小悪魔

 あの後、私も一緒になって頑張って言い訳をしたが、おじさんとねるこちゃんの双方を無罪とするには力が及ばず、結局ねるこちゃんが一週間の退寮たいりょう処分となってしまった。ちなみに寄宿生きしゅくせいが受ける罰としてはかなり重たい罰である。

 ねるこちゃんの家から学院までは結構な距離があるため、さすがに申し訳なく感じた私は一週間ねるこちゃんを部屋に泊めてあげて、一緒に通学することにした。

 そんなこんなでねるこちゃんを長時間放っておくのもはばかられたので、本日土曜日の弓矢ゆみやちゃんのお迎えも一緒に行くことにして、今は弓矢ちゃんと合流し日光の社寺の方角へ日光街道を歩きながらアンコちゃんに頼まれたお客様用のお菓子を見繕みつくろっている最中さいちゅうである。


「ヤマコさんヤマコさん、ちょうど通り道だし『さる焼き』はどう?」


 赤いランドセルを背負った、おさげ髪の美少女にしか見えない美少年――弓矢ちゃんが、天使のような笑みを浮かべて私を見上げる。兄弟なだけあって弓矢ちゃんは杠葉ゆずりはさんとそっくりの切れ長の目をしているが、いつも微笑んでいるので杠葉さんとは違って威圧感はまったくない。ちなみに今日は大きなパンダの顔がプリントしてある薄手の白いトレーナーを着て、下は黒いレギンスをはいている。


「いいですよ、弓矢ちゃんが食べたいんでしたら『さる焼き』にしましょう。私は湯葉ゆばまんじゅうが一番好きなんですけど、アンコちゃんからお客様にお出しするには向かないからやめてくれって言われてしまいましたし……あ、さる焼きのお店のすぐそばですし、ついでにカナリヤホテルベーカリーの直売店で二荒ふたあらあんパンも買っていきましょうか。バッケちゃんとハッチーが好きでしたもんね、あれ」


「やった、私もあれ好き」


 弓矢ちゃんと顔を見合わせて、ふふっと声に出して笑い合う。杠葉さんと違って良い子だな、弓矢ちゃんは。傲慢ごうまんじゃないしかわいいし、非の打ち所がない。


 歩きながらも、左右に幾度いくどとなく首を振っては通りに並ぶお店を眺めていたねるこちゃんが、感心したように言う。


「ずいぶんとお店があるのでござるな。それがしは寄宿生でござるから、学院の近場とはいえ外のことにはあまり詳しくないのでござるよ。こうして色んなお店を覗いて歩くだけでも新鮮で楽しいでござる」


 土曜日なので、今日はねるこちゃんも二荒聖陽女子学院ふたあらせいようじょしがくいんの制服(上下ともに茶色いせいか、一部の自虐的な生徒から『チャバネゴ〇ブリ』と呼ばれてさげすまれているが、私は可愛いと思う。)ではなく、私とお揃いの黒いスウェットの上下を着ている。普段は寄宿舎で生活をしており、実家に戻る際や学校の用事で外に出る際は基本的に制服の着用が義務付けられているので、ねるこちゃんは制服以外の外出着を持ってきていなかったのだ。だから何か服を貸してあげようと思ったのだが、ねるこちゃんは私よりも背が低く細いので、ウエストと手首と足首にゴムが入っているスウェットくらいしか着られる服がなかった。

 観光シーズンの観光地のど真ん中で、しかも土曜日ともなればおしゃれな恰好をしている人たちが多いのだが、その中で黒のスウェット姿の私とねるこちゃんは悪い意味で目立っていた。制服を着て遊び歩くのは校則により禁止されているため、退寮処分中のねるこちゃんが校則違反をしてしまうとさすがにヤバそうだし、仕方がないのだが……何かもうちょっとマシな服を買ってあげようかとも思っものの、近所には着物屋さんとかしかないし、私のお財布にはあまりお金が入っていなかった。杠葉さんから先月と今月で合わせて五十万円も受け取っているはずなのだが、どうしてこんなにお金がないのだろう? 自分ではほとんど使ってないんだけどな……。


