女で男で狼な人間と、ただのエルフ

 剣の迷宮街から王都へと出発する前日、ヤーカとソフィアは慣れ親しんだ相部屋にいました。そして、ヤーカが寝ようとベッドに入ろうとしたとき、ソフィアが慎重な声を上げます。

「……ところで」

「何?」

 ヤーカは今まさに寝転ぼうとしていたのですが、何か話があるのかと体を起こしてベッドに座ります。そして、ソフィアは何を言うのだろうと、あくびをしながら耳を傾けていると、次の言葉で一気に目が覚めるのでした。

「キミ、性別はどうなっているんだい?」

「は?」

 ヤーカはあくびで開けた口をそのままに、驚愕の視線をソフィアへと向けます。驚きの表情を向けられたソフィアは、先日の襲撃の日のことを思い浮かべながら言葉を続けます。

「狼の時は男性器があったように見えたけど、一緒に寝た時胸があった気もするんだよね」

 ヤーカはしまったと顔を真っ青にさせます。確かに狼になっているとき、服を着るわけにもいかずに色々と丸出しでしたし、事件の後一緒に寝た時は慌てて着替えたので胸を潰していませんでした。

 そして、ヤーカの顔が真っ青になったのを見るや否や、ソフィアはにんまりと笑ってヤーカに飛び掛かります。

「脱げっ!」

「変態!」

 ヤーカは抵抗しようとしますが、あまりのことに一瞬反応が遅れてしまって、ソフィアに服を一気にまくり上げられてしまいます。果たして、服をまくり上げられたヤーカの体は、薄く割れた腹筋と、その上につつましやかな胸がありました。

 ソフィアはそれを見ると、次はズボンをずり下げます。そこには一本の肉の棒がありました。

「胸がある、男性器も……」

 ソフィアは先ほどの悪戯っぽい表情から、一気に真剣なまなざしになると、その男性器を掴んでその下を覗き込みます。そこには、確かに女性器もありました。

「女性器も」

 ヤーカは半泣きで絶交してやると思いながら、抵抗をやめてソフィアの好きなようにさせます。無駄に抵抗するよりそうした方がすぐに終わると思ったからです。

 しかし、ソフィアはあろうことか男性器をむにむにと弄り始めます。流石にその行為にはヤーカは顔を耳まで真っ赤にさせて足をジタバタとさせて、ソフィアを引きはがしました。

「ぶん殴る!」

 そして、服を整えたヤーカはこぶしを振り上げて立ち上がり、ソフィアへと顔を向けます。すると、ソフィアは何かを考えるように口に手を当てていて、その姿を見たヤーカは彼女のただの悪戯ではない雰囲気に、振り上げたこぶしを空中でぶんぶんと振ることしかできませんでした。

 一通り思考をしたソフィアは、そのエメラルド色の瞳で立ち上がったヤーカのことを見上げます。

「男性器は勃起する?射精は?生理は来る?」

「変っ態!」

 ヤーカは絶対答えてやるものかと口を閉じますが、当のソフィアが今までで初めて見るほどに真剣な表情でこちらを見てくるので、段々となぜか自分が悪いような雰囲気になっていきます。

 そして、結局ヤーカはため息交じりに、その質問に簡潔に答えました。

「する。一回だけ。時々来る」

 それを聞いたソフィアは首を大きくひねって、目をつぶり考え込み始めます。彼女のそんな様子に、ヤーカは怒りの矛先をどこに向ければいいのかと深い深いため息をつきました。

 そして、ヤーカはベッドに座ると、ソフィアが考えをまとめるのをじっと待ち続けました。結局ソフィアはたっぷり十数分考え込んで、それからようやく目を開いてヤーカへと向き直ります。

「性別と言う概念が現れたのは、創世記によると後半の方で、最初から男と女に分けられて作られたんだ」

「はぁ」

 ソフィアの突然の言葉に、ヤーカは気の抜けた返事を返します。しかし、一方のソフィアはあくまでも真剣な声色で、指を立てては折り始めます。

「創世代、神代から上先代、それからずっと下って紀元後を含めて、両性具有と言う性別は無かった。と思う。思い出せないだけかもしれないけど」

 創世代とは天地開闢の時代で、創世神が幾つもの概念を生み出したとされる時期です。ソフィアはその後半に性別が生まれたと解説していました。

 次に神代とは、創世神が生み出した神々が天地に現れ生物などを作り、共に過ごした時期。上先代は神々がやがて隠れるようになった時期、紀元後とは現代で完全に人や動物の時代となった現代です。

