第5話 盗み見を繰り返すとさらなる運命に絡め取られる。

 夏休みも近い土曜日、プロキオンズとミニッツの一戦を観戦しようと友達と約束していたのに、老朽化したGボウル競技場の天井が崩れる事故が起きてしまった。その結果試合は中止。最近は老朽化老朽化って、こんな事故ばかりでいやになる。

 あたしたちはすっかりしらけてしまい、そのまま解散する羽目になってしまった。


 さあ、どうしよっかな。うちに帰ってハンティングゲームのダイアモンドボルト(※)でもするかな。あれ木曜から新しいイベント始まってたんだよな。


 それともまたバッセン行こうか。


 バッセン。


 そう思い付いた途端、心臓が飛び跳ねる様に拍動した。

 思い出したんだ。生明あさみの横顔を。

 ヤバい、心臓のドキドキが止まんない。なぜだ、なんでだ…… なんで生明のことで心臓がこんなことに…… わけわかんない。


 でも、また生明のあの姿を目にしたい。あの細くて頼りなげな姿を。その気持ちがどうにも抑えられず、あたしは自転車を旭第一公園に向けた。

 盗み見したいだなんてヘンタイかあたし。ヘンタイなのか。でも生明の姿が見たいと言っても会話する気にはなれなかった。またつっけんどんにあしらわれるだけだろうから。


 まるで悪いことをしようとしている気分だったので、八段変速の自転車を漕ぐ足が重い。あそこに生明がいない方がむしろほっとする。

 そんな事をずーっと頭の中でぐるぐる考えながら公園まで辿り着いた。のろのろと自転車を停めもたもたと東屋に向かう。本当にこんなことするなんてあたしってばどうかしている。ほんとどうかしてる。


 桜の古木の陰からそっと東屋の中を覗いてみると、果たして生明はそこにいた。

 心臓のドキドキが止まらない。人を覗き見しているという後ろめたさがさらに心拍数を上げる。


 東屋の中の生明はやはり本を読んでいた。いっつも読書しているけど、一体何の本を読んでるんだろう。そう思ったのも束の間少し俯いた生明の髪とうなじに魅入られる。心拍数が急上昇する。


 突然生明が振り向く。あたしと目が合う。ばっちり合う。なんだなんだ、こっちの視線に気づいたのか。

 心臓が凍り付くかと思った。どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。


 ええい、ままよ。


 開き直ったあたしは東屋に向かって歩いて行った。

 だって逃げたりしたら絶対怪しいじゃん。大体逃げるのは性に合わないし。ここは素知らぬふりで近づいてさりげない会話でもするのが無難だな、とそう自分に言い訳をしてあたしは東屋に入った。あたしは自分の手がほんの少し震えていることに気付いてなかった。


 生明の目はこの間やり合った時のような拒絶の色を見せていない。が喜んで招き入れる様な表情でもない。


 あたしは乾いた口を開いた。



▼用語

※ダイアモンドボルト:

ハンティングゲームとして現在一番人気のダイレクトゲーム。実在架空の武器防具を装備して旧世界(※1)中生代の動植物を狩猟採集する。昨年、完全架空のファンタジーワールド、「デモンズレルム」が解放されると、老若男女を問わず更に熱狂的に支持された。


※1 旧世界:

 地球そのもの、あるいはかつて地球が世界の中心だった頃の世界やその時代。

 こちらからでは詳細が観測不能な「大厄災」によって地球との連絡が途絶する以前の世界。「黄金期」と称する人々もいる。対して現代は「現世界」「黄昏期」と呼ばれる。


※2021年1月13日 脚注▼用語※ダイアモンドボルトを追記しました。

※2021年1月9日 加筆修正をしました。

※2021年1月20日 脚注▼用語※1 旧世界を追記しました。

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