 さる焼きのお店の前で足を止めて、飾り窓に猿がそっぽを向いた形をした焼き菓子が並べられているのを見たねるこちゃんが歓声を上げる。


「おー、おさるさんの形をしているでござる!」


「ね、かわいいよね。まだ売っててよかったー、結構すぐに売り切れちゃう日もあるから。私はクリームにしようかな」


「それがしはあんこがいいでござる。なんとなくでござるが、クリームよりもあんこの方がブシドーを感じる気がするのでござるよ」


「あ、それわかるかも。武士道って言ったらなんとなくあんこの方があるよね」


「お、弓矢もわかるでござるか? 嬉しいでござるな、なかなかブシドーを理解してくれる人って少ないのでござるよ!」


 二人のへんてこな会話を聞きながらぞろぞろと店内に入り、一つ200円のさる焼きのクリームとあんこを五個ずつと、ついでに一つ450円の二荒ふたあら生どら焼きのいちごクリーム、おぐらクリーム、まっちゃクリームをそれぞれ三個ずつ買って店を出る。

 そしてそのままカナリヤホテルベーカリーに行こうとすると、ねるこちゃんが「ぐぬぬ」とうなった。


「本当に誘惑が多い通りでござる。このさる焼きのお店の両隣がすでにおいしそうでござる、プリン屋さんとうなぎ屋さん……」


 そうつぶやいて、ねるこちゃんがちょっと悲しそうな顔をする。

 お金はあんまりないけど、ねるこちゃんが退寮処分を受けたことは私にも原因があるし、しかもよれよれの真っ黒なスウェットなんて着せてしまっているしで、なんだか断りにくいぞ。

 なお、ねるこちゃんも退寮処分となって先生からお財布を返してもらっているのだが(普段は寄宿生のスマートフォンとお財布は先生が管理している。ただし学内の自動販売機を使ったりすることがあるので、千円以下の小銭ならば持ち歩いても許されるらしい。)、今お財布に入っているお金を使ってしまうと今度実家に帰る時にお金が足りなくなってしまう。ねるこちゃんのお父さんはあまりお金がないようで、退寮処分が決まってねるこちゃんが電話をした際にもめちゃくちゃ焦った様子だった。私に対してあれだけねるこちゃんのそばから離れろと言ってきていたのに、最後には「一週間娘をよろしく頼む、あとで礼はするから変なことはするなよ? 絶対だぞ」などと言ってきたくらいだ。


「えっと、お昼はアンコちゃんが作ってくれていると思うのでうなぎはダメですけど、プリンでしたらまあ、買って帰る分には構いませんよ」


「え、本当でござるか? でも、なんだか同級生にお金を出してもらうのは気が引けるでござるな……」


 ムムムと悩んでいるねるこちゃんに、弓矢ちゃんが笑顔で言う。


「そこは大丈夫じゃない? だってヤマコさんって結構お金持ちだし、本当は何千年も生きてる凄い年上の大妖おおあやかしだもん」


「おおあやかし、でござるか?」


「えっ、ちょっ!? 弓矢ちゃん!? 私は人間ですよ、人間!」


「あはは、大丈夫だよ。別に妖怪だって知られちゃっても証拠なんてないんだし、それで退学になったりなんてしないでしょ」


「いやいや、そういう問題じゃないといいますか、今となっては私を人間扱いしてくれるお友達って貴重なんですから、変なこと言っちゃダメです! おしおきしちゃいますよ、おしおき!」


 そう言って私がお尻をペンペンと叩く真似まねをすると、「きゃー」と言って弓矢ちゃんがプリン屋さんに逃げていく。なるほどな、どうやら弓矢ちゃんの中ではプリンを買うことはすでに決定事項のようだ。


「ふむふむ、弓矢氏は妖怪が好きなのでござるな。それがしはパパうえのせいで、妖怪にはちょっと苦手意識があるのでござるが……山田氏は知っているでござろうが、それがしのパパ上がなんでもかんでもすぐに妖怪のせいにする困った男でござるからして」


「えっと、えと、私は本当に人間ですからね? みんなすぐに妖怪だって決めつけて色々と言ってきたりしますけど、本当に人間ですから」


「あはは。わかっているでござるよ、妖怪なんて居るわけがないでござる。もしも本当に妖怪が出てきたら、それがしがブシドーで叩き斬ってやるでござるよ」


 ねるこちゃんとそんなことを話しつつ、弓矢ちゃんを追ってプリン屋さんの店内に入る。

 ガラスケースに並べられた沢山のプリンを眺めていたねるこちゃんが、「む? なんでござろうか、一種類だけビンの半ばまでしか入っていないプリンがあるでござる……」と顔を近づけた。