 ソフィアが言うには有史以来両性具有は存在してこなかったというのです。その語りにヤーカはつばを飲み込み、彼女の言葉に聞き入ります。

「天地創造において、現在最も大事な概念は『分ける』という物で、そういう意味では両方の性を持つのは非常に珍しい。想像上では幾つも語られてきたとは思うけどね」

 ソフィアは合わせた手を分離するような仕草をして見せます。ヤーカは詳しくはありませんでしたが、確かに創世神は一番初めに自分の体を分けて次の神を作ったはずでした。

 そこまで言ったソフィアは立ち上がって、ヤーカの荷物の中から白狼の毛皮の外套を取り出します。そして、それをヤーカの頭に被せました。

「確かに、狼に変身するキミを含めたネウロンの民のように、男から女へ女から男へと変化したとされる民族はいた。けど、やはり同時に両性を獲得するものではなかったし、生殖能力があるのはあり得なかった」

 ヤーカは被せられた外套を取り除きながら、冗談で射精や生理の話を聞いたのではないんだな、とどん底に落ちていたソフィアの評価を内心でひっそりと元に戻しました。加えて、ソフィアの言い方から察するに、男女を行ったり来たりしていた民族はもう滅んでいるようでした。

 ソフィアはそこまで講釈を垂れると、ヤーカの灰色の瞳を覗き込みながら問いかけました。

「キミは何者?」

 突然の哲学的な問いにヤーカは一瞬言葉に詰まり、すぐに首を振って、口を開きます。

「何者って、……ヤーカだけど」

 ヤーカのその言葉で部屋には沈黙が訪れ、二人はしばらく見つめ合います。そして、ヤーカはソフィアの考察の助けになるかもしれないものを一つ思い浮かべると、立ち上がって荷物の方へと歩み寄ります。

 そこから取り出したのは、表側には三角形が彫られていて、裏側にはらせん状の模様が、側面には何事かの文言が書かれていた銀色のコインでした。

 ソフィアはそのコインを受け取ると、指先で彫られた意匠を何度もなぞります。

「これは……、この意匠は記憶にないな」

 しかし、ソフィアの記憶にはこの類型になるものすらも存在していませんでした。ヤーカは何もわからなかったことに肩を落とすと、昔これを商人に貰った時のことを思い出します。

「昔は魔力が宿っていた。商人は何かの祭具だろうって。ところで、横の文字は?」

「ただの神聖語。中先代の魔道具に良く書かれいてる文言で『神よ、どうかその権能を分け与えてください』といった懇願の文章だよ。はっきり言って意味はあんまりない」

 中先代とは殆どの神が隠れて、一番最初の暗黒期と言われる時期でした。しかし、暗黒期とはいってもいまだに残る神の残滓によって、強力な魔道具が多数作られた時代でもあります。

「つまり?」

 ヤーカがソフィアに問いかけると、彼女はコインをヤーカに投げ返しながら冷静に言葉を発します。

「確かに魔道具だろうけど、何にもわからない」

「……」

 恥ずかしいことをされたあげく、何もわからなかったことにヤーカはため息をつき、ソフィアはそれに申し訳なさそうに眉尻を下げます。

 その後も両性具有になった時期や状況を色々と聞かれますが、結局何もわからずじまいで、今日はもう寝ようという流れになります。

 そして、二人がベッドに入って、しばらく経った後。

「ヤーカ」

 と小さな声が部屋に響きます。

 ヤーカがソフィアのベッドの方を見てみると、彼女はどこか心細そうにこちらを見ていました。

「ヤーカ、キミについて行ってもいいかい?友達として一緒にいたいし、両性具有と言うのにとても興味があるんだ」

 一瞬、ヤーカは先ほど襲われたことを思い出して断ってやろうかと思いますが、ソフィアの先ほどの膨大な知識や魔術の腕、打算的には断る理由はありませんでした。

 それに、自分の秘密を知っている上に、自分と同じような境遇の同性の友達です。ヤーカはすぐについてきて欲しいと思ってしまいます。

 ですが、やはり先ほど襲われたことは許し切れていなかったので、もったいぶることに決めました。そして、結局十数秒ももったいぶった後、ヤーカは寝返りをわざとらしく打って、ソフィアから顔を隠してから声を上げます。

「わかったよ。くればいいだろ。でも、さっきみたいに襲うのは無し」

 その表情は笑顔でした。

「うん。ごめんね」

 ヤーカからはその表情は見えませんでしたが、そう言ったソフィアの声もとても嬉しそうでした。

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