氷城の領主(2)

「アーベル!?」


「言っただろう。お前のような得体の知れない存在は放置しておけないと」


「だからってこんな騙し討ちする必要ある!? こんなことしなくても悪さなんてしないよ……だって——」


 私は普通の。その言葉が続かない。


 哀愁を漂わせる幼い少女を前にしても、一対のダイヤの輝きが揺らぐことはなく、冷静に見下ろしていた。


 それを見つめ返していたら、ふつふつと腹立たしくなってきた。膨れっ面で二本の鉄棒を両手で掴む。


 人間でなくなったって、私は私。無闇に人を傷つける化け物なんかじゃない!


 こんな檻、なんてことはない。ただの鉄の棒だもの。


 握り込んだ部分から霜が広がる。


「ってい」


 軽い掛け声と共に引くと、氷の棒と化したそれらは小枝のように容易く折れて外れた。手を離すと地面に落ちて砕ける。小柄な子どもが通るのに十分な隙間ができた。そこからすり抜けてアーベルの前に仁王立ちでドヤ顔する。


 驚愕するラルフと違い、アーベルは驚きも落胆もしていなかった。初見ではないからだろうか。敵意すらもなくて、せつなの方が困惑して気がそがれた。


「えっと、だから……」


「そこで何をしているヴィルヘルム」


 第三者の声にアーベルの後ろを覗くと青年がいた。アーベルと同じ銀髪と瞳、しかしその輝きは霞んで見える。


「行方不明と聞いていたが、女を持ち帰ったとか。領地を放って何をしていた、のや……ら……」


 嘲笑を浮かべていた青年は、せつなを目にすると一瞬意表を突かれた顔になり、目を細めて「随分と小さいな」と小馬鹿にしたように呟く。


 こめかみを引き攣らせたせつなの体から冷気が漂い出すと、アーベルが前に立ちせつなの視界を遮った。


「そういうお前は、俺が不在中色々やっていたようだが、目論見が外れたな」


 青年はアーベルをひと睨みして、フン、と鼻を鳴らして立ち去る。


「なにあれ」


 不快感たっぷりにこぼしたせつなの問いにラルフが拾う。


「旦那様の義弟おとうと様のレンナルト様です」


「え、弟!?」


「義理のな。ラルフ、こいつは客人として迎える」


「え!?」


「かしこまりました」


「ぇ——」


 反射的にラルフの言葉にまで声をあげそうになったのを呑み込む。


 とんとん拍子の流れに目を丸くしていたら、アーベルがいなくなり、せつなはラルフの後ろを歩いていた。


 また騙そうとしているんじゃないだろうか、と警戒しながら案内されたのは、実家のリビングよりも広い客室であった。


 罠なし。窓から街を見渡せる景観良し、腰を下ろしたベッドの柔らかさ最高。


 暖炉に火を入れようとしたラルフを慌てて止める。彼は問い返すこともなく客人の要求に従った。


「他になにかありましたら、なんなりとお申しつけください」


「あ、じゃあ一つ教えてください」


「はい」


「さっき。あの男が別の名前でアーベルを呼んでいたのはどうして?」


「『アーベル』というのは、旦那様がお使いになる偽名です。本当のお名前は、ヴィルヘルム・ヘルソン・ニフルヘイム侯爵なのです」


 ラルフが去り、人目がなくなるとせつなは背中からベッドに倒れ込む。初めての天蓋付きのベッドだ。


 それにしても、まさかアーベルが偽名だったとは。ニフルヘイム侯爵……ってことはやっぱり、彼が領主で間違いないよね。


 なんで領主が雪山に一人でいたのか。


 なぜ怪我をしていたのか。


 どうして急に客人として扱うことにしたのか。


 気になることは多いけれど、それはひとまず置いておく。久しぶりにこの柔らかい寝心地を堪能しよう。




 ラルフがお茶を持って執務室に入ると、机に向かって山積みになっていた書類を捌くアーベル、もといヴィルヘルムの姿があった。


「中央からの帰りに襲撃されたと聞いたときは驚きましたが、本当にご無事で何よりです」


「その言葉、何度目だ」


 仕事が一段落つき、ヴィルヘルムは置かれたカップを持ち上げた。


「……ラルフ、あれをどう思った」


 主語はなくてもラルフは察する。


「驚きました。そもそもあまり人前に現れない存在ですから、見たことはありませんし、あれほど人間に近いモノ・・・・・・・は聞いたことがありません」


 足音に気づき目覚めたとき、ヴィルヘルムは見たこともない衣装を纏った少女を抱えて雪の中に倒れていた。氷のように冷え切った少女は意識がなく、ヴィルヘルム自身もひどく朦朧としていて不可解な状況を考える暇もなく、近づいて来た人間の身元を確認したあと再び意識が遠のいてしまった。


 二度目の目覚めは、若くして村を仕切る村長夫妻の家。


 意識がはっきりしたとき、少女が自分の顔に触れていて動揺した。ありえないことだった。意識がなくとも、慣れ親しんだ者であっても、気配に敏感なヴィルヘルムはいつも触れられる前に気づく。なのにあの少女の気配はわからなかった。


 室内で触れた彼女の身体は冷たく、人間とは思えなかった。人を惑わせる類の魔物と予想したが、谷を越えたときにこの疑惑は消した。


「通常、魔物が使える魔法は個体ごとに一つ。だがあいつは『凍らせる』、『創造』。少なくとも二種類の技を使っていた」


「魔物でしたらありえませんね。だからあの檻を使ったんですね」


 わざわざ遠回りして時間を稼ぎ、部屋に設置した鉄の檻。特別頑丈に作り、見えない場所に呪文を刻んだ『魔法封じの檻』。魔物捕獲用に作られた物だが、もちろん人間にも使用できる。なんであれ、その檻の中では魔法を使うことはできない。


 だが彼女は檻の一部を凍らせて脱出した。陣を描かず、詠唱もなく。つまりそれは魔法ではない。


 魔法とは、生物が自身の魔力を通して自然に干渉する為の技術。


 その技術を使わず同等、もしくはそれ以上の現象を起こせるのは自然の化身、自然そのものである『精霊』のみ。


 ヴィルヘルムは魔法封じの檻で少女が魔物か人間か、あるいは精霊か、正体を暴こうとした。


 あるていど予想はしていたとはいえ、信じ難い結果である。


 根本的に生き物とは異なり、扱いが難しいとされる精霊とは思えない感情の起伏、振る舞い。形も中身も、精霊というには少女はあまりに人間じみていた。


「精霊についてはいまだ解明されていないことも多いですから、彼女のような存在もいておかしくはないかと」


「……推測ばかりしてもしょうがないか。このこと、他言するな。特にレンナルトに知られると面倒なことになる」


「かしこまりました」


 空になったカップを片付けてラルフが退出する。


 扉が閉まるのを見届けてヴィルヘルムはペンを手に取った。

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