その5
言って俺はメアリー様とエリザベス様を見た。俺の話を聞いていたおふたりが、恐怖を押し殺したような顔でこっちを見る。
「私は、エイブラハム様を探しに行かなければなりません」
「私もです」
「こういうわけですから、それも無理なわけですが」
「――ああ、これも愛の成せる技なのですね」
歩きながらエイプリル様がほほえんだ。
「人間の、しかも家柄のいい淑女に、これだけ愛されるとは。さすがはエイブラハム様です。私も幼なじみとして誇りに思います」
エイプリル様が言い、大輪の花のような笑みを浮かべた。つづいて、どうしてだか、俺のほうを見てくる。
「ところでアーサー様は、心に決めたお相手がいらっしゃるのでしょうか?」
妙な質問をしてきた。
「え、いや、そういう相手は、べつに」
俺はものごころついたころから、勇者の子孫として恥じぬよう、徹底的に戦闘の訓練ばかり受けてきた。それだけだ。淑女に対する礼儀はわきまえているつもりだが、意中の相手というのはいまのところ存在しない。
俺の返事に、エイプリル様が嬉しそうにした。
「それは好都合ですわね。魔将軍の家柄であるエイブラハム様と決闘することになってもまったくひるまず、この魔王城のなかでも怯えることなく堂々と歩き、しかも、かつて魔王様を倒した勇者の子孫。ただの怖いもの知らずではなく、力あるものだということは間違いありません。とてもふさわしいお方だと思います」
ふさわしいって、何がだ? というか、何か変なことになってないか? どうしたらいいのか迷う俺の前で、シルヴィア様がこっちをむいた。普段とは少し違う苦笑いである。
「いまはエイブラハム様が行方知れずで大変だというのに。そういう話は、べつの機会にするべきではありませんか?」
「あ」
エイプリル様が、少し恥ずかしそうに下をむいた。
まあ、なんだかわからないが、助かった。
「それで、あの」
「つきました。ここです」
どこまで行けば――という俺の質問をさえぎり、シルヴィア様が立ち止まった。目の前に、巨大な扉が見える。ただ、ここは玉座の間ではない。魔王がいつも鎮座していたのは、もっと奥の部屋だったはずだ。
「ここは玉座の間ではありません」
シルヴィア様も同じことを口にした。
「ただ、魔王が玉座の間から飛びだし、かつての六大勇者と決戦したのが、この場所だったのです。あのときは魔王も黙っていられず、魔王城に乗り込んだ勇者たちを自分から出迎えたのでした」
「そうでしたか」
エイプリル様が感心したように返事をした。
「そうだったのですか」
俺も感心したように返事をした。というか、本当に感心した。これは俺も知らない話だったからである。魔王が倒されたとき、俺は確か、下級魔族を率いて都で大暴れしていたからな。それにしても、シルヴィア様は本当によく知っていらっしゃる。――というか、いくらなんでも知りすぎてないか? シルヴィア様は自分のことを、女神様の眷属だと言っていた。そういう立場のものが、ここまで魔界大戦の内部情報を把握しているものなのだろうか。
「では、扉をあけますので」
疑問に思う俺の前でシルヴィア様が言い、大扉に手を当てた。
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