第54話
シードルを倒そうとしているのか、ドルマンは今出口へ向かっている様である。
片目となり脚が曲がったドルマンに見つからない様に、這って追いかけるのはそう難しくない。
「…っ!!」
だが流れて行く血と痛みにどこまで耐え切れるのかが勝負の分かれ目だ。
一刻も早くドルマンに追いつかなければ、自分の方が命を落としてしまうかもしれない。
そうなってしまったらどうなるのだろう。
余計な考え事が渦巻くが、頭から跳ね除けられない。
そういえば家の掃除が途中だ。
挑戦したい料理もあるし、下ろしたばかりの気に入った服もまだ着ていない。
せっかくここまで魔術を教えてくれたゼインズには顔向けもできない。
帰りを待つカロリーヌだって今どんな気持ちでいるのか。
ジェーンはこの先の生活をどうするのか。
シードルに色んな話を聞いてみたい。
何よりもリクと離れたくない。
せっかく会えたのに、今生の別れだなんてあんまりだ。
一緒にあの家に帰ると決めたのに。
「そうよ…帰るの。」
今更何を弱気になっているのか。
二人で一緒に帰ると決意したではないか。
キッとドルマンのよろつく足元を睨み付けて、先程より力強く進む。
かなり速度が出た事に自分でも驚いた。
バチッ-。
突如下から放たれた雷がドルマンの行く手を阻む。
シードルの援護だろう。
集中ができない所為か、残念ながらかなり微弱な攻撃ある。
ドルマンはすぐにそれを防御壁で防ぎ、さっさと出口へ進もうとする。
だが何度も絡み付く雷を対処していくのに、少しばかり時間を食っている様だ。
充分な足止めになる。
追いつくのが容易になった。
絶え絶えの息を潜めて片腕で進む。
距離を詰めたと思い、ドルマンとの位置を測ろうと上を仰いだ。
「…え?」
思ったよりもそう進んでいない。
それどころか先程より離されている気がする。
いや、自分が失速しているのだ。
一度目の失神とは比較にならない程、視界が揺れ動く。
リクの顔をもう一度見たい。
そうすれば気力が持ち直すはずだ。
そう思って必死で向けた視線にリクが反応する事はなかった。
「…お願い…起きて…。」
変わらぬ姿勢で目を閉じるリクに、ポツリと泣き言が漏れる。
それと同じくして、またも雷が現れた。
今度は少し威力が強い。
難なくドルマンはそれを防御するが、すぐにピタリと歩みを止めた。
「何…?」
余程何か不思議な事があるのだろうか。
ドルマンはいきなりリクの方向を見つめる。
「リカルド…お前か…!!」
突如として矛先はリクに向かった。
リクを片目で睨むと、ドルマンは雷を放つ。
慌てて自分も魔術を消滅させようとドルマンの雷を追いかけて風を吹かせた。
無抵抗なリクに衝突すれば最悪な結果になる。
その結果を見たくない為か、意気地のない目が反射で閉じてしまう。
いや、少しの隙が敗北に繋がる。
すぐに考えを切り替えて目を開く。
魔術同士の衝突音が響いた。
この光は雷のものか、それとも自分の消滅のものか、今の弱った自分の目では判断ができない。
音と光の後に、ビリビリとした衝撃だけが後に残った。
眩さが収まった後に見えたのは、姿形の変わらぬ転がったリクの姿。
どうやら消滅が間に合った様だ。
だが手前にあるパラパラと崩れている空中に浮いたものは何なのか。
自分の放った風が後に遅れてリクの髪を撫でる。
「えっ…?」
リクを守ったのが防御壁だと気付くのには、時間が必要だった。
それを出した人間が、むくりと頭だけ動かし、苦しそうな顔で低い声を漏らす。
「…やっぱバレた?雷がちゃんと上から降って来たの。」
リクが目覚めた。
帰郷して一体何度意識を失えばいいのか。
再び開いた霞んだ目には憎き論文の盗人、そしてこちらに目で何かを訴えかける伴侶が映る。
レイに気付かぬドルマンと、ドルマンに向かって這うレイ。
レイの筋書きが読めた。
視界も出血の状態も最悪だが、心中が奮い立つ。
「ドルマンお前に初めて感謝だ。生きててくれて良かったわ。」
「…何?」
ドルマンの失われた眉が怪訝そうに上に動く。
「倒し甲斐なかったもん。」
リクが鼻で笑うのとドルマンが火を放つのは同時だった。
防御をするが腹の痛みと異物の感覚に集中が削がれる。
ただでさえ集中力を削ぐのに、ドルマンの威力が強いのには参る。
防御壁の隙間を狙って、炎が強い力で内側に侵入して来た。
「ぐ…っ!!」
腹を決めて岩を引き抜こうとすると、集中できずに防御が弱まり更に脆くなる。
歯を食いしばり過ぎて奥歯にまで痛みを感じた時、ちょうど岩が抜けた。
「色々やってくれたよな…本当!!」
どうにか気力を持ち直すが、防御壁は突き破られ、侵入してきた炎が体を焦がす。
ここまで来るともう防御は不可能だ。
急いで水を出して火を消すが、それを狙ってドルマンがまた四方から雷を放って来る。
「今度こそお前の最後だ!!」
もはや表情も分からないドルマンが片目を大きく動かし叫んだ。
自分にあと残された余力は一発攻撃の集中力だけだが、もう心配はいらない。
その一発で必ず仕留める。
長年聞いてきたあの耳障りなドルマンの高笑いが聞こえて来た。
ドルマンの雷が分岐しながら伸び、いよいよ顔面へと近付く。
ああ、頃合だ。
充分ドルマンをこちらに引き付ける事はできた。
リクは口元を上に吊り上げる。
「バーカ。」
その罵倒の言葉に萎縮したかの様に、ドルマンの雷が突然消滅してゆく。
「消えた…!?」
不可解な現象に、ドルマンは後ずさろうとしたが、足に違和感を感じたらしく、その場で止まる。
レイの血に塗れた腕がドルマンの足に伸びているのだ。
「邪魔だ!!」
もう脚力のない足で腕を振り払うと、レイを睨んで集中するが、何故か一向に魔術は出現しない。
片方だけの目玉がその原因を探る為に必死に動き回る。
それに応えるかの様に、レイの肘から上がスッと上に伸びた。
掌が開かれ、カランと音を立てて床に零れ落ちたのは血に塗れた短剣。
ドルマンがついに床に倒れ込んだ。
「あ…あぁぁぁぁ!!!!」
泣き叫んで狂乱するドルマンに、リクの瞳が狙いを定める。
赤黒い炎がドルマンを取り囲み、脆くなったその体をすぐに呑み込む。
徐々にドルマンの姿は灰となり、天に向かって渦巻いて消え去るまで、咽び泣く声が響き渡った。
全て終わった---。
仰向けになり大きく息を吐いて痛みを逃すと、いつの間にか夜が明けていたことに気付く。
ぐいっと袖を引っ張られる感覚がしてそちらを見ると、浅い呼吸を繰り返して上下する金の頭が見え、顔が近付いた。
「…あなた。」
青白いながらも、殊勝な笑顔のレイが歪んで見える。
これはまたも気を失う直前の感覚だ。
だがグラッとレイの頭と天地が揺れ、正気を取り戻す。
咄嗟にレイの体を引き寄せて防御壁で保護するが、それだけでは対処できないことに気付く。
建物はもう倒壊直前だ。
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