第6話 打算で助っ人。



「ど、どうしたんですかっ!?」


 ショッピングモール中を右へ左へと逃げ惑って、今回の探索をせめて黒字にしようとちょっとした物資を回収した私と秋菜は、ようやくショッピングモールを脱出したのだった。

 秋菜のゴロゴロ台車に運ばれて登場した私に、雪子は慌てて運転席から降りて来た。


「ショッピングモールにヤバいのが大量にウロウロしてたから、日持ちするお菓子狙ってちょこっと回収したら逃げて来た。マジやばい。私が全力出しても勝てないモンスターを、秋菜の機転で何とか倒して帰って来た」


 伝える事を伝えると、ようやくギリギリ立てる程度に回復した私は秋菜を抱えて助手席に乗り込む。

 話しを聞いた雪子もただ事じゃないと運転席に乗り込んで、急いでトラックのエンジンを始動させた。


「あれを余裕で倒せるレベルにならないと、ここではもう物資を集められない。そんくらいヤバい場所になっちゃった。急いで車出して。アイツら足は遅いけど、自宅まで追跡されたら本気でまずい」

「急ぎますっ!」


 ほとんど惨敗のていで撤退を始める。


「な、何があったんですか!?」

「なんかねー、ショッピングモール中の死体が集まって新しいモンスターになってた。一体だけでも私より強いのに、それがウヨウヨいた。腐肉の塊がひたひた歩いて近付いてくるの。まるでゾンビゲームの中ボスみたいな感じの癖に、通常モブくらい大量に居るの。なにあのクソゲー」


 なにせ現実の事だから臨場感はたっぷりだ。

 必殺技クラスの攻撃じゃないと殺せず、ダメージを蓄積する様な倒し方だと素早くなって強化されて行く。あれがゲームだったら制作会社のSNSは盛大に燃え上がるだろう。


「秋菜がいてたすかったぁ……。一人だったら多分死んでた」

「あきなえらい? えらい?」

「うん超えらい。ほんと、居てくれて良かった。今回の物資は秋菜の総取りで良いくらい助かった」

「ほんとっ!? あきなお菓子たべていいのっ!?」

「え、ずるい! 俺も食べたい!」

「へーんだ! おにいちゃんはおるすばんしてただけだもーん」


 楽しそうにはしゃぐ二人をよそに、雪子は顔が真っ青である。

 私でも勝てない様な化け物が居る場所に、愛娘を送り出したのだからそれも当然だろう。

 私も秋菜が居なかったらと思うとゾッとする。

 秋菜が居なくても戦い方に気が付いて倒せたとしても、その後は疲労困憊でろくに動けず、後続の腐肉になぶられて確実に死んでいただろう。

 私が疲れて動けないと見るやいなやスグに台車を探して来てくれた秋菜は、誰がどう見ても今回のMVPだ。


「くっそぅ。新しい狩場見つけないとなぁ。物資もそうだし、レベルを上げるにもショッピングモールくらい手頃なモンスターが大量に居る場所じゃないと、アイツらぶっ殺せるくらい強くなれない」


 自宅拠点の周りに居るゴブリン程度だと、もう殆ど私の経験値にはならないのだ。

 確実に溜まってるのかも知れないが、レベルを一つあげるのに千とか億とか倒さないと行けないなら、実質上がらないと言っていい。

 もちろんレベルなんて関係無くゴブリンは根絶やしにするつもりだけど、その為にも強さは必要で、ならやはり次の狩場を探さなくてはいけない。


「姉ちゃん! 次は俺も行くからな! 絶対行くからな!?」

「わーったから静かにして。本気で疲れてるの」


 騒ぐ春樹をよそに、私は目を閉じてステータスを呼び起こす。


 【ココロ:Lv.24】

 【スキル:修羅-ココロ・スラッシュ-ココロ・シュート-上級剣術-超感覚-心眼-不屈-斬撃-射撃-打撃】


 レベルがめちゃくちゃ上がってた。

 前にここへ来た時に確認したら十六だったはずで、その後も適度にモンスターを殺しながら進んだから十七まで上がっててもおかしくは無いけど、その後は雪子の回復を待ったあとに三人のレベルだったから、その間はゴブリンしか倒していない。

