第2話 距離を置くために

 

「佐々川さんってすごいよね。やっぱりたくさんお金もらえるの?」


 夢の中に、中学生の頃の同級生が出てきた。


 当時から仕事をしていたため、クラスでは色々と目立っていた。

 奇異の視線を送られた。憧れの眼差しを向けられた。事あるごとに収入について聞かれ、何かをねだるような目で見られた。


「まあ、ちょっとは、ね」


 そう答えると、まず手始めにジュースをねだられた。お菓子をねだられた。アクセサリーや化粧品をねだられた。友達・・が要求する金額は、時間を経ることに増していった。


 一年の半分近くを仕事に費やす自分は、クラスメートと思い出の共有ができない。

 学校を早退することは珍しくなく、部活に入ってもまともに参加できず、先生からも特別扱いされ一部生徒から反感を買っていた。


 その埋め合わせをしたのが、お金だった。


 よくないと思いつつも、やめなければと自重しつつも、頼まれたら嫌だとは言えなかった。

 それを口にすれば、孤立することは目に見えていたから。


「……っ」


 急な雨音に意識が覚醒する。

 特別暑くもないのに、背中が汗で湿っていた。不快さに身体を起こし、シャワーを浴びようと立ち上がる。


「んー……はぁっ」


 全身をぐーっと伸ばして一息つく。

 昨日は二限目終了後に早退したが、次の仕事はしばらく先だ。ひとまず問題なく学校へ通える。


 今のところ、健全な高校生活を送っている。

 だが、中学生の頃のこともあり、あまり踏み込んだ関係になれない。向こうから仲良くしようとしてくれても尻込みしてしまう。


 シャッと、カーテンを開く。窓に映る自分は、酷い顔をしていた。

 そういえば、昨日助けてくれた男子もこんな顔をしていた。いつも寝たフリをして、誰とも話そうとしない変なやつ。彼にはお礼をしないと。


「お礼か……」


 やはりお金をかけないと、納得して貰えないだろう。

 助けた恩も返せないやつと吹聴されたら、誰も話しかけてくれなくなるかもしれない。

 

 綾乃は小さくため息をこぼし、窓に背を向けた。

 空を覆う鈍色の絨毯は、たった一筋の光も漏らさない。



 ◆◇◆◇



 金髪の件を経て、京介は昨晩これからどう振る舞うべきか思案した。


 目的は、佐々川綾乃からの好感度を落とすこと。

 そのためには、一つ条件がある。


 嫌がらせのような直接的な行為は厳禁。


 嫌われたいのは確かなのだが、印象を地の底に落としたいわけではない。まして、女子の悪感情はすぐ周りに伝播する。

 綾乃が友達や取り巻きたちにそれを喋れば、瞬く間に、「クラスに一人はいる無口で大人しいやつ」という勲章をはく奪され、「クラスに一人はいる陰湿で嫌なやつ」と虐められるのは想像に難くない。


 加えて、そういう行為は京介自身にとってもマイナスだ。

 他人が嫌がることをして平気でいられるほど、京介の心は弱くない。


 ならばどうするか。答えは容易に出た。


 会話になれば生返事。極力目も合わせない。目指せフェードアウト。

 元よりぽっと出の感情だ。こちらが特別なアクションを起こさなければ、綾乃もすぐに忘れてしまうだろう。


 また幸いなことに、彼女はカーストトップの陽キャ様だ。自分のような底辺を彷徨う人種と、公然の面前で真っ向からコンタクトを取るようなことはきっとしない。

 学校にいる間は、特に教室にいる間は問題ない。鉢合わせないように登下校すれば、向こうも喋りかけるタイミングを逃して、一週間程度で平穏が戻ってくる。


 完璧な作戦だ。


「あ、藤村っ」


 四限終了のチャイムが鳴り、クラスメートたちが昼食をとろうとざわつき始めた瞬間。

 綾乃の両手が、とんっと京介の机に降り立った。今朝同様に反射的に顔を上げてしまい、彼女の澄んだ双眸と視線が絡む。


「食堂いかない? 昨日のお礼に奢ったげるから」

「……は? え?」


 言うや否や、綾乃は「行くよー」と猫でも捕まえるように京介の首根っこを引っ張り教室を飛び出した。

 陽キャが公に陰キャと絡むわけがない。彼女が自分の立場を危惧しないわけがない。

 そんな都合のいい幻想は、あっさりと打ち砕かれた。


「ちょ、ちょっと」


 京介は彼女の手から逃れ、一歩二歩と距離をとる。

 どうしよう。何て言おう。このまま無言で引き返すのは、不自然な上に印象が悪い。弁当があるからと言おうにも、今日はそもそも食堂へ行く気でいたので何も持ってきていない。


「どうしたの?」

「どうしたって……そ、そりゃあ」

「遠慮しなくていいよ。お金はあるし」

「そういうことじゃなくて」


 仕事をしているのだ。一食分を奢るなど造作もないだろう。

 だが、そんな心配をしているのではない。そもそも奢られたくないのだから。


「……お礼とか、別にいいって。ティッシュ貰ったし。佐々川さんが稼いだお金なんだから、自分のために使えよ。奢られたって困るだけだ」


 我ながらいい台詞だと、京介は内心得意げに笑う。

 これなら不自然ではない。このまま教室に戻ったところで、彼女は何も思うまい。食事に関しては、家まで我慢するとしよう。


(……ん?)


 綾乃の顔色が若干変わり、京介は眉をひそめた。

 怪訝そうに、困惑するように、しかしどこか嬉しそうに、彼女は何やら考え込む。


「えっと……どうすればいいんだろ」

「何が?」

「藤村と一緒にご飯食べる方法」

「は?」

「私が奢らないとして、じゃあ、どうやったら藤村は一緒に食べてくれるのかなって」

「……僕が一旦教室へ財布を取りに戻ればいいんじゃないのか?」

「…………あー、うん、そっか」


 トンチンカンな質問を受け、普通に回答してしまった京介。

 綾乃はふむふむと納得する。次いで頬を染めて照れ臭そうに頭を掻き、メリハリのある身体を強調するように両手を後ろで組む。


「じゃあ、待ってるから」


 教室で話しかけられた時とは打って変わって、それはか細く自信なさげな声だった。

 よくわからないが、自由になった。解放された。京介は踵を返し、足早に教室へと戻る。


 何のことはない。このまま彼女を放置すればいいのだ。

 あとから聞かれても、お腹が痛くて保健室に行っていたと話せば手酷く嫌われることなく、しかし確実に好感度を落とせるだろう。


「……」


 ふと、先ほどの彼女の表情を思う。

 何故ああも自信なさげなのか。彼女が誘えば、大概の男子は大手を振ってついて来るだろう。女子だって断りはしない。


 自分のような日陰者ではないのに、どうして。


(いや、まあ、腹は減ってるしな。食べないと午後からもたないし)


 そう自分に言い聞かせて、うんうんと心の中で何度も頷く。

 ふと横目に外を見ると、雨はすっかりあがっていた。

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