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  • 第32話 おまけへの応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。

    これはこのお話の本筋から少し外れるかもなのですが、生きていく上で多少納得できないことでも「受け入れる」ことはたびたび必要になってきます。このお話では、ややすっきりしないけれど、受け入れる、そういう展開がいくつかあって、それが物語に深みを与えているように感じられました。

    尻尾が生えていると、確かに日本で気軽に温泉や銭湯には行きづらいですね。でも、海外でなら! 尻尾と言えば、谷山浩子さんの「しっぽのきもち」を思い出します。尻尾ファンは多そうです(笑)
    https://www.youtube.com/watch?v=TeAKGe7iKMQ&list=RDTeAKGe7iKMQ&start_radio=1

    ファンタジー色もありながら、古来から続く殺生の罪に切り込んだ、読み応えのあるお話でした。読ませていただき、ありがとうございます。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    長い話を最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。結構、無茶な展開もあったと思います。佐藤様が、受け入れて最後まで読んでいただいたこと、作者として感謝の言葉しかありません。

    最後、やや重苦しいテーマの話でしたので、最後は楽しく終わらせたいと、そう思いました。仁と博徳に幸せになってもらいたかったというのが本音です。

    尻尾。
    あったらいいと思いませんか?
    背中がかゆい時とか、女性だとワンピースのジッパーを上げるのに便利です。猫は尻尾で身体のバランスをとってますし、魚の尾びれ(あれ、尻尾ですよね)は推進力を生みだして方向転換してます。

    人間があったらいいなと思う動物の器官の一位は、ダントツに翼。これはわかります。次点が尻尾。他には、角、牙、棘、なんかがあるそうです。私はいつも、象の鼻に感心してました。巨体を支える為に、4本の脚が必要。ならば、手に該当するのは? 器用で長い鼻。自然の創造の才に脱帽です。

    「尻尾の気持ち」見てみます。尻尾ファンとしては見逃せません。

    コメントありがとうございました。

  • 第31話 大団円への応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。

    謙虚という言葉の重さを感じます。

    食べ物を無駄にすることは命を無駄にすること、それは極力やるべきではありません。ただ、命のすべてを完璧にいただき尽くすことができるかというと、それもまた無理です。しかし……

    私には、昔から、このあたりが自分の中で納得できていないのです。

    完璧に食べ尽くすことができないのだから、好き勝手に命を奪い、食べ散らかしたって、同じでしょ、と考えてはいけないのでしょう。命を奪うことの意味を受け止め、そうしなければ生きていけない自分たち命の悲しさを十分にわきまえ、必要な分だけ命をいただく。食べ物を無駄にしなければならないときには、せめて感謝の気持ちを忘れないようにする。

    ふと思いました。もしかすると、より大事なのは、無駄になった食べ物の山を減らすことよりも、それを出す人間の気持ちを変えることなのかもしれません。

    本来、その考え方は好きではなかったのです。通り魔に殺されるのも、食べ物がなくて自分の子供に食べさせるために死ぬのも、自分が死ぬという点においては同じじゃないか、そう思っていました。でも、見た目は同じ死でも、そこへ至る道のりが違えば、違う意味を持つのかもしれない。いま、少しだけそう疑い始めています。

    マヒバ氏が奈緒さんにも博徳さんにも明確な回答を与えるのではなく、それぞれの心の中で解決させるよう促しているのが印象的でした。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    お読み頂きありがとうございます。

    食物と命を奪うことの意味。私もきちんと説明できないのです。わずか数年の間、菜食主義だっただけで、今は雑食に戻ってますし。

    佐藤様のおっしゃる通り、死にがいがあろうがなかろうが、死は死、だと思います。人はなかなか、そうは考えたがらず、死にがいを求めます。多分、死ぬ本人にとっては、自分の死に意味が有る方が、少しだけ慰めになるからではないか、と思います。

    私は殺される側ではなく、トマトや牛を食べるために殺す側に加担しているのですが、死の犠牲を無意味にしたくはないとそんな風に思っています。普通、ひとはそこまで考えないでしょう。佐藤様が考えて下さる方が、珍しいし、この物語の作者としてはうれしいです。

