3
白い世界がぼやけたと思ったら一瞬にして見覚えのある景色に変わった。さっきと比べると低い天井に木造りの天井に蛍光灯。背中には弾力のある何か、それはすぐにベッドだった。重力がおかしくなったのかと思いきや自分はどうやら寝かせられていたようだ。
眠りに落ちるまでのことは覚えている。暗い森を歩いていて、気味悪い化け物と目があって・・・。
しかし目が覚めたら自分の家の部屋にいたのだ。
「目が覚めたわ!」
「ほんとだ!」
頭がいまだぼんやりしている俺の意識をはっきりさせたくれたのは随分とハキハキした声だった。
首をゆっくり動かすと、ジェニファーとセドリックがベッドの側で互いに安堵に表情を綻ばせていた。
「ああ・・・お前ら・・・。」
体を起こすと途端にセドリックが慌てて肩を押さえる。
「ダメだよ安静にしなきゃ!」
「大丈夫だっての。寝てただけだし・・・。」
特に体に異常はない。心配してくれていたのなら申し訳ないが、これといって目覚めの悪い夢を見たわけでもなく、なんだか快眠したような気がするぐらい今は体調がいい。心は別として。悪夢ではなく、謎をつきつけられ、どうも悶々とする、それを除けば。
「もう!心配したんだからね僕!こんな所で死んだりでもしたら僕・・・!」
わざとらしく手で涙を拭う仕草をしたあと肩をすくみやれやれと首を横に振った。
「急にぶっ倒れたと思ったら爆睡してるんだもん!何したって起きないしさあ、顔に落書きしようとしたらジェニファーにみぞおち蹴られるしで。」
「当たり前でしょーが!ただごとじゃないのよ!?」
夫婦漫才みたいなやり取りに少しだけほっとした。いつも通りの日常に戻った感じがして懐かしいような。ただ、顔に落書きは勘弁してほしい。
「おはよう。」
といってドアにもたれているハーヴェイが声をかける。その近くではなぜかオスカーが本棚を漁っていた。
「なんだよ、つまんねーの。エロ本の一つでも見付け出してやろうとしたのに。」
・・・悪いが、俺の部屋には小説か童話しかない。とはいえ、今は怒る気力なんてものはなかった。
「・・・げっ、起きたのかよ。」
エロ本探すのに一生懸命だったオスカーが俺と目が合うと気まずそうな顔をする。いや、悪いという気持ちが少しでもあるんなら人の部屋のものを勝手に触らないでいただきたい。
「そんな気まずそうにしなくてもいいじゃん、ねえ。ハーヴェイ?」
セドリックにふられたハーヴェイは表情をぴくりとも変えなかった。
「二人体と体を合わせた仲なのにね。」
は?
「あいたーっ!!?」
真っ青な顔のオスカーが適当に選んだ本(しかも表紙が固いやつ)をぶん投げて綺麗にセドリックの後頭部を直撃。ゴンッと鈍い音を立てた箇所をおさえて倒れる。
「語弊があるんだよ!!」
「なんで僕!!?」
語弊?お前よくそんな言葉知ってたな。じゃなくて語弊?どういうこと?
「ちょっとハーヴェイ!言い方ってもんがあるでしょ!?鳥肌がたったじゃない!」
「僕はスルー!?」
セドリックをかばうよう前に立つジェニファーだがこいつのことは放置。もうこいつのことはどうでもよくはないけど教えてくれ、俺が寝ている間に何があったんだ。
「ここまで背負ってくれたのこの人。一応本人の名誉の為に付け加えるとジャンケンで負けたから。」
片手でピースしながらも淡々と事の成り行きを説明してくれたハーヴェイ。さっきのは絶対わざとだな。
それにしてもジャンケンの力、恐ろしい。
あいもかわらず懲りてないセドリックが俺に耳打ちをする。
「危ういなリュドミール、下手すればツンデレ属性まで持ってかれるよ・・・。」
「もうどうでもええわ・・・。」
本当にどうでもいい・・・。
すると階段を上がってくる足音が。
「下まで聞こえてきたよ・・・。」
苦笑いを浮かべるマシュー。それほどまでにうるさかったみたいだ。
「ごめん、あの青い帽子野郎がうるさくて・・・。」
「も、元はと言えばあいつが!」
ハーヴェイに全て押し付けられた青い帽子野郎ことセドリックは咄嗟に指を差した先はなぜかオスカーだった。
「お前ら絶対許さないからな。」
特に喚くわけでもなく低い声でそう言って周りの空気が重くなり始めたところでマシューが明るく陽気に仕切り直した。
「はいはい!元気なのは良いことだ!リュドミール君、調子はどうだい?」
「調子はいいです。」
別にどうってことはないのでそう答えると、ほっとするかと思ったらマシューは落ち込んでしまった。
「そっか、それは良かった。・・・すまない、僕としたことが結局君達を守ることができなかった。」
ひどく情け無さそうに言うが、そもそも彼がいなければ俺達は魔物の群れから逃げきるまでに力尽きてしまう所だったのだ。十分助けられたうえで気まで使われては申し訳なくなる。するとセドリックが足元の本をベッドの上に置いてマシューの方を振り向いた。
「あれってリュドミールが勝手に倒れたんじゃないの?」
「そうだ!」
話さなくては。俺だけが見た「化物」の事を。不思議な夢がどうとかは後回しでいい。
「遭遇したんだよ。黒い大きな、丸い体に足と目が・・・そいつと目が合ったらこう、すごく眠くなったっつーか。」
果たしてこんな説明で伝わるだろうか。でも、他にこれといった特徴はなかったし。
「僕達にはなんにも見えなかったよね。」
セドリックの呟きにハーヴェイが頷く。
「君が出会ったのは夢魔だね。」
マシューが口を開くと聞いたこともない不思議な言葉が飛び出した。・・・いや、あの森の中で彼が一度言ったような気がするがどちらにせよ、言葉の意味がわからなかった。次にマシューは察して説明してくれた。
「無理やり眠らせて夢を食べる、そんな化物さ。滅多に遭遇することはないんだけどね。・・・厄介なのが、獲物として狙われた対象以外には姿が見えないんだ。」
なるほど。だから俺にしか見えなかったのか。あの時、俺は獲物として狙われていたということか・・・。
「目撃者の証言にはリュドミール君が言ったように不気味な姿がほとんどだけど中には綺麗な女性の姿や死んだ家族そっくりだったりと統一性がない。」
「なにそれこわい。」
ハーヴェイがぽつりと呟く。確かに、ゾッとする。
あんな不気味な見てくれも嫌だが、死んだ家族の姿で現れたのが化物というのはもっと嫌な話である。まだおばけの方が多少マシかもしれない。そんな俺達を差し置いてマシューは長々と続けた。
「夢魔はそっちの世界では確かサキュバスて言うんだっけ?だとしたら姿を変えられる点では似通ってる部分があるのかな。前例から個体によって元から姿が違う可能性は低い。というか・・・。」
ん?
