第11話 照合
見てきたばかりの装飾を思い浮かべた。
べつに壁の前に立ち尽くさなくても、手がかりを考えるだけならどこでもできる。
蔓草の絵と、窓。
窓はいくつあっただろうか。見たままをそっくりそのまま取り出すつもりで宙を睨む。右から一、二、三、……六枚?
身を乗り出して三階を見下ろし、実際に数えてみた。
まちがいない。六枚だ。
父の言葉が聞こえた。
『糸はすべてつながっている。糸は糸を補強する』
糸――窓。
そういえば八階にも窓があった。文字の上に本物の窓が。あれも糸のひとつなんだろうか。足元にあった文字。そこにも意味があるなら。
八階の窓を、隠し通路にあった窓に置き替えてみる。
窓の下、窓から遠い足元にある文字は、床の下を指してるんじゃないか。アンバインが敷き詰められた床の下に、隠された二階がある。そういう意味かもしれない。
八階の窓も三階の窓も、「あるはずのない窓」を表している。だとすれば合言葉の位置も似通っているはず。
柱の陰で膝を抱えた。六枚の窓が並ぶ壁を、頭の中に呼び出す。
文字を隠すなら、この窓よりさらに下に行けるという意味で、床? 八階の文字が引っかき傷みたいだったように、ここでも刻まれている。
六枚の窓の下に刻まれているのか? バラバラの順番で六文字が? 並び直して煉瓦を押せばいい?
いや、八階と同じ仕掛けじゃないはずだ。『仕掛けは多いほうが楽しい』んだから。別の工夫をされていると思う。
六枚の窓。六という数字は無視できない。窓、だけど、正確には彫刻だ。六個の半円形を縁取る装飾。
かたどられた花と葉っぱと茎。
茎が曲線を描いていた。絡みあって、どことも交わっていない部分は空洞になっていた。その、形。
「あっ……たかも」
思わず出てしまった声を途中からひそめる。
あった。あったと思う。
最初に見たときは「蔓草に似ている」としか思わなかった。でも思い返してみると、あの草花の絡み方には違和感がある。
階段を駆け降りた。通路を突っ切って、横に交わる道の手前で立ち止まる。
顔だけを出して周囲を窺った。さっきの看守は足音がしなかったから、不意の接近が怖い。
天井の蝋燭がぽつんぽつんと床を照らしている。人の姿は見えなかった。
今のうちだ。
いちばん手近な、通路の右端にある彫刻に近寄った。
曲がりくねって交わる茎と茎。その重なり方をじっくり観察する。たしか、下のほうだ。
「あった……」
右枠の、床に近い場所に意味のある形が存在していた。ゴゾイアの古い文字。八階にもあった、最初の一文字と同じ形。
いったん文字だとわかってしまえば、もうそれ以外には見えない。これでよく隠せていたなと思うほど、絡みあう茎は文字だった。
ほかにもあるかもしれない。舐めあげるように目で辿った。
あった、と口走るかわりに息を吸いこむ。
窓の上だ。真ん中に二番目の文字が見える。
六枚すべての窓を調べた。
隠し扉になっている窓を覗いた五枚の窓に、まったく同じ文字が同じ数だけ存在した。文字がある位置もすべて同じだ。これが合言葉。
仕掛けを動かす装置はどこにあるんだろう。
文字が唯一ない窓の前に立った。隠し扉になっているところ――左から三番目の窓。
三番目? どこかにあったな、三番目。
記憶の糸を手繰る。そうとは知らずに触れていたはずの、糸の端。
八階だ。
八階で一番目の文字が刻まれていたのが、左から三番目だった。最初に押すべきタイルがあった場所。
三番目。ここは三階。そうか、これも一致する。
この三階にはふたつの合言葉が仕込まれている。ふたつ、つまり二箇所の。
息を大きく吸って、目の前の彫刻とあらためて向き合った。
ほかの五枚では文字になっている部分には、茎が一本と葉っぱが一枚しかない。
ただ、茎と葉っぱの間隔が妙にあいている。
膝をついて、右下の空洞に手を入れた。四本の指が隙間にすっぽりと入り、彫刻の背後にある壁に難なく届く。