    コメントをありがとうございました。


  • 第29話 猫肉屋への応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。
    仁くんの時もそうでしたが、動物を食べると、その動物の記憶も自分の記憶と融合して、意識できるようになるのですね。体の一部が食べられた動物の肉に変わるのですから、奈緒さんが博徳さんをお兄さんと見間違えたのも、完全に間違いとは言えないのかもしれませんね。
    こうやって、食べたもの、食べられたものが繋がっていく。食物連鎖って、こういう意味もあるのだなと思いふけっています。

    作者からの返信

    「生物が死ぬと、普通は微生物が細胞を分解し、解き放たれた分子は別の生物が消費する。私たちの身体を構成する、炭素、窒素、その他の栄養は、私たち以前に無数の生物たちが使ってきたもので、私たちの死後は再び無数の他の生物たちに使われます。少なくとも、ほとんどの生命体にとってはこれが、生命の環なのです。」
    『世界で一番美しいクラゲの図鑑』リサ・アン・ガーシュイン

    残念。共有する栄養の中に記憶が含まれるとは、著者は言ってくれてないです。
    ただ、含まれてもおかしくないかもしれない、と私は考えます。リーインカーネーションという、記憶の継承としか思えない例もありますから。いつか誰かが科学的に証明してくれないかなと期待しています。

    コメント、ありがとうございました。

  • 第27話 猫の望みへの応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。
    これは……。ラムセス、というべきか、仁さんというべきか、とにかく彼の決意は博徳さんに自分を食べてもらうことだったのですね。
    妹を救うために、両親をこれ以上悲しませないために自分が犠牲になる。ただし、がむしゃらに怒りのままに動くのではなく、より、戦略的に。つまり、人間という人間に相対するには猫よりも有利な存在となって。そのために自分を可愛がってくれる博徳さんに力を貸してもらう。
    ただ、この悪鬼、奈緒さんの元から追い払うことができても、またどこかで同じことを繰り返すのではないかと不安が残ります。悪鬼がどうやって生まれてくるのか、それを断つことはできるのか……

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    お読み頂いてありがとうございます。

    小心な仁(ラムセスでもどっちでも)としては精一杯の勇気を振り絞ったのでしょう。これは、書いていて、「わかってくれ」って方が無理だよ、と博徳に同情してました。今、大多数の日本人は、命を奪うという行為を直接にはしないで生きていけます。獣医の博徳でさえ、安楽死は注射一本です。予防注射と変わりません。(そもそも、日本の獣医は安楽死を行わないと聞きました)こういう場合、アメリカだったら銃で一発、となるのですが、日本ですからねえ。博徳には酷だった、と作者は謝罪しております。

    悪鬼がどうやって生まれてくるか。後の章でちょっと書いておきました。
    コメント、ありがとうございました。

  • 第24話 後悔への応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。

    千秋さんはなぜ博徳さんを選んだのでしょうね。お金を持っていて、友達にも自慢できる職種で、まずますのルックスも持っているから? 保健所の件で彼女が目に浮かべた涙も、信用できません。これは腹立ちの涙か、あるいは博徳さんを懐柔しようとする涙なのでしょうね。

    動物を積極的に虐待し、それに快感を得るという行為。目をそむけたくなる惨い行為だと憤り、恐怖を感じながら、それでも、わからなくもないかもしれないとどこかで感じている自分が怖いです。加虐をどこかで望む気持ちは、正直、心の奥底にあるのではないかと思うのです。これはいずれきちんと向き合わねばならない問題だと思いますが、怖くてなかなかできません。

    自分の心がどう感じてしまうか、それをコントロールすることは難しいと思います。こんなにか弱くて可愛い生き物なんだから、愛してあげましょう、という促しの言葉には力がないと昔から感じてきました。

    でも、愛することができないにしても、せめて平常時には、理性でもって命の尊厳を守る行動をとることはできると思います。そこが、私のようにどうしようもない人間(たち)のせめてもの落としどころなのではないか、と。

