第16話 俺、バカだ 備考:8話参照&芳子さんが良い人??

 1570年(元亀元年)9月、織田信長37歳の時、宗教勢力が動き出す。

 石山本願寺が挙兵したのだ。理由として伝えられているのは、「織田信長はキリスト教の布教で浄土真宗を排除しようとしている」というものだ。僧兵は武士の想像を超えて屈強で、織田信長の有力な家臣であった森可成もりよしなりを下した。森可成は後に織田信長の小姓から織田家の参謀になる森蘭丸の父親に当たる。

 石山本願寺の僧兵と織田軍の衝突は、意外な終わり方を見せた。石山本願寺が降伏してこの二者間の対立は収束したのだが、石山本願寺側が降伏した理由は、資金の枯渇だった。

 織田軍は、仮にも神に仕える者達に対して戟を構えるのは世間体として部が悪いと判断。正面衝突を早い段階から避けていた。

 武力の代わりに織田軍が積極的に用いたのが、宗教の力だった。目には目を歯には歯をのハンムラビ法典同様、宗教には宗教で対抗したのだった。

 織田信長は以前から認めていたキリスト教の布教を積極的に行うようにし、キリスト教を使って浄土真宗の力を徐々に削っていった。

 具体的にキリスト教を広める方法として織田軍が使用したのが多教信仰令だった。織田家は、いわゆる摂関政治を強行したのだ。

 当時、さほど力はなかったとはいえ、民への影響力や大義名分を作る時には重宝する朝廷に娘を入れた。当時の天皇を理由を付けて強引に下ろし、自分の娘と結婚している天子を天皇位に就かせる。幼い天皇の後見として朝廷に介入し、朝廷の権力を有効に活用してキリスト教を国規模で広めたのだった。

 しかし、ここでもう一つ問題が発生する。石山本願寺に引き続き、比叡山延暦寺も1571年(元亀2年)に挙兵した。勿論、理由はキリスト教の布教による信仰の妨害。したがって、織田軍は日本の有力な宗教勢力の2つを一気に相手取らなければならなくなった。

 だが、国の力というのは強く、石山本願寺に続き比叡山延暦寺もついには根負けして白旗を上げる結果となった。

- 某日本史解説書より -


『どうしよう芳子、天皇まだ生きてる』

『それはそうでしょう。殺さなければ生きてるに決まってます』

『うーん、でも、殺すのはちょっと...』

『良いですよ、他の方法でも』

『えっ、珍しい。ホント?』

『はい』

『大丈夫? 自棄とか起こしてるわけではないよね? マジなゴーサイン?』

『はい』

『何で?』

『いろいろ理由はありますが、

1.倒し切れていない敵が多すぎる

2.石山本願寺の挙兵に浅井・朝倉が便乗してくる可能性が高い

が主な理由です。これでは朝廷に干渉する前に寝首をかかれます』

『俺の妹マジ天才☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆ ご明察通り、今報告が来て、浅井さんと朝倉さんが森さんとこに攻めて来てるって』


 個室の中でため息が漏れる。

 部屋はこじんまりとしていながらも趣があり、壁を全て本棚が覆っているという状態だ。しかし、整理されて分類ごとに配置してあるものは全てメモリーチップである。

 照明はややオレンジのアンティーク調。芳子の荷物で構成される部屋の雰囲気の中では、凄まじい違和感を醸し出す。

 アンティーク調の照明は、県が今朝就任祝いにと芳子に押し付けたものだった。芳子にはその照明に見覚えがあった。県が教授室に長らく置いていたもので、処分に困っていると聞いたことがあったのだ。

 芳子は座り慣れない椅子の背もたれに体重を預け、片手で持つスマホを操作している。


(一人部屋はかなり都合がいいな。誰の目も憚らずに作業ができる。この点においてのみは、名誉教授に感謝すべきだろう)


 芳子は、常日頃人が来ないのをいいことに、デスクの上にスマホを出して置いている。他にも何代か前の通信機器を収集して置いておくことで、スマホを普段使いしていると思われる事はなくなり、無駄に目立つ事はない。今朝方、県と共に教授室を訪れた藤村は「無趣味の仕事人間の先生にもやっと春が、趣味が出来たんですね。通信機器のコレクションですから、まあ、仕事関係だけど」とはしゃいでいた。

 嵐が去れば、そこはもう静寂。紅茶を優雅に淹れている芳子の顔は柔らかなものだった。教授室とても気に入ったようだ。


 淹れた紅茶を片手に、芳子は指先を素早く動かしてスマホに文字を打ち込む。


『因みに、両方の理由は兄さんに責任がありますからね。着実に一人一人仕末していけば問題は無かったはずです』

『いいじゃん? 別にさ、結局なんだかんだ何とかなってるんだし』

『誰のおかげだと』

『はい! 芳子様のおかげです。大変お世話になっております。これからも何卒よろしくお願いします(^人^) つうかマジな話、よくここまで付き合ってくれてるよね。いつもなら、助けてってお願いしても無視するのがデフォなのに。珍しく助けてくれても、ここまでロングスパンだと芳子は絶対飽きると思ってた。途中で捨てられたらどうしようって、俺気が気じゃ無かったもん』

『この現象自体に、興味がありますから』

『なる。因みにお兄ちゃんを心配してっていう気持ちは、少しくらいあったのでは?』

『ゼロです』

『うん、分かってた(泣)』


 哲男にとって、安土桃山時代に行ってからの期間は何十年という単位だが、芳子にとってはまだ一年も満たしていないのだった。


『んでさ、真面目な話、石山本願寺どうすればいいの?』

『本来なら朝廷を支配下に置くのが一番手っ取り早いですが、お嫌なようですので、取り敢えず無難に相手して置いてください』

『すいませんm(_ _)m で、無難とはどんな感じ?』

『そこはもう、アドリブで』

『早速面倒臭がってんじゃん』

『何か?』

『いえ、何でもございません!』


 芳子はデスクの引き出しを開けて、中から分厚い辞書のような本を取り出す。大学から借りている信長公記を手に取り、ページをパラパラとめくる。写本ではないので、後ろのページには付録のようなものが付いていた。その中に年表のようなものがあり、芳子は目でそれを追った。