さらに指を押しつけると、壁がわずかに動いた。グッと力を入れて、もっと強く押してみる。
茎と葉っぱに囲まれた部分だけが、周囲の壁より奥に引っ込んで止まった。カタン、という小さな音も耳が拾う。壁の中からだ。
草花の彫刻が微笑んだ気がした。
心臓が大きく波打っている。壁に触れたままの指が熱い。
手を離すと、引っ込んだ壁が前にせり出して戻った。ここが一番目なら、次は上だ。勢いをつけて立ち上がる。
腕をまっすぐ伸ばせば背伸びしなくても届いた。空洞を指先で押す。壁が引っ込んでカタンと音がした。
解けたんじゃないだろうか。
さっそく窪みに手をかけた。でも扉は期待を裏切って、まったく動かなかった。
文字がある窓は五枚だから、今のを五回やれ、ってことかもしれない。
悩んでいる暇はないから手早く実行する。立ったり座ったりと疲れる動きなのに、ふしぎと体は軽かった。
これで開くだろうか。
窪みに指を添えて力を入れた。すぐに重い抵抗が返ってくる。なにも、変化は起こらない。
大丈夫。落ちこむにはまだ早い。押す順番をまちがえてるんだ。ということは――
右目の端に光が切り込んだ。亡霊の影みたいに唐突に、冷たい光が現れた。
全身が心臓になったみたいに鼓動する。
交差する通路に光線が伸びていた。看守だ。
今どのへん? あの角まで来たら、こっちを照らされたら、捕まる。
隠れたほうがいいだろうか。でも看守をやり過ごすだけの時間はたぶんない。
右下の空洞に手を入れて壁を押した。へこみが戻るのを待つのがもどかしい。通路に伸びる光はゆらゆらと動いている。
五回連続で押したあと、上の壁も五回、叩くように押した。
窪みに手をかける。力を入れて横に引く。
暗闇が一斉に緑色のきらめきを返した。
うれしそうな笑顔が出迎えてくれたけど、中に入るなり背を向けた。扉が完全に閉まる直前、目の前を光が横切った。
扉が閉まる音は小さいけど、近くにいればわかる。看守の耳にも届いてしまっただろうか。
黒い扉にくっついて耳をそばだてた。
なにも聞こえてこない。足音はもちろん、話し声もしない。
「おかえり」
「……離れよう」
扉の近くで話すのは怖い。歩き出すと、びっくりするくらい足が震えていた。
階段の手前まで歩き、たまらず座りこむ。
「ちょっとだけ休ませて。疲れた」
「いいよー」
レフが笑顔で階段に腰掛けた。
アンバインの光は穏やかだ。眺めていると、地獄から待避できたという実感が湧いてくる。だけど動悸はまだ静まりそうにない。
隠し扉の存在に看守が気づかなければいいけど。扉を叩く音がしてこないから、たぶん気づいてない、と思いたい。
「すごいねエルタン。有言実行だ」
「ギリギリだったけどね。看守に見つかったし……」
「あ、やっぱりそうなんだ。ちょっと聞こえてたよ。内容まではわからなかったけど。殴られたりした? くたくたになってるのはそのせい?」
「あー、殴られてないよ。走ったから疲れてんの。それより、仕掛けね。わかったよ。開けられると思う」
視線をレフから外し、横を見る。
八階から続いてきた階段はここで終わり、突き当たりは真っ黒な壁だ。あの世の入り口みたいな暗黒。
「あそこが開くよ。二階におりられる」
「扉があるの? 調べたけど、特にそれらしいものは見つからなかったよ?」
「開けてみればわかるんじゃないかな」
「どうやって開けるの?」
「窓だよ」
「えーわかんない。説明してよー」
「勘がよければ、三階の仕掛けを解いただけで最後の扉も開けられるんだ。八階のは手がかりを追加してくれてるだけだな」
話しながら時間を確認した。日付が変わるまで、あと九分。
「まず、八階から三階まで六階分。設計図では二階まであるのに、実際は三階で行き止まり。八階の仕掛けは六文字を順番どおりに並べ直さないといけない。だから三階を一階だとみなして数え直す。すると、四階が二階。二階は設計図にしかない。設計図には描かれてなかった窓があるのも、四階だ」
