第11話 保健室は逢引の場にあらず。
どうしたことか保健室には養護の先生もいなくて、鍵も開けっ放しだった。
「鍵開いててよかったよ」
「本当ね。そうでなかったら君がずっとがっりがりの私をだっこしてなくちゃいけなかったんだものね」
「さすがにそれは無理です」
「ふふっ」
生明を抱き上げたままベッドに寝かせてあげる。生明の話だとなんだか赤血球の病気で貧血になりやすいんだって。そんな話をしながら生明は、ジャージのポケットから薬を取り出す。それをあたしが汲んできた水で飲んで、またベッドに横になる。
十分ほどすると生明は血色も良くなって回復してきたみたいなので、あたしはもう体育の授業に戻ろうと思った。
「じゃ、あたし授業に戻るから」
「いや」
小さな声だったが、生明のあまりにも意外な一言に驚いてはっとした。
「えっ」
ぎょっとした。体中の血が心臓に集まってドクンと鳴った。生明の手があたしの手首を掴んでいる。
「あ……っ」
胸がぎゅっとする。
「一人じゃ不安。せめて養護の先生が来るまで…… だめ?」
生明の実に心細そうな顔を見れば一も二もなかった。また胸がぎゅぅうっと苦しくなる。本音では側にいてあげたかった。だけどそんな自分が自分で理解できない。一体どうしたらいいんだろうあたしは。何と返せばいいのかが思いつかなくて固まる。
「……」
すると、ふっと寂しそうな、そしてどこかで大事な何かを諦めたような顔をして手を放す生明。
「……ごめんなさい。体育大好きなんだものね、君。邪魔しちゃいけなかった。どうぞ行ってきて。私はもう大丈夫だから」
あたしは口走った。衝動的に。
「ううん。ここにいる」
あんな、あんな顔されたらそう言うに決まってるじゃんか。
「篠さん……」
微かに安心したような表情を見せる生明。
「ここにいたいんだ。土曜の東屋みたいに」
「うん…… ありがと」
この後あたしは横になったままの生明と話をした。授業のこと、本のこと、スポーツのこと、大気汚染のこと、空気漏れ(※1)のこと、戦争のこと、アンドロイドのこと(※2)。興味のないことでも生明から聞かされると何でも楽しい。生明もあたしの話を嬉しそうに聞いてくれた。
しばらくして養護教諭の先生が帰ってきたので、今度こそお役御免かと思いきや、生明がちゃんと立てるようになるまで付き添いをするよう命じられた。
お昼休みは保健室で二人してお昼ご飯を食べた。生明のお弁当箱は小っちゃくて、あたしの半分以下だった。でもさらにそれを半分以上残す。
「ほら、だから栄養が足りないんだよ生明さん」
「あら、君くらい食べたら、もうさっきみたいに抱っこしてもらえなくなっちゃう」
「えっ」
やっと落ち着いていた血流が、また一気に顔や耳や首筋に集まって熱くなる。みぞおちのあたりがぎゅううっとなる。
「もう、なんで赤くなるの! やだもう」
そう言って笑う生明だって少し赤くなっていた。
「…………」
おかしい、食生活の指導をしたはずなのに、どうしてこんなに恥ずかしいからかわれ方されちゃうんだろう。「やだもう」ってこっちの台詞だよ…… もう。
それでも何だか二人だけで密会をしているみたいでドキドキしていた。生明も今まで見た中で一番楽しそうだった。
お昼休みも終わって生明もすっかり元気になったので二人して教室へ帰る。
あたしたちが戻ってきた瞬間、教室の雰囲気が一瞬変わった。けど、その後はすぐにいつもの教室に戻った。
ただ、初美だけがあたしのことをずっと見ていた。
▼用語
※空気漏れ
人々にとって最も恐ろしい事故のひとつ。隔壁のひびから空気が漏出し減圧する。最悪の場合爆発的に減圧し、周囲の物や人を吸い込んでゼロ気圧の域外へ放り出してしまう事すらある。
※戦争のこと、アンドロイドのこと
現在人類統合政府はアンドロイド連合と交戦状態にある。既に八年が経過し、主惑星ローワンの全土の七割はアンドロイド連合に占領されている。そのためスペースコロニーから惑星ローワンへの移住計画は頓挫している。
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