 そして、「――ややっ!? なんでござるかこの写真は!? プリンの上に長ーいソフトクリームがのっているでござるー!?」と驚きの声を上げる。


「凄いインパクトですしプリンもソフトクリームも両方ともおいしいんですけど、さすがにそれは持って帰れないので、歩きながら食べることになりますよ?」


「ヤマコさんヤマコさん、ちょうどイートインコーナーが空いてる! 食べて行っちゃおうよ?」


「えっ、でも遅くなっちゃうと……」


「だめ……?」


 弓矢ちゃんが切なげな表情をして、上目遣いに私を見てくる。なんかズルい。


「う、いいですけど、急いで食べてくださいよ、急いで」


「やったー、ありがとねヤマコさん!」


 とりあえず420円の二荒ぷりんソフトを三つ購入して、イートインコーナーの椅子に座る。前に買ったさる焼きや生どら焼きが入った袋は空いていた椅子の上に置いた。

 お店自体が古民家をリノベーションした感じの可愛い建物なのだが、イートインコーナーも壁にステンドグラスがはめ込まれていたり、ステンドグラスのランプが灯っていたりと、いわゆる大正ロマン的な雰囲気を味わえるようなデザインになっている。

 ソフトクリームをぺろぺろとなめながら、弓矢ちゃんが微笑んで言う。


「ふふ、甘くておいしい」


「ですね。このお店のプリンとソフトクリームに使われている牛乳は、私とねるこちゃんが通う二荒聖陽女子学院がある霧降高原きりふりこうげんにあるささ牧場の牛乳を使っているんですよ」


「ほほう、そうなのでござるか。しかし、確か山田氏は最近こちらに越してきたばかりなのでござろう? それにしてはなんだか、やけに詳しいでござるな?」


「個人的にはそんなに甘い物が好きってわけでもないんですけど、えーと、凄いスイーツにうるさい知り合いがいまして、なんだか詳しくさせられつつあります」


 ソフトクリームを食べ進めつつ、弓矢ちゃんがふと思い出したように言う。


「そういえば今日図書室で読んだお話で、『おいたわしや』ってセリフがあったんだけど、どういう意味かわかんなかったんだよね」


「ああ、それは『老いたわしや』ってことですよ。老いて力もなく、何もしてやれない自分の非力を嘆いているんです。昔ばなしとかでたまにそのセリフが出てきますけど、いつもお爺さんかお婆さんが、なんか可哀想な目に遭っている人を見て言っていた記憶がありますもん」


「あ、そっか、そういうことなんだ。たしかにそういうシーンだった、さすがヤマコさん!」


「へへっ、高校生なんで当然ですよ!」


「あ! じゃあ、『珍しくはしゃいだ風のない日』ってどういう日かもわかる? これはセリフとかじゃなくて普通の文で出てきたんだけど、よくわかんなくって」


「多分、普段は強風が吹き荒れる地域なんでしょうね、風〇谷みたいな。その日は珍しく、たまたま風のない日だったので、テンションが上がってはしゃぎ回っていたんですよきっと。ほら、普段は強風のせいでできないかもしれないですけど、そういう日なら外で遊んだりとかもできそうじゃないですか」


「凄い、さすがヤマコさん! 長生きしてるだけあって、なんでも知ってるんだ」


「それほどでもないですよ、へへへ」


 褒められて良い気分のままプリンを食べ終わり、空きビンを店員さんに返すと、洗ってあるビンを持ち帰るか、それとも持ち帰らずにビンの代金である50円を返してもらうかどちらにするかとたずねられる。観光客ではない私たちは50円返してもらう方を選び、それから持ち帰り用に色々な種類のプリンを合わせて十個購入した。ちなみに冷光家では『みたらし味』が人気なので多めに選んで、私の好きな『クラシック二荒ぷりん』は一つにしておいた。

 しかし、冷光ていにお客様がやってくる時刻まであまり余裕がなかったものの、女子三人ともなると甘い物など一瞬で片付いてしまったな。あ、いや、弓矢ちゃんは男子なんだっけ……?