    たぶん、それすら難しい人もいるのでしょう。この千秋さんのような人も、少なからず、いるのでしょう。そう考えると、どうしたらよいのかわからなくなります。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    いつもお読みいただいてありがとうございます。

    千明のような人間、私は好きではありませんが、ごく普通にいると思います。博徳のこと、嫌いではないでしょうが、別に惚れてるわけでもない。彼女のような人は、利口なので、そろそろ結婚した方が自分の利益になると思っただけでしょう。周囲と時流に合わせて生きていける人です。婚約破棄は痛手でしょうが、すぐに立ち直ります。心配いりません。

    マヒバ氏のようにー彼も随分極端ですがー周囲ではなく、自分のポリシーに従う人の方が珍しいと思います。

    いじめっ子欲求というか、他者を害したいという欲求は、人間の脳に組み込まれているようです。脳には勝てないよ、という人がいますが、どうでしょうか。脳なんて、所詮はタンパク質じゃないか。心はタンパク質じゃないよ、と純粋培養の文系は思います。自我は存在する、どこにあるのかと言われると困りますが。そして、理性も存在すると信じています。

    とんかつとわかめが自分の身のうちにある、という考え。原子レベルになったら、豚も人間も同じという考えは、フィリップ・K・ディックの短編小説にもある、と知人が言ってました。ディックに言及されるなんて怖れ多いですが、なんとなく共感します。豚と言えば、豚の心臓や腎臓を人間に移植する実験が実際に行われているとのこと。(なぜ豚なんでしょうね。猿の方が共通のDNAは多そうですが、それは関係ないのかな)犠牲になる豚は可哀そうですが、人間と豚、人間と他の動物との距離がますます縮まってきたように思います。

    コメント、ありがとうございました。



  • 第21話 訣別への応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。
    ひさしぶりの仁視点でした。なるほど、猫としての本能を受け入れつつも、まだ仁さんであったときの記憶や考えは残っているのですね。ラムセスには人間の言葉が分かるけれど、人間にはラムセスの考えが分からない。せめて気持ちを伝える手段があったらいいのにと思います。
    ああ、でも、ラムセスの表情を解する能力は、かなり高かったんですよね、若先生。じっと見つめる瞳にどんな思いが込められているのかまで、わかっていたのですから。それでいながら、ラムセスよりお見合いの相手を取ったわけです。たとえラムセスが喋れていても、彼を人間より劣る「猫」と思っている限り、結果は変わらなかったのかもしれません。
    動物とどのように付き合っていくのか、これは思いのほか難しい問題なのかもしれません。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    「ソロモンの指輪」が欲しい。

    人間は昔から、動物と心を通わせることを願ってきました。ただ、今だに成功してません。人間は月へ行ったのに、なんで…こんな簡単なこと、と思いますが、簡単じゃないのでしょう。人間同士の間でさえ(または、人間同士の方が余計に)コミュニケーションは難しいかもしれません。

    仁君、目下のところ、激オコです。
    博徳、良心が痛むものの、所詮はまだ若い男です。人間の伴侶が欲しいという気持ちを責めるわけにはいきませんよね。この問題、どの家庭にでも起こり得ます。アメリカで、離婚することになった夫婦のどちらがペットの猫だか犬だかを引き取るかで大騒ぎしていました。どっちも引き取りたがったのです。子供の親権と同じでした。動物も子供も意思をちゃんと示しますが、未成年者または、動物の為にどうするのが最大の利益なのか、誰にも決められません。結局裁判になるしかなかったように思います。
    コメントをありがとうございました。

  • 第17話 縁談への応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。
    仁視点からラムセス視点になったときに、人から猫になったことを感じさせる描写に変わっていきましたが、若先生視点になってラムセスの心の内が語られなくなってから、ますます彼が猫として生きているのだなという雰囲気が強くなってきました。
    猫のおもちゃで遊び、バスケットで昼寝をし、ときどき自転車で公園に連れて行ってもらう生活にすっかり慣れたのですね。よほど若先生と相性が良かったのでしょう。ラムセスもストレスなく生活している様子がうかがえて、微笑ましい気持ちになります。
    でも、ここにきて若先生のお見合い話が持ち上がりますか。たとえお見合いのお相手が猫好きな方だったとしても、ラムセスと相性が良いとは限りません。彼女とラムセスなら問題なくても、若先生を入れて三人になると、とたんに誰かが仲間外れになったり…… 人生における変化は、常に望ましいこととは限りませんからね。
    そして、のぞけないだけに、ラムセスの中の仁の気持ちが気になって仕方ありません。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    お読みいただいてありがとうございます。

