Can't go home
1
「俺たちはどこに向かって進んでるんだよ!!!」
苛立ちを露わにオスカーが声を上げる。
「いきなりでっかい声出すんじゃないわよ!!」
前を歩いていたジェニファーが一番びっくりしただろうが、そう言うジェニファーの声も相当大きかった。しかしオスカーは今の状況に納得がいかないようだ。まあ、それはここにいる全員がおそらくオスカーと同じ気持だろうが。
「なあ、おい。キヨネとかいう奴、お前はなんだ、山小屋にでも住んでるのか?」
少し背中を丸めて先頭を歩く聖音は横に首を振る。
「いいや、私の家は黄色い壁が目印の普通の二階建だよ・・・。ていうか、こんな森通ったことない。」
今いるのは深い、暗い、森の中。鬱蒼とした樹々が立ち並ぶ薄暗い森の道なき道をひたすら歩いていた。
話を遡ること数十分前。
俺たちは目的を忘れていたことにきづいたが、そもそも目的をどうすればいいかがわからず、ひたすら先の見えないぐだぐだな話し合いをしていた。元の世界に戻るのが最終にして唯一のみんなの目的なのだが、そのためにまずはどうすればいのか、そこがあまりにも漠然としていたのだ。加えて全員、変わり果てた世界に対して無知すぎる。当然といえば当然だけど。
そこでふと聖音が言い出した言葉がみんなの足を再び動かす事になった。
「私、帰りたい。」
聖音だけはまだこの自分の家に戻れていない。「戻れるなら」もうとっくにここを離れて家に帰っているはずだ。
帰りたいのは誰だって同じだ。だからこそ、俺は提案した。「みんなで聖音の家に行ってみよう」、と。
あとは、聖音の家が家のままで残っているのか違う建物に変わって存在しているのか、だとしたらどんな建物かという点も気になったからだ。建物によっては俺たちの活動の幅も増えるかもしれない。さっきだって俺の家の倉庫のように。
なんにせよじっとしていたって仕方ない。少しぐらい、前向きに考えないと。幸いにも聖音の家はここからそう遠くない場所にあるという。なので彼女が先頭を歩いてそのあとをついて行く、と決めたのだった。
そして今に至る。
聖音の家は知らないし行ったことはないし、俺の家からそんなに離れた場所じゃないここにこんな森なんてない。こりゃ森じゃない。山の中、いや、樹海だ樹海。
なんか、どこかで聞いたことある。聖音の住む国で一番でかい山の近くにも樹海があって、なんせそこは・・・。
いや、うん、今は余計なことは考えない方がいい。
「世界が変わってるんだ、仕方ないだろ。」
と諌めるけど効果はてんでなし。
「仕方ない、か。こんな変わり果てた世界を仕方ないか。」
相変わらずオスカーに嫌味たっぷりに返されるが今は口論なんかしてる時ではない。それにあいつが苛立つのも無理はない。他のみんなだって普通の精神状態を保てるはずがない。
気が短いオスカーはずっとイライラしているし、そのとばっちりを受けるたびにジェニファーは気が立っているのかよく吠える小型犬みたいにうるさく言い返す。一番前を歩く聖音は腰が引けてるがしっかりとした足取りで、ハーヴェイはやけに警戒して時折右を見たり左を見る。セドリックは笑顔を浮かべていたが恐怖を隠しているように見えた。不自然で無理矢理作ったようなぎこちない笑顔だ。俺は、この中ではハーヴェイと近い状態だった。あんなにキョロキョロはしないが、いつどこから化物が現れるんだろうと気が気でならなかった。
「ねえリュドミール。」
「わっ!?」
いきなり横から肩を叩かれる。緊張状態にあった俺は前を歩いていたセドリックがいつのまにか隣に並んで歩いていたことに気づかなかったし、声は極力抑えたものの大袈裟というほどびっくりした。
「ばっ・・・お前、驚かせんなよ。」
すると眉尻を下げ、どうしたらいいかわからないといった困惑した表情を浮かべる。
「普通に話しかけただけなんだけど・・・。」
・・・今のは俺が悪かった。
「ごめん・・・。で、どうしたんだ?」
すると耳打ちで話しかける。
「キヨネってちょっと変わってるよね。」
何を口にするかと思いきや大した話ではなかった。
「お前に言われたらおしまいだな。」
皮肉でスパッと黙らせようとしたがそうはいかなった。
「僕は変わり者じゃなくてちょっとお調子者なだけじゃないか。違うよもう!あの人、君のとこによく通ってんでしょ?その時でもあんな感じ?」
