第30話 猫舌に小籠包
織田信長は国内の統一後、羽柴秀吉を中国へ派遣した。これまでは、ヨーロッパで造船技術を持ち渡航してくる国としか貿易を行ってこなかった。正確に言えば、出来なかった。しかし、他国との交流による技術の進歩は凄まじく、最早国内にとどまる理由が無かったのだ。
1577年(天正5年)10月、織田信長は羽柴秀吉にアジアへの進出を命じ、その足掛かりとして中国征伐の任を課した。
-某日本史解説書より-
『小籠包が食べたい』
厳しいながらも少しずつ和らぐ北風に、人々の被服も警戒を解く。そんな、中間な季節。
芳子はというと、手編みデザインの白いセーターに身を包み、その上に同色の白衣を羽織ってこめかみに青筋を立てていた。
『切りますね』
『ストップ!!! ちょっと待て! 話を聞いて! ちゃんとした相談案件だから!』
芳子の服装は基本的に白い。というのも、オールシーズンで白衣を身にまとっているからなのだが、白衣の下に着る物がいつも白かと言えば、実はそうではない。
ガーリッシュやカジュアルな時もあれば、フェミニンやセクシー系統の服装もある。
しかし、芳子にはファションへの興味が皆無と言っていい。そこで誰が選んでいるかと言えば、専ら人工知能である。
まあ、殆ど白衣で隠れているので意味など無いに等しいのだが。
どうやら、今日の人工知能は白の気分だったようだ。
『突然何ですか? 何の脈絡もなく話を振らないで頂きたい』
『んー、なんて言うかそれは...俺も人のこと言えないけどさー、芳子も大概だと思うよ』
『貴方に比べればまだましです』
『そんな事はないと思うけど』
『一緒くたにしないでください』
『いやいや、同じだって。微々たる差だって』
『大いに遺憾の意を表明します』
『そんな事ないですー、どんぐりの背比べ的差ですー』
ここまでくれば、芳子が何を思うか、想像するのも容易い。
芳子は誰も駆け込んで来ない静かな時間を教授室で過ごしていた。その平穏も哲男に壊されたため、非常に、いや、いつも通り不機嫌なのだ。
律儀に話を聞くはずもなく、煩わしさが勝った芳子は、前文を無視してスマホに文字を打ち込む。
『何故小籠包が出てきたから甚だ疑問です』
『面倒臭いからって、いきなり話を方向転換させるの辞めなさいって!』
『全くもってその通りなので本題を話して下さい』
全くもってその通りである。
『自分で振ったんでしょうが(−_−;)』
『金輪際与太話に付き合わせるのは辞めて欲しいです』
『あー、無視ですか。そう来ましたか、そうかそうか、じゃあ、俺これから芳子のこと嫌いになるもんねー ( ̄ー ̄)』
思わぬ吉報に、口元が弧を描く。芳子は大層気分が良かったので、柄にもない事をしてみる気になった。
『是非お願いします。m(_ _)m』
『...色々突っ込むとこはあるけど、まず、こう言うデリケートな場面で初めての絵文字使用を迎えないで欲しいんだけど。あと、洒落だから。本気じゃないからね! お兄ちゃんが芳子のこと嫌いになる日は来ないから! 絶対!』
『その件に関して、特に感知する必要性を感じないです。それで、本題をどうぞ』
『分かったよ。どうせ俺は立場弱いですよ、逆らえないよ。だからってさ、もう少し対応が優しくてもさ、いいと思う、俺』
『辞めていいですか?』
『...ごめんなさい( ̄ー ̄) 本題いきまーす』
『はい、どうぞ』
『中国征伐を適当な時期に入れなければならないって前言ってたじゃん?』
『言いました』
数日前、織田信長の偉業年表を見ていたら、1578年に中国征伐をしていた事が分かった。
結果としてはまずまずだっただけにそれ程記憶に残ってはいなかったが、日本以外の国に関わる事であれば忠実に再現すべきだろうと思い、芳子は哲男にその旨を話していた。
『時期を見てやろうとは思ってて、色々考えた訳ですよ。そんでさ、やっぱ理由が必要かなって』
『珍しくまともな事を言いますね』
『でしょ?!』
『それで、小籠包ですか?』
『そゆこと!』
『前頭葉が欠けてたりしますか?』
『いや、そんな事はないと思うけど...』
『そうですか』
『なんで?』
『ここまで頭のおかしな事を思いつくという事は、何処か欠陥があるのかと。前頭葉は理性を司っていますし、無駄な事を喋り続ける点からも、前頭葉に異常が有るのではと思った次第です』
『冷静な考察でディスるの止めて!
_:(´ཀ`」 ∠):』
『因みに、歳をとると自ずと前頭葉の働きが弱くなるそうです。代表的な症状としては、壮年の男性がやたらと駄洒落を口走る事でしょうか』
『もしかして、遠回しにジジイだってディスられてる?』
『まあ、実際そういうお年ですし』
『うぐっ!_:(´ཀ`」 ∠):』
『そういえば、県名誉教授は駄洒落を言ったところを見た事がありませんね』
『ああー、なんか県さんってそんなイメージあるわ。実際、言わないだろうしね』
『県のじじいとは仰らないのですね』
『えっ、何で知ってんの?! 俺、芳子の前で呼んでないよね、その呼び方で』
『顔が物語ってました。と言いますか、呼んでいるのも聞いた事があります』
『マジか...うわ〜、情操教育上良くないと思って顔にも出さないようにしてたのに〜』
『良いのでは? 事実、食えない老害な訳ですから』
『そうだけど、そういう問題じゃないの! お兄ちゃんは色々複雑なの!』
風が笛を吹いたような音を鳴らす。
乾燥している室内は、外で突如として吹き荒れた暴風とドロップ型の加湿器の稼働音でことの他騒々しいものであった。
『それで、理由ですが』
『そうだった。その話だった』
『他の物を考えて下さい』
『えー、いいじゃん! あっつあつの小籠包だよ! 態々中国に出向く価値はあるよ!』
『そういう事で』
『いや、つっこんで!? 「貴方猫舌じゃないですか」ってつっこんで! ボケた俺が悲しくなる。人間、ツッコミを諦めたら、もう終わりだよ!』
芳子は、静かにスマホの電源を切った。
<途中経過>
日時:西暦2021年 2/23(火) 19:17現在
結果検証:近々中国征伐を開始する。
考察:特になし。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます