02 種
「これ、よろしかったらどうぞ」
夕日が沈んだ街からの帰路。
俺は街頭に立つ女性から差し出されたものを手ずからに受け取った
雪のちらつくような空模様にも関わらず、やや薄着とも思われたその人の顔は目深に被られた帽子でよく見えなかった。
ティッシュだろうかと自然に受け取ったもの。
それは想定に違わず最初こそビニールの感触だったが、その次に指が感じた中身は全然異なる硬い感触のものだった。
「…………種?」
手のひらサイズの透明なポリ袋に入れられた数粒の茶色い物体だ。
しかも街頭で配布されたということは何かの宣伝だろうと思ったが、それにも関わらず袋には何も書かれていない。バレンタインでクラスの女子がお菓子を配布するような(もらったことないけど)手作り感満載の見た目だ。
その中にテトラポッドみたいな形の黒い種子がぱらぱらと十粒ほど入っていた。表面に貼られたシールには「樹の種」と書いてある。
「ふぅん。……ん? そもそも木って種から育てられるんだっけ?」
俺は浮かんだ疑問を反芻しながら、気づいたときには自分の部屋のベッドに横になりながらスマホをいじっていた。
「木 種」と打ち込み、出てきたページをスクロールする。
――あった。求めたページに至るまでにはさほどの時間を必要としなかった。
発光する六インチほどの画面には『種から育ててみよう』とか『木の種を発芽させてみた』などという見出しが躍る。
花ならともかく樹木は苗木のイメージしかなかったが、ただそれはあくまで自身の先入観だ。実は種から芽吹かせるのはそれほど難しいことでもないらしい。
「なんだこれ?……『休眠打破』?」
受験生のドリンク剤みたいな名前だな。
種からも樹木の生育は可能らしいものの(当たり前か)、草花の種子と違って木の種は休眠状態になっているらしい。
つまりは殻にこもった中身に刺激を与えなければ芽吹かないとのこと。
――今は十二月で、木に限らず外に植えても芽吹かない可能性が高い。
暖かな室内なら異なるかもしれないが。
「……そんな簡単に芽が出るなら苦労しないよなぁ」
誰に当てるでもなくぼやきかながら調べていると、どうやら庭や鉢に限らず、適当な保存容器に土を入れてもいいみたいだ。
――あとで思えば。
きっかけなんていつだってただの偶然か、気まぐれから生まれたりするものだ。
気づけば俺は、キッチンから料理用のタッパーを拝借し、広くもない自宅一軒家の庭から土を移し入れると、スマホの手順に従って種を撒いていた。
芽が出るのは……出るとしてもどうやら数ヶ月後らしいけど。
コップに入れた水を自室の机に置いたその容器へと注ぐ。
黒茶の土の表面から水分が浸透していくのがわかる。
数ヶ月後ということは、これを毎日にように繰り返していくわけだ。
「――なにやってんだろ。アホらし」
寝るか。
家族なども含め人目を避けて作業していたが、気づけば隣にあった置き時計の針はてっぺんを超えていた。
種の休眠がなんだろいう前に、自分のほうが眠気に負けそうだ。
あくびをしながらベッドへ潜り込むと、俺は厚く布団を被り眠りへと落ちた――。
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