「うん……? わかるようでわからないような」
「つまり窓がとってもとっても重要だってこと。いくつもの暗示が四階の窓を指してるんだから。で、肝心要の三階の仕掛けね」
いったん話を区切って立ち上がる。
「窓まで行こう」
「肩を貸そうか?」
「どうも。でも平気」
のんびりするつもりはない。急ぎ足で階段をのぼりながら、ついてくるレフに続きを聞かせた。
「三階の隠し扉は横に引いて開ける。窓と同じ開け方だ。あの扉は外から見ると、窓みたいな装飾になってた。だからあの隠し扉は窓を表してるんだ」
「へえ……面白い」
レフの声が浮き浮きしていた。
同じ言葉でも、看守が言ったのとはまったくちがう響きだ。「面白い」という言葉の正しい使い方を聞いたと思った。
「三階の仕掛けも、八階と同じように文字を見つけないといけなかった。文字はゴゾイアの古い文字で、最初の二文字。一番目が窓の右下に、二番目が上側にあった。装置も同じ位置にあって、右を押したあとに上を押すのが正解」
「すごいねえ。八階の文字もよく見つけたなって思ったんだよ。三階のも見つけづらかった?」
「見つけたとき、すっごいワクワクした」
声が上擦ってしまった。気持ちは張り詰めていたけど、宝探しみたいだと感じていたのも本当だ。
「一緒に見つけたかったなあ」
「だめだって。出てこなくて本当によかったよ」
窓から月光はさしこんでいなかった。
シルアリンが見えるほど外は明るいけど、覗きこんでも月が見えない。ここからでは確認できない位置に動いてしまったんだろう。
「アンバインはずっと寝てた?」
「あ、うん。けっこう長く寝てた」
暗闇の中でレフは待っていたのか。解答を持って帰ることができて本当によかった。
「大工にとって、設計図って絶対なんだ。寸法まで書いてある詳細図は特にね」
「うん?」
「あの設計図はこの謎解きのためにあえて用意した偽物だと思うけど、それでも、設計図に描いてないものは存在しちゃいけないんだよ。逆に描いてあるものは存在しないとだめなんだ。ってことで、この窓は閉めます」
石の扉についている出っ張りを両手でつかむ。体重をかけて後ろ歩きで閉めようとした。
「手伝うよー」
レフの手がかさなった。引っ張るのとは反対に、扉を押してくれる。
「これ、レフのひいひいおばあちゃんも開け閉めしたのかな? けっこう力がいる」
「したんじゃないのかな? ひいおじいちゃんの話では、元気溌剌な人だったらしいよ」
仕掛けも解けるし、重い窓も開閉できたなんて、百年前のお姫様にはかなわない。
「超人だったんだね」
「ほんとにねえ」
笑いがこみ上げた。本当にどんな人だったんだろう。
外の明かりが見えなくなっていく。石の扉を右端まで動かしたとき、最後に沈む感触があった。石と石が互いに噛み合うような音も聞こえた。
「もしかして、今のかな」
「なにが?」
「右側だけ沈んだでしょ? 最後の音、下から壁の中を通ったように聞こえなかった?」
「仕掛けってこと?」
「そう。三階の扉と同じだと思うんだ。最初に右側の仕掛けを動かす。文字の位置も下側だったし。だからこの窓の、右の下側に仕掛けがあるんだろうなって予想しててさ」
「じゃあ開けちゃいけなかったんだ」
「開ける必要はないってことだけど、でも窓があったらふつう開けるでしょ? こんな場所だし」
「たしかに」
「それに、これが窓だってことを確認するためにも、一回は開けないといけない」
だってほら、と閉じた窓を指さした。
「こうやって閉まってると、アンバインが抜け落ちただけの壁にしか見えないだろ」
「そっかあ。じゃあ仕掛けはもうひとつってこと?」
「上だね」
立ち上がると窓は膝までしかない。ほんのすこし腰を屈めて、窓の上に埋めこまれているアンバインを撫でた。
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