あんな感じとは、具体的にどんな感じの人だと思っているのだろうか。
少なくとも店で見せる顔と今に大きな違いがあるわけではなさそうだが、状況が状況だけにやや神経質気味、というぐらいだろうか。
「俺は客とはそんなに話さないからなあ・・・。どこがどう変わってるんだ?」
「・・・よくわからないけど・・・ちょっと変わり者て感じ。」
要するに変わっていると。はいこの話はおしまい。
「おしまいって!・・・おかしいと思わない?こんな状況なのに慣れるの早くない?」
つい口から漏れてしまった。そしてセドリック曰く、彼女の違和感が今の態度にもあるとのこと。
言われてみれば、あまり怖がっているようには見えない。平然としているわけでもないけど。
「もしかしたら怖いのを我慢してるだけかもしれないぞ?」
やせ我慢、とかいうやつだろうか。もしかしたら、一番年上だからしっかりしなくてはとか思っているんじゃなかろうか。
「それをいうならセドリックだってそうじゃん。」
セドリックの隣に並んで歩き始めたハーヴェイが話しに入ってくる。
「普通の子供ならあーなるよ。」
と言ってジェニファー達を指差す。恐怖のあまり過度に神経質になっている、三人を。
「それか、ママこわいよー、お家帰りたいよぉーって
泣き叫んでるところ。」
ハーヴェイはわざとらしく身振りしながらセドリックの方を見る。本人は少しムッとしていた。
「怖くなんかないし。僕、フツーの子供と違ってどんな状況だって楽しめる鉄のようなハート持ってますし。」
と、意味不明な言い訳に対してハーヴェイは鼻で笑いながらぐうの音も出ないツッコミを返す。
「その割りにはギャーギャー騒いでたけど。」
「うぐっ・・・あ、あれは叫んでたの!」
痛いところを突かれたセドリックはムキになって言い返すも説得力がなかった。でもこいつに危機感がさほどないのにも理解できる。
「ハーヴェイ、コイツは早く学校から逃げただろ?アレを見たら正気じゃいられないぞ。」
学校にいた頃、先生が殺された後、逃げてきた生徒が殺されてすぐ、セドリックは一人で先に外へ出てしまったから「生徒が殺された後」の光景を見ていない。あの光景を見たか見ていないかでその後の心境も大きく違ってくるだろう。
「アレって?」
なんでも気にしたがるセドリックがやっぱり尋ねてきた。
「アレって聞かれてもなあ。」
「・・・アレはアレだよ。」
どう説明していいものか、いや、ここははぐらかすしかない。ハーヴェイもさすがに自重した。セドリックも「どうせろくでもないもの」となんとなく察したのかこれ以上追及はしてこない。
「ていうか、それを言うならハーヴェイとリュドミールも割と落ち着いてなくない?」
今度は俺とハーヴェイが話題にされた。
困った。本当は俺だって怖くて仕方ないけどなるべく表には出さないように耐えてきたんだ。自分のためにもみんなを不安にさせないためにも。しかしここで本音を言ってしまったら意味がない。
「・・・・・・俺がしっかりしなきゃまとまらないだろ。」
「うわ、かっこつけてる。」
「・・・ふーん。」
すると二人から白けた反応が返ってきた。言い方がそう捉えられたのかもしれないけど、そのつもりはなかったから地味につらい。
「でもそーゆーとこリュー君らしいよね。無駄ってぐらいに無理しちゃうんだもん。」
すぐにフォローを入れたセドリックがハーヴェイを横目で見て今度はなんとも憎らしい笑みとともに煽り出した。
「あー?もしかしてベー君もかっこつけて我慢してるだけなんじゃない?イケメンだから?」
「・・・見たくないものは見たくないし、あんなの俺だって怖いに決まってる。」
更に冷たく返すかと思いきや意外な本音をこぼし、セドリックも俺も少し驚いた。
「人を殺して食らう化物、ファンタジーで不気味な世界・・・あり得ない。まるでゲームの世界にいるみたいだ。だから。」
いつもの無表情で俯いて、しばらく黙り込む。三秒ほど間を置いてハーヴェイは低い声で。
「俺はゲームだと思い込むことにした。」
と言った。
「ハーヴェイ君、それって・・・。」
セドリックがなにか言いかけた、その時。
「・・・静かに!」
聖音が突然立ち止まる。
「今、そこの木の後ろから物音がしたわよね?」
ジェニファーは斜め前の木を睨んでシャベルの棒の部分を強く握る。俺とセドリックとハーヴェイは話に夢中だった為物音には気づかなかった。
「クマかな・・・。」
なんて困り顔で言ったセドリックは物騒極まりないチェーンソーを構えている。
「クマだといいな。むしろホッとするぜ。」
一方オスカーは態度に変わりはなかった。
「クマだってやだよ・・・ま、まあ、あんな化物よりはマシだけど・・・。」
「静かにしてってば!」
あまり緊張感のないセドリックは小言をぼやき、より警戒心が強まったジェニファーに叱られる。こんなやり取りをしていても物音の主は姿を現さない。
「・・・・・・・・・。」
誰も無言で、物音もなく、ひたすら静かな時間が流れて、なおかつピリピリした嫌な空気が漂う。
出てきてほしいけど出てこないでほしいと、矛盾した望みに懸けている。
すると、ふいにそよ風が吹いた。葉が揺れる音があちらこちらから聞こえる。妙に不安な気持ちが立ち込めた。
きっと気のせいなんじゃないか。みんなもうすうすそう感じたのだろう、構えた態勢を崩そうとした、その時。木の後ろから、何かが転がってきた。
「わっ!?」
みんなびっくりして同じ方向を見る。とりあえず、化物でもクマでもなくて少し安心したものの、薄暗く茂みの陰に隠れてよく見えないためおそるおそる近づいた。
「きゃあああ!!」
最初に目視したジェニファーが真っ青な顔で悲鳴をあげたと思ったらシャベルを手放しその場にへたりこんだ。慌てて覗いてみると、人の生首がそこにあった。
「わっ!?」
怖気の走るそれは、光を失った虚ろな目でこちらを見つめる。薄い緑色の髪と左目の眼帯が印象に残る、丸で人形みたいに綺麗な顔の男の人の生首だ。
「ななな、なによ・・・首!?」
「大丈夫、大丈夫・・・。」
怯んでしまったジェニファーを聖音が落ち着かせている。
「うひゃあ!人が死んでる!?」
駆け寄ったセドリックも思わず仰け反る。ハーヴェイはただ険しい顔でそれを睨んでいた。
とんでもないものを見てしまった。生きていても襲ってくるようなものには遭遇したくないが死んでいるものには普通に遭遇したくない。
「フン、ついてるじゃねえか。」
オスカーが鼻で笑いながらバットの先でそれを小突いた。
「死体は襲ってこないんだからよ。ほらほら。」
ヤツの言う通りだが、かつては生きていた者。そんなゴミのような扱いはどうも気にくわない。
「オスカー、やめろよ・・・。」
ごろんと転がりった生首は断面をこっちに晒し、思わず目をそらした。
「・・・おい、ロボットかこりゃ。」
その言葉に少し安心しながらそーっと視線を戻す。
断面から見えるのは一本の鉄筋と沢山のコード。オスカーの言う通り、これはまるでロボットみたいだ。
「例の化け物かなあ。」
セドリックがかがんで覗き込む。
「そいつらがどこまで真似できるのか知らない。見た目だけか、人の体の構造そのものをコピーできるのか。」
と思ったことをそのまま話すとセドリックはいまいち理解できてない様子で難しい顔で首をかしげた。
「なにいってるかわからないよ。でもさ、もし化け物だとしたら?」
化け物だとしたら、と聞かれても。化け物だからといって、どうしろと。
「どうもこうも、放っておくしかないんじゃない?」
「所詮死体だろ?んなもんに構ってる暇はねーんだ。」
ジェニファーとオスカーが提案する。しばし待ってみても
反対意見は出てこなかった。
「そうだよね・・・行こう。」
聖音が再び前へ進み始める。セドリックが生首の前で手を合わせる。
「アーメン・・・。」
用がなくなった俺たち一行はその場を去ろうとした。
「・・・ん?」
ジェニファーがさっき生首が転がっていた方向の反対を振り向く。
「どうかしたか?」
「変な音が・・・したような気が・・・。」
「今度は首から下だったりして。」
セドリックが冗談ではぐらかそうとする。ロボットなら、首が取れても動けなくはないかもしれないが・・・。
「ゾンビみたいに歩いて来るんだよ、こーんな感じで。」
両手をぶら下げ舌を出して呻き声をあげながらよろよろと歩く。
「もう!ふざけないでよね!」
自分の心配をふざけた冗談で返されたもんだからジェニファーはそっぽを向いた。
「どんな音?」
埒があかないので更に聞いてみる。
「うーん・・・足音?ジャリ、みたいな。」
自信なさげに言うジェニファーにまたもセドリックが口を挟む。
「やっぱ首を探してうろうろしいった!?」
いちいちうるさいので脳天にチョップをしてやった。
「笑えない冗談はやめろ。あとうるさい少し黙れ。」
頭をおさえて痛がるセドリックは泣きそうな顔で俺に訴えた。
「今度は冗談じゃないもん!ほら、なんかそんな妖怪いたでしょ?たしかー・・・。」
話の途中、俺にもわずかに物音が聞こえた。ジェニファーが言った通り、地面を踏む乾いた足音。音のした方を向くと、光る二つの点が視界に飛び込む。
その直後、黒い影が木の後ろから現れる。こっちに向かって飛び出してきた。
「・・・なっ!?うわっ!!」
一瞬の出来事だった。押し倒され、視界がぐるりと変わり体を強く打ち付け、武器のつるはしを手放してしまった。俺に襲い掛かってきたのは・・・熊。人の顔をした、熊。これは異様なものだとすぐにわかった。
「リュドミール!!?」
みんなの騒ぐ声。まさか今になって熊が出てくるとは思ってなかっただろう。
「離せよ!!くそっ・・・!」
腕をおさえられ、抵抗してもびくともしない。している事は荒々しいのに顔は無表情なのがある意味恐怖心を煽る。
「熊なら、大丈夫だよね・・・で、でやあああ!!」
一番近くにいたセドリックが叫び声を上げながらチェーンソーを振り下ろす。しかし、熊のようなそいつは片腕で刃を受け止めた。
「嘘だろ!?ぐぬぬぬ・・・!」
力を入れるが化け物の怪力にはかなうはずもなく、跳ね返されたセドリックはよろめきながらもなんとか踏み止まった。すかさず片腕が浮いた化け物のもう片腕に銃弾が撃ち込まれた。
「・・・!ハーヴェイ、ぐえっ!」
支えを失った化け物がのしかかってくる。化け物は無事な方の片腕だけで立ち上がろうとするが、ハーヴェイが残りの腕と両足を撃った。
「ぐ、う・・・ありがと・・・でも、重い。」
起き上がれなくなった巨体は俺の上に覆いかぶさるように倒れる。重いばかりか胸が圧迫され呼吸も満足くにできず、息が苦しい。
「私も手伝うわ!」
「わ、私も。」
駆け寄ってくる女子たちを止めた。
「待って。いや、手伝ってくれるのは助かるし役に立たないとかそういうんじゃないんだ。ここに適役がいるだけの話。オスカー君。」
ハーヴェイは、オスカーを指名した。が、俺は期待なんかしてなかったし、やっぱりアイツは拒否した。
「やだね。さっきだって死ねばいいのにって思ったぐらいには俺はアイツの事が大嫌いなんだよ。」
「ちょっと!その言い方・・・!」
ジェニファーが口を挟む。今はそんなことより早くこいつをどけてほしいという思いでいっぱいだ。
「知ってる。でも君の見せ場なんて力仕事ぐらいしかないじゃん。」
「こいつの為に使いたかないね。」
「早く誰か助けてやりなよ。」
セドリックが珍しく冷静にツッコミを入れるが二人は聞く耳をもたない。これじゃお望み通りほんとに死ぬかもしれない・・・。
「これだから男子は・・・セドリック、あんた大した怪我じゃないでしょ?男手が必要だから手伝ってよね。」
「えー・・・結構痛いんだけどなあ。」
見かねたジェニファーがセドリックの力を借りて助けに来てくれた。二人の足音が止まったその時、熊らしき物が大きく口を開く。
「ヴァアアアァァァアアアァ!!!」
そしていきなり叫び始めた。
「な、何よ急に・・・耳がおかしくなる!」
「うわああ!鼓膜が破けそう!!」
近くにいた二人はおろか、みんなが口々に悲鳴をあげている。爆音の元凶が目と鼻の先にいる俺はうるさいどころの話ではない、こっちは頭がおかしくなってしまいそうだ。
「るっせーんだよこの野郎!!」
オスカーがとどめをさそうと上からバットで殴る。化け物ごしに俺にも衝撃が伝わるのもお構いなしで何度も殴る。
殴り続けるうちに化け物は次第に鳴くのをやめた。弱ったのか、あるいはとうとう死んだのか、再びぐったりとうな垂れた。
頭がぐわんぐわんと不思議な感覚と鈍痛がする。あと気分悪いし、血の匂いがしたりと様々な異常をきたしている。
ん?血の匂い?頭以外は痛くないのだが。
「はー、死んだか?両方。」
「死んだの!?オスカー君!人殺しになっちゃうよ!?」
やれやれといった様子のオスカーといつものセドリックのツッコミ。人殺しになるって、勝手に人を殺すな。
「俺は直接人を殺してねえ。リュドミールは巻き添えだ。」
「だから死んでねえつってんだろ!!」
必死に俺は自分の生存を訴えた。そろそろ我慢の限界である。
「ですよね!!待っててリュドミール!今度こそ助けてあげるから・・・せーの。」
片足を持ち上げて引っ張るも、少ししか動かない。
「にょほおお~・・・・・・はぁ、だ、だめだぁ。誰か、ヘルプミー。」
やっぱり一人の力では無理だとセドリックは助けを求めるが、誰一人として動かない。
「ねーえー、誰か手伝ってー。もう片方引っ張ってくれたらさ・・・みんな?」
なぜか全員黙っている。一旦手を離したセドリックが様子を確かめると。
「どうしたの?・・・・・・ん?今度はなんなのさ。」
ふたたび静まり返る中でなにやら、またまた物音が聞こえて、いや、近づいてくる。上に覆いかぶさっている化け物のせいで何にも見えないが、確かに音が近くなっていく。そして地響きも。
「・・・・・・今度は大群でこっちにくるね。」
ハーヴェイは落ち着いていたが他のみんなは一斉に騒ぎ始めた。
「くるね、じゃねーよ!てめぇ仲間呼びやがったな!?クソッ!!」
八つ当たりに化け物を力一杯蹴り飛ばす。あっけなくごろんと横に転がった。やっと呼吸が楽になった。ゆっくりと体を起こす。
「・・・!!」
視界に飛び込んだのは向こうからこの化け物の仲間と思わしき数十匹の大群が砂埃を巻き上げながらこっちに走ってくる恐ろしい光景と、腹部あたりに染み付いた謎の血液。衝撃も二倍だった。
「うわああああ!!に、逃げなきゃ!リュドミール・・・え!?血塗れなんだけど!?」
俺の方を見てぎょっとする。しかし、仮にこれほどの出血を伴う怪我をしていたら立ち上がろうとすることさえ出来ない。これは、俺の血ではない。だが今はそんなことどうでもいい。
「俺は大丈夫だ!逃げるぞ!」
遅れをとった俺たちは必死に走り出した。先頭を走るのは足の速いハーヴェイとその次はいち早く逃げ始めたオスカー。最後はジェニファーが俺の後ろを走っていた。
「・・・・・・。」
多分、体力がいちばんもたないのはジェニファーだろう。無意識に腕を掴む。
「えっ、な、なに・・・。」
手を握って走ると案外ついてこれるもんだ。いちいち返す余裕はないが。
「僕たち、いつまで走ったらいいの!?・・・このままじゃこっちの体力が先に無くなっちゃうよ!」
走り出したばかり。まだ余裕のあるセドリックが悲痛そうに訴えると八つ当たりといわんばかりにオスカーが怒鳴り混じりに返す。
「知るか!!!少しは黙ってろ!!!」
セドリックには本当黙っていてほしいが、この道が続く限り俺たちは逃げなくてはならない。しかし、前にも道は伸びるばかり。一体どこを目指して走っているのか。
今を打開する案ならないことはないのだが・・・。
「ふ、二手に分かれるとか・・・。」
セドリックがちょうど俺と同じことを考えていた。隣に広がる森に三人ずつ分かれることならできる。
「どっちかが囮になるんだね。」
そこにハーヴェイが口を挟む。
「今少人数で行動するのは危険すぎる。六人でさえこの有様だ!」
皮肉も込めて返す。このメンバーがどういった組み合わせで二手に分かれても所詮は弱い子供なんだから。
「それに・・・森の中にもいたらどうするの!?」
ジェニファーの言うことも一理ある。どこに潜んでいるかわからないのに森に飛び込んだら自殺行為もいいところ。
「てめぇらアホか?囮作戦っつーのは敵が少ない時こそ本領発揮するんだろーが!あんな大群だ!あいつらまで二手に分かれて追いかけてきたら意味ねーだろ!」
一瞬オスカーの言っている意味が理解できなかったが数秒経って把握した。それもそうだ。標的が俺たち全員だとしたら尚更その確率もあがる。分断しても奴らの戦力が落ちるわけじゃない。二手に分かれても意味がない、その通りだ。
「じゃあどうするの・・・!?」
「うわああああ僕たちおしまいだよおおお!!」
悲痛な声が響く中俺は考えた。他に何かいい案がないのかと、しかし道に障害物になりそうなものも落ちてない。奴らを足止めするようなものも、何も。
俺は神様なんか信じない。でもせめて、誰か助けて欲しいと願った。それこそ神頼みに近いような。藁にもすがる思いとはこう言うことなのだろうか。
一度だけでいい、一度だけでいいから、誰か・・・。
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