何とかのオン返し

 数秒が経った。まだ動かない。とにかく宝石をしまおうと立ち上がり、

「うぬよ。気づいているのなら出迎えよ。話がある」


 若い女性の声。美しい声でもある。ただ平静な口調の薄皮一枚下に、溶岩のような激情を感じるのは気のせいであってほしいと願う。

 とにかく居留守は不可能のようだった。何の音もさせてないはずなのに気づいているらしい。

 ヨナスは急いで宝石をしまい、そのまま扉を開け、

「お待たせして失礼―――。」

 驚愕で最後まで言えず口が開いたままヨナスは止まった。


 声で期待していた以上の、記憶の中だとジュリア様でやっと比較対象になれるかという美人だったのもある。年齢は二十を少し越えたくらいで、ヨナスより頭一つ高い中々の長身と、服の上からでも分かるメリハリの効いた体型と、実に目立つ非の打ちどころの無い御容姿は感服ものだった。


 しかし美しさ以上に驚きの奇異さである。

 ヨナスが今生において初めて見るボタンクノ無しで帯を使う服装。

 何より赤い髪に目が引かれた。油を塗ったかのように光を反射し、膝裏まで届いている。写真で見たなら即CG加工と見なしただろう。

 これだけ美しければ伸ばしたくもなろうが、町から此処にくるだけで木の枝にひっかけて長さが半分になりそうな髪だとヨナスは思う。最もさっき感じた通りなら関係無いが。

 

「奇矯な奴。何を驚いているのじゃ?」


 ヨナスはやっと睨まれているのに気づいて口を閉める。黄金のダイヤのように光る瞳を見てまた唖然としそうになるが、何とか考えを纏め、

「それは、失礼とは思いますが、そちら様が余りに美しくて」


 訝しそうに睨まれ背をそらした所へ来た追い打ちの舌打ちに怯える間も無く、

「本心を隠すのに随分慣れているようだが、それだけでは無かろうが。欲情を草一本分見せずに雌の美を讃える雄など初めて見たわ。で、何を驚く」


 余りに直接的な言い方で目を白黒させるが、相手の眉が秒ごとに傾くので焦って、

「初めて見た古式ゆかしく感じる服を着ておられるのと、此処まで美しく長い髪を始めてみましたし、その―――山でその髪だと枝に引っかかって大変じゃないかな。と」


「―――そうか。この服は珍しいのかの?」


「此処らでは貴族の方が祭事の時に似たようなのを着るくらいです。遥か西方のジョウ皇国で高貴な方が着そうな服だと私は感じました」


 返事は鼻息一つ。普段であればこの時点でヨナスは追い返す努力をする。どんな美人であろうと面倒な人とは疎遠でありたかった。

 しかし今そんな考えは全く思いに浮かばない。自分でも正気とは思えない疑いを、先日見たのとそっくりな瞳を見る度に感じてしまうのだ。


 ―――まさか、幾ら超常の生物だろうと流石に鶴恩は。いや、鶴怨か? と。

 そして幼い頃真剣に夫へ怒りを抱いた話が現実になっているなら、対策皆無である。相手が強すぎて疫病下の五輪と勝負できそうなくらいどうしようもない。

 出来る事と言えば、今も厳しい目つきのお方の忍耐力を試さないようさっさと話しを進めるくらいだった。


「話しがあるとお聞きしましたが、何でしょう。お望みならお茶を淹れますが」


「屑茶は飲まん。だが小屋には招かれようぞ」


 ヨナスは黙って入り口を開け、偶の来客用椅子を引っ張り出す。



「昨日うぬが酒場で大きな鳥が飛ぶのを見たと話したはずじゃ。その時なんと話したか詳しく聞きたい」


 座って即だった。ヨナスは話し終わった相手の表情に変化が無いのを確認し、自分の動揺を気づかれてなさそうだと安堵する。


 おかしな話だ。この二日誰にも会っていない。だが相手の様子を見るに嘘を吐いている感触も無い。

 知らないはずの事を知っている。やはり鶴怨? と判断したくなるが、あの鳥が飛んだのは昼間。あれだけ大きいのだから他に見た人間が大騒ぎしたのかもと考え付く。

 だとしたらあの場所に一番近い小屋に居る自分の名前が出て、噂話らしく混ざり自分が喋った事になる可能性があり得るように思えた。

 軽くカマをかけてみようと思い、

「大きな鳥というと、鱗が生えた珍しい鳥の話でしょうか?」


 木の塊が床に落ちる乾いた音がした。

 ヨナスが其処へ目をやると、拳大の木がある。こんな物持ってたっけ。と考えた所で対面の彼女が自分の右手を持ち上げて不思議そうに、

「驚いた。勝手に動いたぞ」


 何の話だとは思わない。気づいてしまったのだ。彼女がつい先ほどまで右手を置いていた机の端が拳大に欠けていて、下に落ちている木はどう見ても机の一部だと。

 つまり、そういう事なのだろう。

 人間に出来る真似ではない。なら、彼女は―――。


 今の今まで目まぐるしく変動していた色が真紅に変わった。

 

「迷ったのは、我ながら愚かしかったのぅ」


 ヨナスも自分の愚かしさを強く感じていた。立ち上がるのが合図だったかのように女の赤い髪に光が走っていた。段々光は強くなって、


「うぬは大したものじゃぞ。はお前たちからすると長く生きておる。だが此処まで侮辱した言葉は想像も出来なんだ。―――ああ、時にお前たちは血が混じった者を忌避するな。其処から考え付いたのであろうか」


