アイシャ怒る

身体が全身水の小さな泡つぶとなって、そしてまたアイシャとドロシーを形作っていく。アイシャは不思議に思いながら自分の状態を感じていた。目の前には倒れた男と、その男にひざまずき必死に手をかざしている男、両手を前に突き出して構えている男がいた。アイシャが辺りを見回すと、手を突き出して防御魔法シールドを作っている魔法使いは疲労困ぱいで、防御魔法シールドはいまにも崩れてしまいそうだった。


その防御魔法シールドに容赦なく炎魔法と氷魔法が襲いかかり、防御魔法シールドは常にガンッガンッと音をさせて大きく揺れていた。全員ローブを身につけている、エドモンド王の言っていた魔法使いたちだ。倒れた男を治癒魔法ヒーリングしていた魔法使いがいち早くアイシャたちに気づいた。


「君は?誰だ」


アイシャは慌てて答える。


「あたしは治癒魔法者ヒーラーです。王さまに怪我人の治療に行ってくれと言われました」

「王は、王はご無事なのか?!」

「はい、トーマスとゾラとセナを助けてやってくれと言われました」


アイシャの言葉に治癒魔法ヒーリングしている魔法使いと、防御魔法シールドをしている魔法使いは泣き出した。


「何ともったいないお言葉。王の有事に何もできず不甲斐ない」


アイシャはドロシーにたずねた。


「ドロシー、この防御魔法シールド代わってあげられる?」

「ニャッ」


ドロシーの元気な返事と共に、辺りをおおっていたボロボロの防御魔法シールドの上に強力な風防御魔法が現れた。ドロシーの作った風防御魔法シールドはいくら攻撃魔法が当たってもビクともしなかった。ドロシーの風魔法は以前アイシャを助けるために使ってくれた時よりもはるかに上達していた。アイシャはドロシーに礼を言って、ドロシーの頭を優しく撫でた。


「もう防御魔法シールドを解除しても大丈夫ですよ」

「あ、ありがたい」


それまで防御魔法シールドをはっていた魔法使いはその場にしゃがみこんでしまった。アイシャは怪我人の側に行き、つぶさに状況を確認する。負傷した魔法使いは左脇腹に大きな火傷の傷ができていた。アイシャはやっぱりだと思った。アイシャがマリアンナたちと共に最初に城に着いた時、多くの兵士が倒れていた。どの兵士も皆火傷の傷があり、氷魔法で傷ついた兵士は一人もいなかった。つまり氷魔法は陽動で、刺客が一番得意とするのは炎魔法なのだ。


そこでアイシャは、ふとメアリーの事を思い出した。アイシャはメアリーと森に散歩に行く時に、よくメアリーの魔法を見せてとねだった。メアリーの使う魔法はとっても綺麗だったからだ。メアリーはアイシャのせがむままに、炎や氷で花の形や、動物の形を作ってくれた。アイシャはいつもはしゃいで喜んでいた。しかしメアリーはあまり自身の魔法が好きではなさそうだった。


「私も得意な魔法は、アイシャみたいな治癒魔法ヒーリングが良かったわ」

「どうして?」


メアリーの言葉にアイシャは聞き返す。メアリーは手のひらに炎のバラの花を出現させながらつぶやく。


「アイシャの魔法は人を助ける魔法。でも私の魔法は人を傷つける」

「そんな事ないよメアリー、神父さまがね、言ってたの。力を持つ者は、その者の心からなる。って、悪い心を持っている人は剣で人を傷つける。でも正しい心を持った人は剣で人を守れるの。メアリー、あたしはメアリーが心の優しい正しい女の子だって知ってる。メアリーが使う魔法はきっと誰かのためになる魔法なんだよ」

「アイシャ、ありがとう」


メアリーは泣き出しそうな顔で笑った。優しいメアリーが人を傷つけるわけがない、アイシャは頭に浮かんだ疑念をふり払う。だがその疑念はずっとアイシャの心にひっかかっていた。メアリーが一番得意な魔法は炎魔法で、氷魔法はそこまでではないのだ。アイシャは両手て自分のほっぺたをパンッと叩いて、目の前の怪我人に集中した。