まただ、この違和感。なぜマシューは俺達の世界のことについてそこまで知ってるんだ?国が違うだけならまだしも
・・・いや、たまたま詳しいだけか。
「ちょ、ちょっと待って。」
ジェニファーが止める。
「なんか話がわからないわ。さきゅ・・・え?なにそれ。」
ファンタジーに興味のある人でないとわからない単語が出た来たんだもん。俺もわからん。
「ああごめん。つまるところ夢魔はタチの悪い、お化けみたいなもんさ。無理矢理眠らせるのはアレだけどそれ以外は何もしない、むしろ臆病な方だから危険性は低い。」
らしい。襲って来ない、危害を与えないなら今までであった化物よりはだいぶマシかもしれない。
「あれ?おかしいな。」
だとしても矛盾がある。
「夢を食べられても覚えてるもんなのか?」
食べられたと聞いたら普通、起きたら頭の中からなくなってるもんだと思った。しかし、俺は今でもまだ鮮明に覚えていた。
「うん、記憶にないはずだ。」
あたかも当然かのように言うマシューに俺は正直に返した。
「俺は今でも覚えてるんだが、しっかりと。」
「えっ?そ、そんな事あるの?それは初めて聞いた事例だよ。」
驚くマシューにセドリックが冗談で返す。
「きっとまずい夢だったんだよ。」
・・・いい夢ではなかったけどな。
「そんな事もある・・・んだねえ。変なの。」
マシューの表情がかすかに緩んだ。命に別状がなかったから笑ってられるといったら嫌味っぽいが、いずれにせよセドリックの冗談でちょっとだけ場が和やかになった気がした。
そんな時どたどたと階段を走って駆け上がる音が聞こえ一斉にみんなが振り向く。
「リュド君!生きてる!?」
聖音が息を切らしつつ必死の形相で俺をガン見する。怖い。ていうか生きてるって・・・。
「起きてる。」
嫌味を含めて返したが聖音には効かずむしろほっと胸をなでおろした。
「よかったぁ~・・・。あ、トイレ借りたね。」
わざわざ報告どうも。これはこれで緊張感が抜ける。そういえば、聖音で思い出したが彼女は自分の家は戻れたのだろうか。どれほどの時間が経ったかわからない。でも、目的地に行ってまた引き返した、とはあまり考えにくいのだが。
「そういえば聖音、お墓・・・家には行けたのか?」
「そんな!トイレどころじゃないよ!あ、あれ!?」
問いかけに、まさかと言わんばかりに返すも、混乱しているのだろうか。
「落ち着こう。」
人一倍落ち着いているハーヴェイの一言に聖音は深呼吸を二回繰り返したようやく冷静になった。
「・・・・・・ふぅ。あんな状態のリュド君を連れて行けないていうのと、これ以上夢魔に遭遇するのは避けたいていうことで引き返したの。」
「ここの他に安全な場所が近くになくてね。」
と付け加えるマシューの隣で暗い顔の聖音が下を向いている。その理由はすぐに察しがついた。
「えっと・・・・・・。」
俺があの場で倒れたりしなかったら彼女の目的地にたどり着けたかもしれない。
「・・・ごめんね。私の用事に付き合わせたせいで大変な目に遭わせちゃった・・・。」
謝ろうとしたら先に謝られてしまった。それをいうのは俺の方なのに、悪い癖というか、素直な言葉をつい理屈でごまかそうとして出遅れてしまう。
今だってそうだ。わかっちゃいるんだが。
「僕も不甲斐ないところを見せてしまった。次はなにか魔除けみたいなものを準備しよう。」
よりによってマシューにも気を遣わせてしまった。
「マシュー、全員揃ったんだけど!」
セドリックの陽気な声がしんみりとした空気をぶち破った。聖音も戻ってきたので、確かに部屋には全員の顔が揃っている。でも揃ったからといって何が始まるんだ?
「そうだね。・・・リュドミール君の意識もはっきりしているし、一般民の僕が話せる範囲で説明しよう。落ち着ける場所があったら話すと言ったしね。」
そう言ってマシューは窓際に移動し、俺たちの方を向いた顔は真剣そのものだった。
「この世界がどんな世界か、君たちは知っておく必要がある。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます