたいなものだ。今のは駄洒落じゃないぞ?
しかし中に大きな穴が開いて、つまりトンネルになっている。つまり、風変わりなトンネルといったところだ。
・・・と言うか本当になんなんだこれ。特に遊べる要素もない。誰がなんのために作ったのだろう、俺もここに来て利用した事は一度もない。今こそ使わせてもらっているが、普段は誰がここで何をして遊ぶのだろう。
それはさておき、大きくて存在感はそこそこあるもののひとまず身を置くにはここが適していると判断した。しかし、さすがに七人も入ることを想定して作られてないので中は満員電車並みである。誰一人として余裕がない。ましては一人は肥満体ときた。ハーヴェイも同年代にしては比較的体格はよく、聖音も俺たちに比べたら、その・・・。
「んなこと言われてもだな・・・。」
あまりに狭いので向かい側にいる俺は下を俯いてそう返した。
「本当なにこれ。こんなの見たことない。」
「雨の時に避難する用かしら?」
聖音とジェニファーがこいつの存在理由を疑問に話し合っている。やめてあげてほしい。
「つーかウケるんだけど、今はその、笑うのって不謹慎だから我慢したけど。」
ハーヴェイが一言。下ネタ以外であまり笑うようなところを見たことないが・・・まさか!?
「使用済みのゴム落ちてたんだけどいった!?」
俺は容赦なくハーヴェイの足を力を込めて踏んだ。
「っつー・・・ちゃんとそこらへんに捨てたっての・・・。」
爪先部分を抑えて文句を言う。ちょっと動いただけでも今にも外へ押し出されそうなオスカーが怒鳴る。
「暴れんなクソ!てか、この穴ってこっそりヤる為のアレなのか?」
「夜の公園の、大人の遊具だ・・・。」
ハーヴェイ、オスカー。本当にやめてくれ。次から俺はこいつを見るたび複雑な気持ちになる。現在進行形で風評被害を受けているんだぞ。
「なんてこと・・・。」
セドリックやジェニファーはわかってないようだが、聖音は顔を両手で覆って俯いている。子供が話して許されるような下ネタではないから、対応に困ってるじゃないか。
「ゴム?何か重要な物なのかい?」
あっ、意外にもマシューもわかってない様子だ。
「いえ、なんでもないです。気にしないでください。」
身を乗り出すハーヴェイの足をもう一度踏んで話に一旦区切りを打った。
というかこんな話で盛り上がってる場合ではない!なにが大人の遊具だ!
「で、避難したはいいもののこれからどうしたらいいんだ?」
気持ちを切り替え、いまだに不思議そうな顔のマシューに今後の事について訊ねた。するとすぐに向こうも真剣な表情に戻る。だが質問に答えるに少々戸惑っていた。そうだ、どうしたらいいかをここにいる奴に聞いたって仕方がない。
「いや、質問を変えよう。あの攻防戦はいつになったら止むんだ?いつまでもこんな所にはいられないだろう。」
「そうだよね・・・そこだよね。」
しかし難しそうな顔は変わらない。
「あらかた片付いたら、終了の放送が流れるんだ。あの様子だとそう時間はかからない。」
と言った言葉に俺たちはわずかながら希望を見出した。こんな狭苦しい場所、選んでおきながらもうごめんだし、外に出ても常に身の危険を感じながら行動しなければいけないのはまっぴらだ。・・・そこは別に変わらないのだが。
「そ、そっかあ・・・よかったぁ。」
心底から安堵したかのような聖音にハーヴェイが釘をさす。
「危険なのには変わらないんだよ。」
「まあまあ、敵が減ったって事はまだマシになったって事じゃん?」
セドリックが間に入って彼女をフォローするが、改めて自覚した聖音は唇をぎゅっと閉じて真剣な表情で足元に視線をやった。
「てゆーかさー、ピリピリしてるのやだよ。なんか楽しい話でもしようよ~。」
続けて奴はそう言った。
とはいっても、とても楽しい話をできる気分ではない。
「・・・・・・・・・。」
誰も口を開かない。提案したセドリックですら話を切り出そうとしないのは、やっぱりあいつ自身も実際、そういった気分じゃないんだ
「・・・・・・ちぇ。さっきはなんだか面白そうな話してたじゃん。」
結局文句をごねるセドリックに反応したのはハーヴェイだった。
「ゴムの話?」
「うん。」
そこを掘り返すのか・・・。そこにオスカーも加わって、いつのまにか男子だけが勝手に盛り上がり始めた。別に諌めはしないが、相変わらず呑気なものだと思う。
「・・・・・・。」
乗っかりたい話でもないので、俺は膝を抱えてぼーっとしていた。
何も考えることがないと、どうでもいい事や思い出したくない事が脳裏にぽんぽんと浮かび上がってくる。
どうでもいい事といえば、本当に今は全く関係ない小さな思い出ばかり。参観日で、俺が先生に当てられて答えを間違えた時に父さんが腹を抱えて笑った事、給食のおかずに虫が飛び込んで周りにいたみんなと大騒ぎになった事、かくれんぼしてたらセドリックが野良犬に追いかけられた事、そして黒板消しの罠にオスカーがひっかかった事・・・どうでもよくはない。どれも大事な思い出だけど、今出てきてもらっても困る。
思い出したくない事なら、今日のうちに一気に増えたが、その中でぱっと浮かんだのはあの夢。
夢なんか起きてるとたいていは忘れてるもんなのに、時間が経ってなお、鮮明に覚えている。
女の子は誰なんだろう。夢の中だけの存在かもしれないけど。
そして、あの男の子。
黒い髪、薄めの肌、確か俺と同じ紫色の目だったような気もする。まるで俺がさらに小さくなったみたいだった。
父さんにあんな酷い事をされた記憶はない。むしろヘタレで、どれだけ怒っても手をあげる事は絶対にしなかった。あれは、ただの夢だ。たまたま男の子が俺と似ているから勝手に気にしていたんだ。不愉快な夢だが、考え込む必要はない。
そういえば、もう一人。母親らしき人もいた。俺には母さんがいない。俺が生まれてすぐに離婚したって聞いたから、触れないようにしていたんだけど、母さんがどんな人だったかもあまり聞いた事がなかった。・・・夢の内容について考えていたはずが俺自身のことについて考えていた。そもそも夢なんだから気にしすぎることはない。全く・・・。
「リュドミール君?」
誰かが俺の名前を呼ぶ声に我に返った。心配そうにマシューが前のめりに俺の顔を覗き込んでいる。
「あ、ああ・・・うん。え、何?」
咄嗟に出た言葉がこれだった。
「・・・疲れたとか?体調悪い?」
他のみんなはさらに盛り上がっている最中で一人、俺を気にかけてくれていた。ただ考え事をしていただけなのだが、側からはそういう風に見えていたんだろう。ここに来てから色々あった。普通の感覚を持つ人間なら気が滅入っても仕方ない。それを「そちら側」でありながら理解してくれているマシューの感性は人間に近いのだろうか。俺も気分は良くないが、まだこうやって平常心でいられるのは「一人ではない」という安心感。他のみんなも、きっとそうなのかもしれない。
これ以上気を遣わせたくないのでさし当たりのない返事を探しているとハーヴェイがマシューに話しかけた。
「家があんなことになったんだよ。気にならないわけないじゃん。」
それもその通りだけど、まさか人の口から言われるとは。しかも気のせいか、顔がやや怒っているようにも感じた。実際は違うことを考えていたのだが・・・。
「そ・・・そう、だよね・・・。」
すぐに俯く様はなんだかすごく気負っているみたい。でもあれは別に、マシューが悪いわけではない。というか、誰が悪いだなんて決め付けたくない。
「まあそこまで気には・・・。」
なるけど。家が燃えたんだし。
「家が燃えたんだよ?」
わかってるよ!
「気にはなるけど、これからどうしようとか、何からやればいいとか色々考えてた。」
どうだ。これで収まってくれたらいいが・・・。
「ふぅん、すごいな・・・。」
と言ったきりハーヴェイはおとなしく下がった。何がすごいんだろう。
全焼したわけじゃないし。たかが家。元の世界に戻ったらまたあれぐらい・・・。
「・・・・・・いや、つーかあれは・・・。」
冷静に考えると、ある一つの可能性が頭に浮かんだ。
この流れでこんなことを言うと蒸し返す事になるかもしれないが。
「俺の家なのか?」
その発言を聞いたマシューとハーヴェイ、そして聖音が真顔で俺の方に視線を向けた。
「リュド君?どうしたの?」
聖音はさっきの俺たちの会話を聞いていないので純粋な疑問に思っている。
「リュドミール君、その・・・現実逃避したいのはわかるよ・・・で、でも・・・。」
マシューがひどくおろおろしている。泣きそうな子供をなだめる大人みたいな感じで。ハーヴェイは同情の眼差しを向けてくるし。どうせこうなるってわかってたのでさっさと本題に入った。
「みんなの家がある場所に違う建物があった。あれは確かに俺の家だけど、この世界にある元の世界とは別の「俺の家にそっくりなだけの俺の家」で、本当の家とは別物なんじゃないかって・・・。」
「随分とまたややこしいな。」
ずいぶんはっきりした独り言と、ともに聖音が難しく眉を顰める。
「まあ家がお店を営んでるから、ありえなくもないのかなあ。」
この世界での喫茶店・・・か。こんな物騒な世界にはたして喫茶店の需要なんてあるのだろうか?
「ていうかさあ、そっくりなだけで違う家にしてはリュド君の私物とかも置いてあったんでしょ?そこまでそっくりなことってなくない?」
セドリックの言うことも確かだ。偶然にしては出来すぎている。・・・なんだか本当に俺の家だけがそのままの状態でここにあるみたいだ。だめだ、一つの結論に至りそうだったのにまたこんがらがった。謎が一度に押し寄せてきて考えても考えてもわかりやしない。
突然の事だった。心臓と精神にもあまりよろしくないサイレンが鳴り響く。真上からなんで流れているのだろうか、とにかくうるさい。ウーウーというバカでかい音に、鼓膜どころか心臓まで破裂しそうだ。
「うるせえな!!」
「なに!?もおおお!!」
皆が口々に不快感を訴え耳を塞いでいるがその程度でまるくなる程度の音ではない。一方マシューはキョドッているが俺達の反応に戸惑っているだけのように見えて音に対しては平気な様子である。
「駆除終了の放送だよ!!み、みんな大丈夫!?」
耳に力一杯手を押し当てたり指を入れて必死に耐えている状態が大丈夫に見えるだろうか。
「大丈夫なわけあるかボケ!!頭おかしくなるわ!」
そう喚くオスカーの怒りと苦しみと綯交ぜになった表情といったら野性剥き出しの凶暴な獣のよう。さっき見た魔物が可愛いほど。
「う~~る~~さ~~い~~!!」
感情をすぐ言葉に出すジェニファーはうずくまって自分の声で音を掻き消そうとしたが音が響きやすい空間に人が大勢いることを配慮してからそこまで大きい声は出せていない。
「・・・・・・・・・。」
セドリックに至ってはしばらく無言で耐えていたがいつのまにか白目をむいて気を失っていた。体が丈夫じゃないことが関係してるのかは不明だが、元々こういった爆音が苦手だと言うことを思い出した。
しばらくして音はピタリと止んだ。しかし余韻はしばらく残り、ダメージを食らった耳と頭は痛い。
「耳がイカレちまうかと思ったぜ・・・おい、嘘だろ。コイツ寝てるのか。」
早速耳から手を離したオスカーが自分の肩にもたれかかっているセドリックをジェニファーの方に押し付ける。
「えっ、えっ!?嘘でしょ!?寝れるの?頭おか・・・いやいや、し、死んで・・・。」
「失神しているね。」
ハーヴェイはすぐに理解した。呆れていたオスカーと顔を青ざめて茫然としているジェニファーも、寝ていたわけでもましてや死んでいたわけでもないのにそれはそれでドン引きしていた。
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