 ならその間はレベルが上がったとは思えず、すると今回あの腐肉を一体倒しただけで七レベルも上がった計算になる。

 今までの感覚で言えば一気に七レベルも上がるなんて驚愕するしか無く、レベル三十前後だと思っていたあの腐肉は、もしかするともっと強かったのかも知れない。


「………ああ、あの状態でもヤバそうな雰囲気だったのに、肉を削ると強くなったもんね。そりゃそうか」


 そりゃあれだけ索敵スキルが絶叫するはずだ。

 一気にレベル七つ分の経験値を吐き出す様な化け物、必殺技に目覚めなかったら確実に死んでいた。

 速度が上がる暇もなく一瞬で消し飛ばしたから勝てたのであって、そんな手段が無かったら腐肉はどんどん早くなっただろう。

 下手すると四十とか五十レベルくらいだったかも知れない。

 今日の探索は秋菜と【修羅】の勝利で、私は添え物だった。


「……狩場は、どうするんですか?」

「んー。今のところ候補がホームセンターしか無いんだよね。でもアソコを狙うと確実に殺し合いになる」

「先に、そこで生き残った人達が居るんですね?」

「うん。さすがに率先して物資を奪うバンディットにはなるつもり無いけどさ、まぁ候補にはなるよね」

「そう、ですね……」

「雪子も、自分の子供と他人なら、わかるでしょ?」

「私も、その時は、手を汚すと思います」


 要は自分か他か、それだけなのだ。

 有限である物資を均等に分けて回るなんて事出来ない以上、自分の糧をより多く主張して、獲得しないといけない。


「まぁ、今はトラックもあるし、どこかでガソリンも補給しなきゃいけないけど、籠城に失敗したホームセンターとか探して遠征しても良いかもね」


 さすがに大型ショッピングモールはそうそう近在には無いけど、ホームセンター程度なら市に一つずつくらいはあるものだ。


「あ、あー! おねーちゃんあそこ! あそこみて!」

「んぁ?」


 疲れが意識を蝕んで、いつの間にかうとうとしていた私は、秋菜の叫び声で目を覚ます。

 何事かと秋菜が指さす方を見ても、走行中のトラックから見える景色などスグに変わってしまう。


「……見えなかったけど、何があった?」

「がっこう! もんすたーと人がたたかってた!」

「……学校かぁ」


 確かにそこも物資が有りそうな場所ではある。けど、避難場所としてポピュラーで、最初から塀に囲まれてて、門を閉じればゴブリンくらいの侵入は防いでくれる場合が多い。

 つまるところ避難して籠城するには持ってこいで、ホームセンターよりも大量の生存者がいる事だろう。

 そんな場所に私達が行くとどうなるか。

 戦力としても期待され、持ってる物資も融通しろと願われ、なおかつ私達にとってメリットがほとんど無い。


「んー、無視かな?」

「おねーちゃん、たたかってた人、手からぶわーって火がでてた!」

「………………なんだってぇ!?」


 秋菜をどうやって説得しようかと悩むと、そんな爆弾が投じられた。

 手から火を吹くなんて、手品じゃ無かったら魔法の類いだ。

 そして世界が終わってしまった今、特定の条件を満たすと手に入る、スキルなんて超常の力が存在する。


「雪子ごめん秋菜が見たって言う学校に行って!」

「え、でも、良いんですか?」

「もちろん物資なんて譲らないけど、絶対行くべき! 秋菜が見た物が魔法スキルなら、情報を手に入れないとむしろまずい!」


 もちろん、スキルの入手方法を知って自分も魔法が使いたいって気持ちは確かにある。

 だけどそれ以上にそのスキルは無視出来ない。


「理由は二つ。もし今後敵対する生存者が魔法スキルを持っていた場合、私達はその知識が無いから最悪抵抗すら出来ない可能性がある」


 私がそう伝えた瞬間、雪子はハンドルを切りながら安全な道を探し、秋菜が見た学校までの道のりへ進路を変える。


「そしてもう一つ、もし水魔法なんて物があったら、井戸が枯れる心配が無くなるし、探索中に水が自由に使えるだけでも生存率が劇的に上がる」

「そう言うの、本当なら大人の私が気付かないと行けないのに、ごめんなさいっ」

「気にしなくていいから急いで! もし魔法スキル持ちが死んじゃったら機会が無くなる!」


 雪子を急かして辿り着いたそこは、秋菜が見た通りに学校であり、秋菜が見た通り手から火を吹き出している男が居た。

 おそらく中学校なのだろう。校門は閉じても鉄柱の幅が広く、そのままではゴブリンが侵入出来てしまう。それを針金などで加工してあったらしいが、そこが壊されて侵入を許してしまった様だ。

 校門にはゴブリンが群がり、一匹か二匹ずつのペースで敷地に侵入し、四十歳くらいに見えるスーツを着た男性が一人で、手から生み出した炎でゴブリンを仕留めていた。


「確実に魔法じゃん!」

「あんな、凄まじい力もあるんですね……」


 私は秋菜を脇に降ろして車から飛び出し、まず校門前のゴブリンを一掃して恩を売ろうと考えて--……。


「ふぎゃっ……!?」


 ……--盛大にずっこけた。


「おねーちゃん、つかれててうごけないんでしょー!」


 そうだった。自分の名前を冠した必殺スキルの反動で、ろくに動くことが出来ないんだった。

 それなのに喜び勇んで車から飛び出したら、高低差に足腰が耐えられずにぐしゃっと潰れてしまうのは道理すぎる。


「きょうはおねーちゃんとってもがんばったから、あとはあきながやるね!」

「あー、また一人で活躍する気だな!? 俺だってモンスター倒すぞ!」

「あ、ココロさんは休んでいてくださいな。ちゃんと銃があって距離があるなら、今更ゴブリンくらいは余裕ですから」


 雪子が私と同じ型のライフルを構えて、春樹と秋菜は小型の電動ガン、個人防衛火器を模して作られたソレを構えた。


「二人とも、あの男の人には当てちゃダメよ?」

「はーい! あきなもおねーちゃんみたいに、カッコよくたたかうんだもん!」

「ふっ、俺は今からライダーになるんだから、一般人は攻撃しちゃダメなんだ。……変身っ!」


 一人香ばしい変身ポーズを決めたせいで出遅れた春樹以外は、春樹の「変身っ!」を合図に指切り掃射を開始した。

 突然背後から強襲された哀れなゴブリンは、ものの三十秒くらいで殆どが物言わぬ肉塊になり、門から侵入してしまったゴブリンは例の魔法使いが燃やしていた。

 私はその様子を、アスファルトに寝っ転がりながら見ているしか無かった。


「……私もゴブリン殺したかったな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る