第15話 無人島が欲しいけど……

 人魚は大きな桶に入れて屋敷に運ばれた。

 カルメラはその桶を浜辺に運ぼうとした。

「待ってくれ、このまま浜辺に逃がしても捕まるだけだ」

「このまま飼い続ける事はできません。

学園の寮にこのような者を連れて戻れば問題となります」

「そこで何だが無人島を手に入れたい。

このはした金で買えるとは思えないけど……」

 カルメラは首を横に振る。

「名も知らない人魚の為に財産を使うなんて、

そこまで要求するつもりは無かったです」

「これは神様に貰ったものだから、

こういう事に使ってもいいと思う」

 不安はあるが、ケチって壊れた杖みたいに半端な事をすれば余計に損をする。

 それに人魚のハレームも悪くはない筈だ。


 長い青色の髪に隠れたたわわな胸。

 目が合うと人魚は微笑む。

「海に逃してくれれば、もうこの近くの村には近づきません」

「ここで魚が取れなくなったら、

遠出をするようにって結局は一時しのぎにしか成らない」

 話をしていると屋敷で待っていたジュリエンヌが出てくる。

 彼女はかき氷を手に持ち食べている。


「人魚を食すのは初めてですわ」

「いや違う」

 俺は掻い摘んで説明をした。

 彼女に人魚を助ける理由はない、完全に俺達の都合だ。

 黙って聞いていた彼女は頷くと微笑む。

「私も支援したいと思います。

養殖して魚を増やすという話は面白いですが、

それをどうやって届けるのです?」

「届けるって、そこで売れば良いんじゃないのか?」

「まさか、漁師達にとって養殖の魚はライバルとなるのです。

買い取ってくれるはずがありませんわ」

 養殖しようと思えば餌や管理に手間が掛かる。

 それだけコストが掛かるが、漁師達にはそういったコストは発生しない。

 割高な物を進んで買うものは居ないか。


「そうか街で売るしかないのか。

でも街かでは魚は……」

 腐ってしまうから全部干物にするんだったな。

 酢につけて腐らないようにしたシメ鯖とかあるけど……。

「凍らせて届ける事はできないのか?」


 彼女は不思議そうな顔をする。

 俺は何か変なことを言ったのかだろうか。

「冬に凍らせるという事?

魔法でも冷却に関しては難しくて扱える魔術師は一握りですわ」

 そういえばクーラーを見た記憶がないな。

 じゃあどうしてかき氷があるんだ?

「その氷はどうしたんだ」

「これは近くの氷室ひむろから直接届けて貰った氷で作りましたわ。

蜜がとても甘くて美味しいです」

「氷室?」

 カルメラが耳打ちする。

「氷室は氷を貯蔵する施設です。

冬に出来た氷や雪を集めて保管しておきます」

 原始的だけど、それぐらいしか方法はないんだろうな。

「氷で冷やしつつ運べばいい」

「ここから街まで大体3日掛かりますわ。

それで魚の鮮度が保たれるかしら?」

 冷凍してあれば結構持つけど、氷の温度だと保つのかギリギリのところだろうな。

 なら調理してから運べば良いんじゃないのか?

「うーん、缶詰にすれば……」

「缶詰?

それはなんですの?」

 魔法があったり人型の機械があるのに微妙に時代遅れ感のあるのは一体なんなんだ。

 前世の記憶が邪魔になることもあるんだな。

「調理して缶に入れて、加熱消毒するんだ。

瓶に詰めてもいい」

「瓶詰めのことなら解りますわ。

でもそれはあまり美味しい印象がありません。

腐ったような異臭を放っていましたわ」

 保管に失敗して発酵したんだろうな。

 