    そうなんです。ラムセス(仁)は、暢気な性格もあって、猫として幸せに暮らしていました。博徳との相性はいいし、甘やかしてもらってます。ただ、幸せがこのままずっと続くとは限らないのが世の常で。
    家族の中に一人、他人が入ってくる。うまくいくこともありますが、そうでないと、波風が立ち始めます。
    コメント、ありがとうございました。

  • 第16話 猫の意思への応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。
    マヒバ氏のやや癖のあるしゃべり方もいまでは懐かしくて、久しぶりの登場にちょっと嬉しくなってしまいました。
    ラムセスがただの猫ではないと感づいた若先生、ラムセスに愛着のみならず、強い興味を感じているようですね。ラムセスのほうは、なぜ先生を気に入ったのでしょう。
    それにしても、猫の行動のひとつひとつがまさに猫! アビシニアンのすらっとした姿が目の前に見えるようです。あ、ビールはできれば転がさず、床の上を上手にスライドさせながら持ってきてもらいたかったかも(笑)。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    お読み頂いてありがとうございます。

    マヒバ氏のしゃべり方、気に入っていただけて嬉しいです。日本語がとても上手で、でも外国人という感じを出すのに苦労しました。
    ラムセスはなぜ、博徳が好きになったのか。
    命を救ってもらった恩だけじゃなく、なんとなく気が合ったのじゃないかと思います。どこかのんきなところ、仁に似てますから、類は友を呼んだのかもしれません。

    ビール缶、そのまま開けると悲惨なことになりますよね。猫の口ではくわえて運ぶわけにもいかず、転がしましたが、博徳が常識を持っていて、風呂場で開けてくれることを、作者は祈っておりました。

    コメント、ありがとうございました。

  • 第13話 別れへの応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。
    あの美しくて誇り高かったシェーラが、あっさりと死んでしまいました。たんたんと綴られた死に、生きることの厳しさとともに、生きることの尊厳を感じさせられる気がします。
    動物の共食いってあまりないんじゃないかと思っていましたが、調べてみると意外にもよくあるのですね。やはりどんな生き物であろうと、従属栄養であるなら、その生を支配するのは食べ物です。巣の中で死んだ雛や幼獣を親が食べるということに、胸を打たれました。カラスも死んだ仲間を食べるのですね。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    お読み頂いてありがとうございます。
    シェーラは私も大好きなキャラでしたから、書いていて悲しかったです。ただ、物語の流れで、どうしてもこうなってしまいました。ずっと後になりますが、マヒバ氏はちゃんと、シェーラを称えてくれますから、ご安心を。

    共食い、いい感じはしないのですが、それは人間にとってで、動物はそれほど罪悪感を持ってないのかも。(罪悪感なんて、知らないかも)

    出産後の母親ウサギの巣の中を覗き込んではダメ、子ウサギを守ろうとして食べちゃうから、というのを子供の頃に読んで、ショックを受けました。守ろうとして食べちゃう。動物の論理とは不思議なものだと思ったのを覚えています。

    カラスは死んだ仲間を食べるんですか。雑食性だからありそうです。
    人間も、雑食性です。わりと最近まで、人喰いはあったようです。儀式的なものと、飢えてどうしようもなかった時と。喜望峰回りではなく、北極海を通って大西洋から太平洋へ出る北西航路探索をした、フランクリン探検隊の悲劇をご存知でしょうか。3年間、氷に閉じ込められた後の1848年、全隊員129名が失踪し、後に、発見された遺骨から、人肉食に追い込まれたことがわかっています。生きるのは厳しい。つくづく、自分が恵まれていることを思います。

