僕の彼女の見てる世界は少し変わっている

うめもも さくら

僕の彼女の視てる世界は僕とは変わっている

 世の中は十人十色。

 見た目や性格、声や考え方、環境も居場所も違う。

 全く違うを持った様々な人たちが、この世界には存在している。

 自分と全く同じ人間がいるはずがないように、この世界を自分と寸分すんぶんたがわず、全く同じように見てる生き物は、この世界のどこにもきっと存在しない。

 はちが見てる世界は色があまり無く、犬はあまり視力が良くないと聞いたことがある。

 人間という一つの生き物の中でさえ、目の良い人と悪い人、眼鏡やコンタクトをつけている人と裸眼らがんの人では、この世界の見え方は変わってくる。

 そして何より人間は、考え方や生きてきた経験値の違いにより、たった一つの色を見ても、同じ色を見ているのに、全く違う見え方があって、答え方がある。

 家族や友人、どれだけ親しい存在でも、自分でない限り、全く同じ世界を見ることは不可能だ。

 要するに、同じ世界に生きていても、自分と全く同じ世界を見てる人は存在しないということ。

 そしてなにより、同じ世界に生きていても、自分と同じように世界を見る必要もないということ。


「君の見てる世界を大事にしてほしい。他者の見てる世界を見ようとしなくていい。つまりは、そういうことだよ」


 そう言って、当たり前のように、僕たちは微笑む。


――僕の彼女の見てる世界は僕と変わっている。


 僕の彼女が見てる世界は、僕には見えない。

 広い大通りで彼女が何もないところをじっと見て、ほんの数秒で興味なさげにその場を立ち去ることが、よくある。


「何かあった?」


 横にいる彼女に僕がそう尋ねると、彼女は顔は前を向いたまま、小さく首を横に振る。


「関係ない」

「そっか」


 彼女の振る舞いは、なく見えるかもしれないが、僕は全然傷つかない。

 だって彼女の『関係ない』は、僕に『関係ないことを聞くな』ということではないことを、僕は知っているから。

 今、彼女自身がたモノが、僕たちに『関係ないモノだった』と僕に伝えただけだから。


「怖くなかった?大丈夫?」


 横にいる彼女に今度はそう尋ねれば、彼女は前を向いたまま、小さく首を縦に振る。


「大丈夫」

「よかった」


 彼女の振る舞いは、愛想あいそがなく見えるかもしれないが、僕は全然そう思わない。

 だって前を向いたままの彼女の顔が、少し赤らんでいて、口元がほころんでいることが、僕にはわかるから。

 僕の彼女はクールで照れ屋でとても優しくて、凛としていて、かっこよくて、とてもかわいい人だから。


「お腹すいたね。早く帰ろう」


 そう言って僕は、繋いでいる彼女の手を軽く引いて、帰路につく。

 彼女も小さく頷いて、一緒に帰り道を歩いている。

 そんな何気なく見える帰り道が、とても幸せで嬉しいことだと、僕は思う。

 僕の彼女のことを、素っ気ないとか愛想がないとか可愛げがないとか、そんな風に見る人もいるだろう。

 この帰り道が、当たり前で何気なくてつまらないように見える人も、いるだろう。


――だけど、彼女の言うとおり。


 同じ世界に生きていても、自分と全く同じ世界を見てる人は存在しないし、自分と同じように世界を見る必要もないということ。

 僕の彼女のことは、僕が見える彼女のことだけでいいし、この帰り道が、こんなに幸せで色鮮やかに映るのは、僕だけが見えてればそれでいい。


 僕の彼女の見てる世界は、きっと変わっているのだろう、けれど。

 僕の彼女の視てる世界は、僕とは違っているのだろう、けれど。


――僕たちは同じ世界で、愛し合って生きている。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る