その11
「兼吉の匕首の鞘が長屋で見つかったそうです」
浮多郎が話すと、
「どうしてそれが兼吉のものと分かる?」
腰の具合が悪い政五郎は、せんべい布団に腹ばいになったまま生返事をした。
「さあ、また兼の字でも彫ってあったのでしょうか」
「丑松の得意の手だろう。証拠品をじぶんで投げ込んでおいて、じぶんで見つける」
政五郎は、鼻先で笑った。
「旗本の桐野新左エ門は背後から袈裟に斬られ、匕首のようなもので心ノ臓を突かれて死んだ。斬った刀を見つけるのが先だ」
「岡埜さまが聞いた話だと、袈裟の斬り口が見事だったそうで」
「試し斬りかね?いずれにしても、斬ったのは侍にちがいあるめえ」
「獄門の辰の首も、背後から見事に一刀で斬ったそうで。これは岡埜さまごじしんが検分したので間違いありません。こちらも侍の仕業でしょうか?」
「それもかなり腕の立つ侍だ」
政五郎はしきりに頷いた。
「教勝寺のご住職は、前から首を絞められました。ということは顔見知りの仕業で?」
「さあ・・・」
「一連の殺人には天誅の匂いがする。三人の裏の悪行を知っている、悪を取り締まる者の仕業では、と当てずっぽうを岡埜さまに申し上げたのですが」
「悪を取り締まる者といえば、・・・目付、旗本、奉行所、火付け盗賊改めあたりか。岡埜さまは、どう答えられた?」
「終いまで言うな、と。岡埜さまに、何かお心当たりがあるのでは、と見ました」
「ふ~ん」
政五郎は、煙草盆を引き寄せ、キセルに煙草を詰め始めた。
そこへ、札差の丸源の使いという者が、開店休業中の小間物屋の店先に現れた。
「ちょいと根岸まで出かけてきます」
店先から奥座敷にもどった浮多郎に、
「どうしたい?」
と政五郎が声をかけた。
「落籍されて、桐野さまのお妾になった北角楼のお北さんが死んだそうです」
「すわっ」と跳ね起きた政五郎が、
「第四の殺人か?」
と声を挙げた。
急ぎ足で根岸の丸源の妾宅に駆けつけた浮多郎だが、丑松が庭先に居るのを見て嫌な気分になった。
「丑松親分がどうしてここに?」
不快な気持ちが思わず声に出てしまったが、むしろ丑松のほうが浮多郎の出現にどぎまぎしていた。
「あ、いや。・・・お北姐さんとは、北角楼の時からの昵懇でさね」
と言うなり、雲を霞と消えて行った。
番屋の小役人と丸源の主が、お北の死体の傍らに立っていた。
お北は武家の妻の作法通りに、白無垢の死装束の両足を紐で縛り、懐剣で喉を突いて果てていた。
部屋の隅で、小間使いの少女が泣きじゃくっていた。
「今に奉行所から検死人が来るが、・・・まず自死でまちがいあるまいて」
小役人がひとり呟いた。
「何か予兆でもありましたか?」
浮多郎が丸源の主にたずねた。
「いや、何も。小間使いが店にやって来て、お北が至急の用でというので駆けつけたのだが。・・・侍ならば、殉死というところかねえ」
主は沈痛な面持ちで、ぽつりと言った。
小間使いが泣き止むのを待って、話を聞いた。
たしかに丸源にはお北の使いで出かけたと答えた。
特に怪しい出来事もなかったので、故殺の線はなかった。
「さっき来ていた丑松という岡っ引きは何しに来たんで?」
少女に浮多郎がたずねると、
『何か書置きのようなものはなかったか』
と執拗にたずねたという。
「あのおじさんは今日初めて来たのかね」
と問うと、
「うんにゃ、前にも来たことがあるで」
少女は驚くべき証言をした。
それで、浮多郎は西本願寺裏の辰五郎の乾物屋に寄ってみる気になった。
「ああ、その鬼瓦のような顔をした岡っ引きは、旦那さまが殺される前夜に現れました」
手代はよく覚えていたが、奥座敷で話し込んでいたので、どんな話だったかは知らないとも言った。
丑松が帰るとすぐ、「塩でも撒いておけ」と辰五郎がえらい剣幕だったと付け加えた。
最後に、湯島天神下の教勝寺へ向かうころは、日もだいぶ傾いていた。
やはり夕べの勤行とかで、浮多郎は長い間待たされた。
やっと玄関に現れた副住職の勝栄坊は、「またお前か」と舌打ちした。
「もしかして、丑松に陰富のことで脅されていたのではないですか。ご住職が吉原に下見に出かけたとき、あとをつけてきた若者が怒鳴りこんで来た。奉行所にこう言ってくれれば、陰富のことは黙っていると」
浮多郎がまくし立てると、勝栄坊はあんぐりと口を開けたまま動かなくなった。
浮多郎は、「図星!」と膝を叩いた。
「ご住職の吉原通いも、こちらのお寺さんが寺社奉行とつるんで陰富でしこたま儲けていることも、奉行所は先刻お見通しなんで、丑松の脅しは脅しになってませんぜ」
浮多郎は、こころ密かに大見得を切った。
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