 髪の周りから弾ける音が連続して聞こえる。ヨナスは己が狂ったのかと思った事に、電気が走っていた。

 ヨナスの肌に汗が浮かび始める。恐怖の汗もあるが、室温が明らかに上がっていた。

 とにかく侮辱は誤解である。何とか理解してもらおうと、

「侮辱など考えてはいません! 私は、出来る限りの敬意を最初から、」

「存じているとも。だが人如きの意志、何のはばかりがある」


 相手の一歩に合わせて下がろうとしたヨナスの動きに反応され、急に顔が近づいたと感じた時には胸倉を腕一本で掴まれ釣り上げられていた。


に鱗とな。あの腐った苔沼竜のように、鱗とな! 死ぬがよい。さすれば我が苛立ちは慰められ、憂慮も晴れよう。

 驚いておるの。うぬら人は何時もそうじゃ。己が生きていられるのが天地の理と考えておる!」


 服が首に食い込み呼吸が苦しい。それでも何か言わなければ死ぬという確信に突き動かされ、ヨナスは相手の腕を両手で掴み体を持ち上げやっとの思いで、

「そちら様は、二日前にッ! 森の中でお会いした、大きく、美しい鳥ッッなのですよね?」


「ならばどうした。おおよそ気づいていたであろう」


「私が、その、無礼をしたのはっ! 何とかお助けしようとしてでッ!」


 恩を着せるのは大いに不本意だった。奇跡的に上手く行った善行なのだ。少しでも傷つけては非常に勿体ないとヨナスは思う。

 しかし他に恩赦の貰えそうな話が無い。

 結果は―――首に掛かる力で分かった。大凶である。


「ほ、ほぉおおおおお。が、それに気づいていなかったと言うのだな。相変わらずよの。己ら以外に知恵があるとは考えもせぬ。千の季節が過ぎても変わらぬ奴らめェッ! の目で見ればなッ! うぬらが獣と蔑む者と人は力の輝きに大した差―――」

 怒り一色だった女の表情に突然いぶかる様子が加わり、「う、む? 力の動きが―――何故こうも美しくながれておる?」


 怒りから疑問に表情が変わり、掴んだ場所も胸倉から両脇へ。ヨナスは一瞬楽になるが、あばらの軋む痛さで再び悶絶する。最早何も耳に入らない。


 その間もヨナスの胸を睨む女の表情は、疑問から驚愕に変わり、

「ンンン!? これは―――なんじゃ? 小さいが、力より更に美しい? いや、もっとッ!?」


 ヨナスが落ちた。

 女が火に触ったように飛びのく。あまりな速度に空気が抉られた異様な音が鳴った。

 小屋の壁を突き破りそうだった女は壁に触る直前に急停止し、飛び立つ寸前の鳥そのままの姿勢で警戒の構えを取って石のように止まった。


 一方警戒されてる方はうずくまり脇腹の痛みに耐えるだけで目一杯である。

 それでも時間が経って荒い呼吸が痛みと一緒に穏やかになっていき、突然静かになったのにびくびくしつつ顔を上げた。


 さっきまで自分を殺そうとしていた相手が、酷く怯えた表情で自分を見ている。色も薄い緑色に変わっていた。

 態度が変化した理由が何一つ分からない。何か言っていたような気はしたが、痛み以外思い出せない。

 しかし何もしなければ彼女が苛立つだけだと言葉を探し、

「何か、私を見逃せるようになるお望みはありませんか? 多分、私はそちら様にとって殺さなくても大丈夫な人間だと思うんです」


 考え付く限り下手に出る。人の言葉を使うだけの野生動物相手に法も情も恨みも無意味だ。

 胸斬の刑から逃げられるならヨナスは全力で足の裏を舐めたい。


「殺す? あるじ様を、がか? する訳無いじゃろ!!?」


 いや、君今私を胸部圧殺斬で殺そうとしましたよね? と言いかけヨナスは自分の正気を疑った。銃口を脳天に当てられるより不味い状態で反論は狂気である。クソみたいな日本人らしい平和ボケが未だにあるのかと寒気まで感じる。

 ―――にしてもあるじ様とは一体何がどうした。

 

「殺さないでくれるのなら感謝いたします。宜しければ、なんですが、誤解があるような気がしましたので、お話しをして頂けませんか」


 ヨナスの提案に対して、疑問半分怯え半分な表情で女は、

「―――もしかして、なのじゃが。あるじ様は縄張りを侵し、危害を加えたを痛めつける気がない……ように、感じるのじゃ。いや、あり得ぬとは思うのだぞ、も」


 這いつくばったままヨナスの目に穴が映っている。場所はつい先ほど彼女が自分を釣り上げる前に立っていた所だと確信できた。焦げ目まである。

 つまり、彼女は全身凶器という言葉さえ生易しいお方なのだと目に見えた。

 ヨナスは賞賛に値する事に怯えを見せず、ただし床に伏したまま笑顔で、

「お言葉の通りです。私はそちら様を困らせるのも嫌です。痛めつけるなんてあり得ません」


 女は何一つ見逃さぬとの気合がありありと伝わる目つきでヨナスを観察した後、安堵と思わしき溜息を吐いて警戒の姿勢を解き、

「素晴らしき寛容さと言うのだろうな。少なくともには出来ぬ慈悲、感謝する。―――で、だ。今更とお考えだろうがご尊名をだな。あ、の名はノクヤじゃ。その、駄目か?」


 勝手に好転した事態の空転を放置する欲求に耐えつつ立ち上がり、全力で顔を引き締めて恭しく頭を下げながらヨナスは答える。


「ヨナスと申しますノクヤ様」

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