 これまでの出来事とは少し異なる史実を指でなぞっていくと、石山本願寺との抗争に当たった。ふと気になって先に目を向けると、そこには「比叡山延暦寺」の文字があった。

 芳子の頭には「比叡山延暦寺」というワードがひっかかった様子で、年表中の該当年の項目にあったページ数に移動する。

 数枚紙をめくったところで、芳子は目的の内容を見つけた。そこにはこうあった。


1571年(元亀2年)4月 比叡山延暦寺挙兵


 芳子は一度手から離したスマホを手元に引き寄せ、素早くメッセージアプリを開く。


『追加です。来年あたり、恐らくですが、石山本願寺に加えて比叡山延暦寺も参戦します。しかし、史実と異なることが起き過ぎているので、何がどこで影響するかわかりません。あくまで可能性の話だと思ってください』

『敵多くねw』

『同感です』

『ちゃんと仕末しておけば〜って言うんでしょ? 分かってる、分かってるけどさー、後味悪いじゃん? できるだけみんな生きてた方がいいじゃん? 綺麗事だって言われるかもだけど』

『綺麗事ですね』

『えー、ぐさっとくるなΣ(゚д゚lll)』

『いちいち顔文字入れるの止めて頂いていいですか』

『却下でーす』


 哲男が面白がっておちょくっている事は分かっているが、寛容に対応できるほどのスルースキルは芳子に備わっていなかった。


『コンクリートブロックじゃなくて、釘にしましょうか?』

『ん? 何の話かな♪』

『移送装置の開発が成功したときの話です』

『いや、死ぬわ! 釘って意外と鋭いのよ』

『承知してます』

『承知してるんなら辞めよ? 凶器だよ。危ないでしょうが』

『そうですね、釘は多い方が確実ですね。千本くらいはマストでしょうか?』

『ヤバい、話が通じてない』

『ゼロはもう一つくらい増やすべきですかね』

『誠に申し訳ありませんでした! 調子に乗りまくりました! と言うより、乗りすぎました! m(_ _)m m(_ _)m m(_ _)m』


 哲男の平謝りで、芳子の機嫌の急降下は瀬戸際で食い止められた。

 ミシミシッピキッという音が止み、プラスチック製のシンプルなスマホカバーは、綺麗に縦の亀裂が入っている。芳子の右手に握られたスマホは、すんでのところで解体を免れた。


 そして2週間後、事態は急展開を見せる。


『芳子、比叡山延暦寺、攻めて来ないっぽい。あと、明智さん始めとした家臣たちめっちゃ怒って比叡山攻めてるって。俺も賛成。つうことで、申し訳ないけど、これに関しての異論は聞かないから』


 哲男の急変に戸惑い、軽く首を傾げる。


『何を死に焦っているのか知りませんが、落ち着いてください。何かあったんですか?』


 ピコンッという音と共にメッセージが新しく届く。


『森さん殺された。

 宇佐山城の守りお願いしてて、浅井・朝倉軍攻めてきて、でももう手一杯だった。四方八方敵ばっかで、援軍も出せないまま森さん死んじゃった。

 俺が殺しちゃったんだよ。俺が、もう少し上手くやってれば、芳子の話ちゃんと聞いてれば、もっと上手くいったかなって思ったけど、全部が遅くて。判断が、決意が、意思が甘過ぎた。何とかなるじゃダメだった。

 浅井・朝倉は徹底的に叩く。お市さんは助けるけど、浅井くんは助けない、助けられない。俺の判断ミスのせいで森さんが死んだから、弔いは、ちゃんとしなきゃダメだと思う。

 比叡山延暦寺は浅井・朝倉を庇ってる。大きい勢力だし早めに潰すべきだって明智さんが。どちらにしろ、弔い合戦やるにはお坊さん達邪魔だし。

 本当に綺麗事だわ、みんな仲良くなんてさw あー、俺バカだ、本当バカ』

『その調子で「俺が死ねば」なんてありがちなセリフは吐かないでくださいね』

『止めねーの?』

『必要性を感じません。浅井朝倉両名の討伐については前々からするべきだと言っていましたし、比叡山延暦寺が衰退するのは史実通りです。後は、織田信長が生きていれば粗方解決すると思いますよ』

『やけに優しいじゃん』

『本気で落ち込んでいる人間に追い討ちをかけるほど鬼ではありません。それと同時に、正気じゃないバカに正論で諭すほど無謀な人間ではないつもりです』

『辛辣だよ、充分。でも、元気出たわ』


 哲男が一通り弱音を吐いたところで、デコレーションした文字で『ありがとう』と打って芳子に送ってきた。

 勿論、スタンプも付けて。ハートの形をした生物は、受け取る側に向けて投げキッスを打ち、器用にも同時に『愛してる』と言い続けている。

 芳子はスマホの画面を暗転させて、デスクのコレクションコーナーに置く。

 顔を上げると、すっかり日が上がっていた。日当たりの良い場所だけに日光は眩しく、芳子は目を眇める。その口元は、僅かに綻んでいた。



<途中経過>


日時:西暦2020年 9/29(火) 10 :29現在


結果検証:対象の態度が改まる可能性が出てきた。御し易くなれば良し。


考察:今回でやらせたいようにさせれば、次回からこちらの思惑通りに動かすことも可能に思える。

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