 お店の外に出ると、ねるこちゃんがお腹をでて満足そうに言う。


「いやはや、こんなに贅沢をしたのは久しぶりでござるよ。プリンとソフトクリームが一緒に食べられるなんて、寄宿舎では絶対にありえないことでござる。こんなことをしていたともなか氏に知られたら悔しさのあまり暴れ出しかねないでござるから、内緒でござるよ?」


「え、もなかちゃんってそんな感じで暴れたりするんですか? 見た目もそうですけど、それじゃまるでお子様じゃないですか」


「直接そう言ったら怒ってしまって大変でござるから思ってもみんな言わないだけで、もなか氏はお子様でござるよ。中等部の頃の性教育では前半でおかしくなって医務室に運ばれたでござる」


「それは実際に見たかったですね、今から高等部の保健体育に期待しておきます」


「絶対にまた運ばれるでござるよ、もなか氏は期待を裏切らないでござるから」


 プリン屋さんから5、60メートルほど歩いて、今度はカナリヤホテルベーカリーの直売店に入る。しかし、これまでに買った物も色々とあるのであんまり買いすぎても余らせてしまいかねないなと思い、二荒あんパンを六つ買うだけに留めておく。実はここのアップルパイが凄くおいしいのだが、さすがにそんなに一度に食べられない気がしたので、今回は諦めてまた別の機会にとっておくことにした。

 直売店を出て、道路を挟んだ向こうに無料で飲める湧き水があったので(木製の立て札に磐裂霊水いわさくれいすいと書かれていた。)、クリームっぽくなっていた口を軽くすすぐ。ねるこちゃんと弓矢ちゃんにもすすめたが、「人目が気になるから」と断られてしまった。

 綺麗な朱塗りの太鼓橋――神橋しんきょうを横目で見つつ、国道119号の橋を渡る。


「おー、確か有名な橋でござるな。シンバシでござったか?」


「ふふ、ちょっと読みづらいけどシンキョウって読むんだよ。深沙大王じんじゃだいおうが投げた赤と青の二匹の蛇が橋になったって伝説があるの。お金を払うと渡ることもできるけど、気になる?」


「おー、弓矢氏は物知りでござるな。でも、渡るのは遠慮しておくでござるよ。何気にずっと上り坂で、そろそろ体力的にも疲れてきているでござる……」


「あはは。でも、これからもっときっつーい上り坂が続くよ? 私はもう毎日の通学で慣れちゃったけど、大丈夫かな?」


「えっ!? 聞いてないでござるよ、弓矢氏のお家までまだ遠いのでござるか? 正直、自信がないでござるが……そういえば先ほどから、なんだか子どもに跡をつけられているような気がするのでござるが、なんでござろうな?」


 ねるこちゃんに言われて振り返ってみると、青いランドセルを背負った背の低い男の子が後ろを歩いていた。そういえば弓矢ちゃんと合流したあたりで、すでにこの子が後ろを歩いていたのを見たような覚えがある。

 となると、私たちがお店に入っていた間中、ずっと外で待っていたということか? イートインでスイーツタイムを楽しんでいた間も、ずっと?


 三人で立ち止まってじっと見ていると、覚悟を決めたのか男の子が駆け寄ってくる。

 そして、無言のまま弓矢ちゃんに白い封筒を押しつけると、今度は逆方向に走り去っていった。


 弓矢ちゃんの性別を知らないねるこちゃんが、のんきに言う。


「お~! 弓矢氏、やるでござるなー! ラブレターでござろう? それがしなんて一度ももらったことがないでござるよ、羨ましいでござる」


「えへへ。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいかも」


 妙に色っぽい笑みを浮かべて、受け取ったばかりの封筒に優しいまなざしを向ける弓矢ちゃんに、私はおそるおそる訊ねる。


「え、いやいや、え? あの、今の子ですけど、弓矢ちゃんの性別って知ってるんですかね……?」


「んー、わかんない。違う学年の子か、もしかしたらよその学校の子かもしれないから、知らないのかも」


「ど、どうするんですか? オ、オーケーするんですか?」


「んー……ナイショ! だって、恥ずかしいもん!」


 そう言って無邪気な笑顔を見せると、弓矢ちゃんは私たちに背中を向けて冷光邸に向かう山道を駆け上がっていく。


「ええっ!? 気になりますよ! 待ってくださいー!」


 弓矢ちゃんを追って私も駆け出すと、背後からねるこちゃんの悲痛な声が聞こえてくる。


「は、走るのはなしでござるよ! ま、待ってほしいでござる! それがし、置いて行かれたら道もわからないでござるー!」


 三人で追いかけっこみたいに山道を走って、冷光のお屋敷に到着した頃には全員汗だくになっていた。

 さっき見た弓矢ちゃんの妙に色っぽい笑顔を思い出して、赤と青の蛇が橋になったという伝説がある神橋のすぐそばで、赤と青のランドセルを背負った二人の恋が始まったらちょっとロマンチックだなとこっそりと思った。

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