第10話 気づき
「なんでそんな話に…」
和樹は魔物を傷つけることが怖いだけで今やってることそのものを否定するような言葉に驚愕と僅かな怒りを含んだ声で返す。
「魔物の討伐に抵抗があるというなら魔王軍となんて戦えないと思いまし。」
ヘイムにそう言われ和樹は、はたと気づく。
確かにヘイムの言う通りだ。魔王軍とだって殺し合いになるだろう。相手は魔物とは違い知性があり、今以上に抵抗が大きいだろう。もしここで何も出来なければそんなものは夢のまた夢になってしまう。戦闘能力以前の問題なのだ。
「和樹さんはどうして魔王軍討伐をするんですか?」
フレミーは顔色が悪くなりつつある和樹に理由を聞く。
「それは女神に言われて…」
「それは知ってます。他人から言われてやるんですか?自分の意志を持って行動出来ないとここで立ち上がったとしてもこの先やっていけないと思いますよ。」
和樹は図星を突かれ黙り込んでしまう。
フレミーが言うことは正にその通りだ。他人に言われたからで長続きする訳がない。
魔王軍は知性があるだけでなく強い。もし戦うというのなら相当なモチベーションが必要になる。自分の中に揺るがない意志が無ければ、もしここを乗り越えたとしてもどこかで挫けてしまうのが関の山だ。
だが和樹の中には魔王の討伐をしたいという思いはあるのだ。それもなんとなくではなく、はっきりとしているものが。
だが和樹にはなぜそんな風に思うのかが分からない。
ここは異世界で慣れ親しんだ場所ではない。しかも何が何でも助けたいと思える人がいるわけでもないのだ。フレミーとヘイムは大切に思うが和樹が助けなければならないほど弱い訳が無い。むしろ和樹が守られる位の実力がある。
「もう一度聞きます。和樹さん、どうして魔王討伐をしたいと思うのですか?」
恐らくここで回答を間違えれば魔王討伐は諦めさせられてしまうだろう、和樹はそんなことを悟り目を瞑る。
そしてどうして魔王討伐をしたいとそんなにも思うのか探る。異世界に来てスキルが使えるようになったテンションで、では説明がつかないこの気持ちは何なのか和樹は自分の中に問う。
問.俺がやりたいことは?
答.魔王討伐。
問.なぜそんなにもやりたい?
答.自分にとって大切なものがあるから。
問.その大切なものは何?
そうして自問自答をすると瞼の裏に浮かんでくる姿があった。
最初に浮かび上がったのは失踪した両親の顔。次に数日前まで住んでいた元の世界の家,最後にフレミーとヘイムの顔だった。
最初の2つは魔王討伐には関係ない。とすると魔王討伐をしたいと思わせるのは後者の2人の存在だ。
だが和樹程度の実力で助けれるような2人ではない。自衛した方が安全なため今の和樹が守ろうにも心配をかけるだけだ。
では2人の何がそう思わせるのか?
その問いは和樹にフレミーとヘイムと過ごした今朝のことそして計画を立てたりしたことを思い出させる。
「そうか…。だからこんなにも…」
そんな何気ないどうでも良いような時間の記憶は和樹にとってフレミーとヘイムの存在が唯一と言っても良い程の居場所になっていたことに気付かせる。
和樹は両親に捨てられ(真意はどうあれ和樹はそう感じてる)異世界に転生してきた。その結果、元の世界で家族という居場所と慣れ親しんだ場所この2つを短期間の内に連続で失っている。
この居場所の喪失は和樹に大きな寂しさと果てしない絶望を与えた。
そんな中、和樹に良くしてくれている2人の少女。しかも同じ目標を立てて行動まで始めた。
そんなフレミーとヘイムの存在は出会って日が短いとはいえぽっかりと空いてしまった穴を埋め、少なからず和樹を救っていた。
だから和樹は2人といると無性に楽しくなり2人のことを愛おしく感じこの関係性を普通よりも大切に思っていた。そして和樹にとってかけがえのないものとなった。
だから同じ目標を掲げて今の関係性のまま共に居たい。
無自覚にもそう思った結果、魔王討伐をしたいと強く思ったのだ。
「フレミー,ヘイム、どうして魔王討伐をしたいと思うのか分かったよ。」
2人に優しく見守られながら再び瞼を開いた和樹は今しがた気づいた想いを話す。
「今の関係が心地良いんだよ。こうしていることが楽しいんだ。まだ会ってから日は浅いけど安心していられる居場所があることがたまらなく嬉しいんだ。だからそんな居場所を守るためにも魔王討伐をしたいんだ。」
全てを話し切り1つ息を吐く。
「それなら何もせずとも傍にいれば良いでございまし。和樹は女神に遣わされたので私がお世話を致しまし。怖いなら無理しなくても」
「それは違うよ、ヘイム。」
和樹はその先は言わせまいと諭すように言葉を挟む。
「それは楽しい今とは違う何かだ。俺は今の関係性が良いんだ。同じ目標に向かって進んでいくためのこの関係性が心地良いんだ。ただ世話をされるだけなんて求めてない。だから魔王討伐をしない手は無い。」
最後に行き場を失っていた想いが溢れ出す。
「三度目はやめてくれ。もう二度とこんな思いは…」
「………」
一度ならず二度までも居場所を失った和樹が語るからこそ重みを持つ言葉に2人は何も言えず立ち尽くす。
フレミーはエルフ族の生き残りでヘイムは天使族のはぐれ者。和樹のように居場所を失った2人だからこそ感じ入るものがある。
それまで静かに聞き入ってたフレミーは和樹の言葉をゆっくりと噛みしめ決断した表情になる。
「でしたら頑張りましょう、和樹さん。私も大切な人達が居なくなる辛さは良く分かります。和樹さんがそう感じるならそうしましょう。全力でサポートします。戦うのが怖いなら少しずつ慣れていけば良いじゃないですか。それにそこまで言われて無下には出来ないじゃないですか。ね、ヘイムさん?」
「ええ。自分の意思を持ってやることならこれ以上は何も言いません。」
フレミーとヘイムが答えに納得し認めたことに和樹は安堵する。
「それと和樹。」
「ん?」
神妙な面持ちで切り出してきたヘイムに和樹は返事をする。
「先ほどは何も考えず諦めた方が良いなどと言ってしまって」
「あー、そういうのは良いよ。」
謝ろうとしてきたヘイムにあっさりと切り捨てる。ヘイムはというとまさかそんなことを言われるとは思っておらず唖然としている。
「俺も迷惑はかけちゃってるしそれでチャラってことで。」
「………そうですね。魔物の前で抵抗なく崩れ落ちた時はどうしようかと。」
これには何も言えず目を逸らす和樹。
「それなら私は貸し1つってことですね~」
そこへ追撃と言わんばかりに貸しを要求するフレミー。それに和樹は思わず呻き声を上げてしまう。
「今『うげっ』って言いました!?私にはその対応はおかしいです~」
貸しを作ってしまいため息を吐く和樹にまたもやフレミーが噛みつき笑いに包まれる。そうしてそれまでの深刻な雰囲気は嘘かのように霧散したのだった。
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