 悩んでいると人魚が声を掛けてくる。

「あの、凍らせることは出来ます」

 人魚が両手を握り合わせ祈る。

 丸い林檎ぐらいの大きさの氷が目の前に現れおちた。

 媒体がなければ魔法は発動しない。

 人魚の体が媒体と同じ役割を持っているのだろう。

「これは凄いですわ。

この氷を幾つも作って売れば大儲かり……」

「体温が上がってしまうので、体が冷えるまで使えないです」

 桶の水が少し温くなっていた。

 熱を奪って体に溜め込むことで氷を作り出しているのか。

 それだと負担が大きそうだ。


 風に流され泡玉が目の前で弾ける。

「どこから飛んで来んだろうな」

「それは仲間……、人魚の合図です。

危険があると仲間に知らせるために飛ばしています」

「人魚が飛ばしていたのか。

朝から飛んでいたな」

 遠くで悲鳴が聞こえる。

 

 魔獣の襲撃なのだろうか、それとも人魚達が救出に動いた可能性がある。

 もし人魚達が動いていたら厄介なことに成るな。

「様子を見てくる」

 俺は声のした方へ走った。

 

 山の様な巨大なカニが村を襲っていた。

「何だあの化け物は……」

 律儀に付いてきたカルメラが答える。

殺戮カニジェノクラブです。

この辺りで見かけるのは人間ぐらいの大きさですが、あれはそれを遥かに超えています」

「宝玉を取り込んで大きくなったのか?」

「魔獣はたまに共食いをして巨大な個体に成ることがあります。

そういったものは魔導鎧で討伐します。

ですから避難しましょう」

「魔法でなんとかするつもりだ。

海なら火事になる心配もない」

 

 この杖は一度壊れたが、木竜の魔石をはめ込んで復活したんだ。

 あの時みたいに壊れたりはしない筈。


「さあ舞い木の葉のようにすべてを覆いつくせ!」

 杖の先から無数の光る蝶が飛び立つ。

 それは光る道を作り殺戮カニに向かって飛んで行く。

 そして目を覆う。

 殺戮カニは視界を奪われ巨大なハサミを振りまわす。

 

 これで狙い撃つだけだ。

「どうしてあの様な事をしたのです?」

「避けられるのは嫌だから目隠ししたんだ」

 全力を出せば細かい制御なんて出来ない。

 杖に貯めた最大限の魔気を一気に魔法へ変換し放つ。

 魔気が集まり杖の周りに闇が生まれる。

「灼熱の業火に焼かれろ!」

 

 螺旋に渦巻く二匹の龍が殺戮カニを包み込む。

 巨大な火柱が上がった。

 爆音が響き、衝撃波が遅れてやって来る。


 残骸のようなものが飛んで来るのが見えた。

 咄嗟にカルメラを守ろうと抱きつく。

「大丈夫か?」

「いいえ、こんなことをされたらドキドキしてしまいます」

「あ、いや、ごめん」

 すぐ横に爪の一部が落ちてきて地面に突き刺さる。

 危ない運が良かったのか。


 振り返り殺戮カニを見るとまだ燃え上がりながらも動いていた。

 失われた爪がみるみる再生し生えてくる。

 全力だったのに……。

 あの威力で倒せないなんて。


 呆然とし見ていると何処にあったのか魔導鎧がやって来た。

 巨大な三叉の槍を放つと殺戮カニの体を貫き肉体の崩壊が始まる。

 崩れ落ちていく様子が見え俺は屋敷に引き返した。

 

 魔法で勝てるなら魔導鎧は必要ない。

 魔法で勝てると思っていたのは奢りだった。

「ご主人様が魔法で足止めしたから被害が少なくて済んだのです。

そんなに落ち込まないでください」

「顔に出てたのか」

 ゲームで勝利するのは最高に好きだ。

 だから勝つために諦めないと決意したんだ。


 前を向いて未来の一歩を踏み出さないとな。

「ありがとう、君は最高のメイドだ」

「照れます」

 

 屋敷に戻ると人魚を入れた桶が無くなっていた。

「人魚はどうしたんだ?」

「海へ帰しましたわ」

 俺のハーレムの夢が崩れ落ちた。

「嘘だろう?」

「3日後に浜辺で会う約束をしています。

それまでにすべきことがたくさんありますわ」

 

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