アイシャが怪我人に手をかざす。アイシャの手が光りだす。怪我人の火傷はみるみる治っていった。魔法使いたちは驚嘆の声を上げた。アイシャはホッと息を吐いて改めてまわりを確認した。ドロシーの作ってくれて風防御魔法シールドは透明度が高く、外の様子がよく見えた。アイシャは絶え間なく攻撃魔法を繰り出している刺客に初めて目を向ける。刺客は豪華なドレスを着て天井ちかくの宙に浮いていた。刺客は女の子だった。アイシャからは女の子の後ろ姿しか見えなかった。アイシャはもっとよくその女の子を見ようと、ドロシーの風防御魔法シールドに顔をくっつけた。そしてそのドレスに見覚えがあった。ケンカして部屋を出ていったメアリーが着ていたドレスだった。


「メアリー!」


アイシャは思わず叫んだ。優しいメアリーがこんな事を自ら望んでするはずがない。きっとメアリーは無理矢理させられているに違いない。アイシャは腹からふつふつと怒りが湧いてきた、そして必ずメアリーを助けると誓った。




マリアンナはエドモンド王の無事を確認すると、アイシャがイアンの側に走って行ったのを見て、炎防御魔法ファイヤーシールドで刺客の攻撃を防いでいるザックとファイヤーライオンの元へ足を向けた。狼のシドとシュラもマリアンナについてくる。


「ザック、状況はどうなっている?」


ザックはマリアンナに気づくと、何故ここにいるんだという顔をした。そしてマリアンナの側にいる狼のシドに目を向け、にらみつける。ザックはシドがアイシャをさらった事を怒っているのだろう。シドはにらみつけるザックを完全に無視している。マリアンナはザックに手短に説明する。


「獣人のシドはもう我々の仲間だ。シドは仲間を人質に取られて、やむなくエドモンド王を暗殺しようとしたのだ。おおかた今目の前にいる刺客も無理矢理従わされているのだろう」

「ああ、確かにおかしい。刺客はまだ小さいガキだ。それにしてもすげぇ魔力だ、王さまの護衛魔法使いにスカウトしたいくらいだ」


マリアンナはカラカラと笑うザックの横顔を見た。ザックという男は実にカラッとした気持ちのいい男なのだ。だがマリアンナに対してだけは辛らつだ。マリアンナはザックに何か嫌われるような事をしたたろうかと考える、だが今はそんな事考えている場合ではない。早くエドモンド王を狙う刺客を何とかしなければ。マリアンナはザックに声をかける。


「おいザック、お前の炎防御魔法ファイヤーシールドでは刺客がよく見えない。私とスノウの氷防御魔法アイスシールドに変えろ」


マリアンナはそう言いすてると、呪文を詠唱して、スノードラゴンを出現させた。ザックは見計らってファイヤーライオンの炎防御魔法ファイヤーシールドを解除する。すかさずマリアンナはスノードラゴンに頼んで氷防御魔法アイスシールドを作る。マリアンナは氷の壁に顔を近づけて刺客をよく見ようとした。刺客は小柄で、風魔法でも使っているのか、宙に浮いていた。刺客はどうやら少女のようでドレスを着ていた。そこでマリアンナはその少女が誰であるか気づいた。


「メアリー!ああなんて事」


マリアンナはショックのあまりその場にしゃがみこんでしまった。シドとシュラが心配そうにマリアンナの側によってくる。刺客の少女は、マリアンナの生徒のメアリーだった。その時、マリアンナの後ろでリクとミナの唸り声が聞こえた。シドとシュラはすぐさま反応し、背後に注意を向ける。つられてマリアンナも背後を振り向くと、廊下の曲がり角に人影があった。その人影はマリアンナの視線に気づくと逃げ出した。


「シド!シュラ!」


マリアンナは大声でシドとシュラに声をかける。シドとシュラは風のように走って廊下の角を曲がる、その後すぐに間の抜けた男の悲鳴が上がった。おそらく男はシドたちに捕らえられたのだろう。男の大声の恨み節が聞こえる、裏切り者、獣人め、などシドたちの事を知っているような口ぶりだった。そして、マリアンナはこの男の声を知っていた。はたしてシドにえりくびをくわえられ、引きずられてきたのはマリアンナのクラスの副担任メグアレクだった。マリアンナはメグアレクのえりくびをつかみ締め上げる。メグアレクは苦しそうに呻いた。


「メグアレク、貴様がメアリーにこのような事をしたのか!」


マリアンナは怒りに任せてメグアレクに怒鳴った。メグアレクはマリアンナを見るとニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて言った。


「メアリーがあんな事になっているのは、マリアンナ全てお前のせいだぞ。魔力の弱い女のお前がドラゴンと契約するからいけないのだ」

「私が憎いなら私に怒りをぶつけろ。早くメアリーを解放しろ」

「メアリーは俺の魔法具、契約の首飾りで操られているのだ。潜在魔力と生命力を出しつくしながら俺の命令を遂行する、すなわちシンドリア国王の暗殺だ。だがもう手遅れだメアリーにはもう魔力も生命力も残ってはいない、後数時間の命だ」


マリアンナは全身の血の気が引くのがわかった。メグアレクは笑い続けた。この男はマリアンナの怒り、そして悲しんでいる顔をさも嬉しそうにニヤニヤ見つめていた。おぞましい。マリアンナは背筋がゾゾッと寒くなった。今ここでマリアンナが泣き出したら、メグアレクをさらに喜ばせるだけだ。マリアンナは右手を握りしめると、渾身の力をこめてメグアレクの左頬におみまいした。メグアレクは大きく吹っ飛んで気を失った。


「スノウ!」


マリアンナはスノードラゴンに指示をする。倒れたメグアレクの身体は頭を残して氷で拘束された。メグアレクが凍傷になってもかまうものか。メアリーにもしもの事があったらメグアレクを生かしておける自信がなかった。マリアンナは怒りと悲しみでどうにかなりそうだった。メアリーをこのような目にあわせたのは自分の責任だ。召喚士養成学校の校長からも他の教師からもメアリーを早く魔法学校に編入させろと言われていたのだ。だがマリアンナはメアリーに召喚士になってほしかった。メアリーに自分の夢を実現させてやりたかったのだ。マリアンナがメアリーを手元に置いていたせいでメグアレクのような悪者に目をつけられてしまったのだ。


「マリアンナ」


いつの間にかマリアンナの側にシドとシュラ、イアンがいた。イアンの呼びかけにマリアンナは向き直る。目からは涙が溢れ出し、全身の震えが止まらない。マリアンナはおえつまじりに言った。


「メ、メアリーは絶対攻撃させないぞ、わ、私が許さないからな」


マリアンナは激しく怒った。怒っていないと泣き叫んでしまいそうだったからだ。イアンは痛ましそうにマリアンナを見つめながら言う。


「ああ、メアリーは傷つけてはならないと王から命令を受けている。もしこの男言った事が本当なら、メアリーを保護し、安らかに眠らせてあげるべきだ」


メアリーが死んでしまう。状況的にはそのように進んでいるのに、マリアンナは信じる事が出来なかった、否信じたくなかった。イアンは下を向いて涙を流すマリアンナの右手に触れた。イアンは水治癒魔法でマリアンナの腫れた右手を治療してくれた。そこで初めてマリアンナは右手の痛みに気がついた。マリアンナが覚悟を決めなければと考えた途端、スノードラゴンの氷防御魔法アイスシールドを突破して何かが勢いよく飛び込んで来た。それは大きな球体で、ゴロゴロとマリアンナたちの元に近づいてきて、マリアンナの前でピタリと止まった。


「先生!メアリーが!」


球体の中には、黒猫のドロシーを抱きかかえたアイシャがいた。アイシャとドロシーは攻撃魔法が飛び交う中、ドロシーの風防御魔法を使ってやって来たようだ。マリアンナはそで口で目元の涙をグイッとぬぐうと、つとめて穏やかに話した。


「アイシャ、メアリーはメグアレクの魔法具で操られているのだ」

「メグアレク先生の?!」

「メグアレクは先生じゃない、ギガルド国の刺客だったのだ。メアリーが首にさげている首飾りがその魔法具だ」

「ならその首飾りをメアリーから外せばいいのね!先生、あたしにやらせてください」


マリアンナはちゅうちょした。メアリーはもうすぐ死んでしまう、だがメアリーを助けたい気持ちでいっぱいのアイシャにそれを伝える事はできなかった。それに、アイシャならこの絶望の状況で奇跡を起こしてくれるのではないかと希望を抱いてしまう。死ぬはずだったマリアンナを救ってくれたアイシャならば。


「だがアイシャ、どうやってメアリーから首飾りを外すのだ?」


マリアンナの問いにアイシャが答える。


「あたしだけじゃだめなの、シド、シュラ、ドロシー手伝ってくれる?」


シドとシュラとドロシーは銘々にガウッ、ガウッ、ニャッと返事をした。マリアンナは我知らず祈るように両手を握りしめた。



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