    コメント、ありがとうございました。

  • 第12話 戦いへの応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。
    ここに至る数話はとても深刻で、果たして自分はこれについてどう考えているのだろうかとずっと考えつつ読んでいましたが、ここにきて急展開でしたね。手に汗握るとはこのことでしょうか。
    部屋の中に侵入してケージが見つからなかった時には、絶望に背筋が冷たくなりました。これはハツカネズミとインコたちを助けられないだけじゃなくて、ラムセスたちも逃げられなくなるんじゃないか、と。
    ガラス戸を閉められて本当に部屋に閉じ込められたときには息が詰まりそうでした。
    とにかく、すさまじい戦いでした。音が聞こえてきそうです。逃げ切れたのは幸いでしたが、シェーラの傷はかなり深そうです。動物は、どんなにひどい傷を負おうと、無言でただ耐え続けますよね。その姿を見るたびに、胸を締め付けられます。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    悪鬼との闘い、かなり深刻な話になりました。ヴィデオの話は、アメリカにいた時に、読んだ新聞の記事です。怒りで目の前が暗くなりました。日本ではこんなことはない、とそう信じたいです。
    若い時に書いた作品なので、酷い話に作者が今より耐性があったようです。辛い思いをさせてしまっているのならばすみません。もう少しすると、ずっと明るい話になります。
    コメント、ありがとうございました。

  • 第8話 間奏曲への応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。
    「食べることは、愛することなんです」に考えさせられますね。相手をつくる血肉を自分の体に取り込む、これ以上深いつながりはないとも言えるでしょう。自分の血肉に迎え入れ、愛する相手とぴったり融合するのですから。
    でも、それはどうしようもなく片側通行でもありますね。食べることは愛することでもあり、奪うことでもあるような気がするのです。

    作者からの返信

    食べることは、奪うことでもある。その通り、相手の命を奪わなきゃ食べられませんから、食べるとは、命を奪うことです。どんな生物も、何か食べないと生きていけない以上、普通に命を奪ってるんですよね。

    「子豚を収穫することと、トマトを収穫することは同じことだ」と農夫は言いました。論理的にはその通りです。トマトだって、私に食べられるために存在してるわけじゃない、種を落とし、子孫を残すために実を生らしたのだから、私はトマトの命を奪ってサラダにして食べちゃったわけです。

    命を奪ったなら、せめて食べましょうと私は考えてます。無駄死にはさせたくない。トマトであろうと、フライドチキンであろうと。

    話はちょっとずれますが、最近「ひつじ探偵団」という映画がヒットしました。私は原作をキンドルで読んだことがあり、映画も見ました。小説では、食肉用の羊は羊毛用とは全く違った不気味な描かれ方をしてました。映画はそこを無視して、食肉用の羊も羊毛用の羊と一緒に楽しく暮らせるハッピーエンドにしてました。そうしなきゃヒットしないのはわかるんですが、なんとなく、「ごまかしやがって」と思いました。

    長々、すみません。コメント、ありがとうございました。



  • 第6話 僕は仁だへの応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。

    歴野さまと日野原さまのやりとりで、猫肉屋の由来とその商売が分かりました。なるほど、猫の肉を売るのではなく、猫に食べさせる肉を売る店、なのですね。これは日本語の猫缶とそっくりです(外国の方はびっくりするそうですよ)。猫の食べ物については、日本では魚というイメージが強いですが、実は猫はそんなに魚が好きではないと聞いたこともあります。肉食、なのですね。

    人間の記憶と知能を残しつつ、突然自分が猫になっていると気づいたら! これはいくら猫好きの人でも、ショックでしょう。猫好きの方は猫を愛しているのであって、自分が猫になりたいわけではないでしょうから(いや、そういう方もいらっしゃらないわけじゃないですね)。仁さんんがパーティーに来なかったというくだりで、え、まさか!?と思いましたが、猫として目覚めたシーンを読んで、最初に、決して出られない極狭の部屋に閉じ込められた絶望感を感じました。

