第4話 キス

「走らないでください!」

という看護師の制止の声をふり切り、息せききって病室に駆けこんだ。


 そこには、彼が静かに横たわっていた。

 ふるえる足取りでそろそろと近づく。


「……新島ニイジマさん、」

 呼びかけるが応えはない。

 今にも「すまん、寝すごした」と言って起きそうな顔で目を閉じている。けれども、いっこうに動きだす気配がない。


「起きてくださいよ、何して……」

 急にのどの奥が詰まり、声がかすれる。


 足の力が抜けて私はその場にくずおれた。

 しばらく動けずにいたが、やがてよろよろと立ち上がる。


 彼のそばに寄ると、そっと額にキスをおとした。

 その肌は、思いの外ひんやりとしている。その冷たさで彼がもうこの世にはいない、という現実がやいばとなって私の胸を容赦なく刺しつらぬいた。


「……っ」

 不意に視界がぼやけ、何もかも見えなくなってしまった。


  了



※お題箱ガチャの「攻めの死体にキスをする受け」で書きました。

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