    歴野さまのこれまでのまとめが鋭くて、私はそれ以上に付け加えることはないのですが、この物語の語り口調やテンポはとても心地よくて、引き込まれました。さすが日野原さまです。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    キャットフードに、猫缶、という呼び方があるのですね。自然な呼び方ではあると思うんです。「猫缶、買った?」とか。でも知らずに聞いた人は、そりゃ、たまげるでしょう。小学生の時、ドリトル先生を読んだ私も、マシュー・マグの商売が「猫肉屋」とあって、仰天しました。挿絵も憶えています。妙なおじさんが立っていて、その周りに猫が寄っていく(不吉な!)絵です。さらわれて食われちゃうのかと思いました。今では、笑い話にしかなりませんが。

    猫と魚は、日本人が明治以前は、肉食をしなかったからだろうと思ってます。猫にしたら、食物と言えばまず、ネズミ、小鳥、そして魚しかなかった。最後の魚は、人間も食べるので「おさかなくわえたどら猫~♪」の騒ぎになって、日本人の心に定着したんでしょう。

    人間が他の動物になる変身譚、神話の時代から多くないですか?アポロから逃げて月桂樹になったダフネとか、自分に恋い焦がれて水仙の花になったナルシスとか。人間と他の生物は案外、親近感があるのかもしれません。もっとも、私は変身するなら植物より動物の方がいいです。動物でも、グレゴール・ザムザみたいな甲虫より、猫の方が断然いいです。

    西島仁は、いったんはパニックに陥りますが、時がたつと猫の身体に慣れてきます。慣れるにつれて、猫の生活も楽しみ始めます。どんな暮らしになっていくか、これからも読んでいただけると嬉しいです。
    コメントありがとうございました。






  • 第4話 写真への応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。
    突然来なくなってしまう常連さん、猫の写真と並べられた彼らの写真。うわ、なんだか不穏な空気が漂い始めましたね。この美しいアビシニアンと対になるのは誰なんでしょう。マヒバ氏の意図はいったい? ドキドキしますね。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    ペットとその飼い主を並べた写真集を見たことがあります。
    笑っちゃうくらい、似てるんです。
    とぼけた顔をした猫の隣にのんびりした顔の奥さん、長い気難しい顔をしたおじいさんの隣に、長い顔の真面目な表情の犬。
    長い間に、夫婦をしていると段々、動作どころか、顔つきまで似てくるって昔、私の親戚がいいました。その辺から思いついたのですが、最近は長く連れ添っている夫婦も少なくなったから、そうも言えないかもしれません。ちょっと残念です。

  • 日野原 爽さま

    こんにちは。
    なるほど、名物猫に会えることを売りにしているお店はときどきあり、おおむね好意的に受け止められていると思いますが、料理を残すな、を強制するのは、なかなか厳しいものがありそうですね。
    奈緒さんがコリーンちゃんみたいで、ちょっと微笑ましくなりました。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    お読み頂き、ありがとうございます。「猫肉屋」は猫キチガイの店主の経営する店です。どれほどキチガイじみているかは、おいおい、お分かりになってくると思います。食べ物を粗末にするやつは許さない、が店主のポリシーですので、客は従うしかありません。そんなに不味い料理は、店主曰く「おいしい料理」ですので、出てないはず・・です。

    奈緒は、生意気な所が、ちょっとコリーンと似てるかもしれないです。
    コメント、ありがとうございました。

  • 第1話 すべての始まり への応援コメント

    日野原 爽さま

    こんにちは。
    ほほう、レストランで猫肉屋。これ、猫のことになると目の色を変える愛猫家の友達に聞かせたら、真っ赤あるいは真っ青になって怒りだしそうです。この名前にどんな意図があるのか、とても気になります。
    開口一番、「君はルシアン・ブルーだね」ですか(笑)。愛らしい展開でもありますが、実際にこんな言葉を掛けられたなら、この段階で、帰った方がよいのでは、と強く思ってしまいそうです。

    作者からの返信

    佐藤宇佳子様

    猫お好きだって、おっしゃってましたね。私のもう一つの猫小説にお立ち寄り頂き、ありがとうございます。こっちの方が、「さらば愛しき猫よ」より先に書きました。その分、ちょっと古い部分ありますが、ご容赦くださいませ。
    「猫肉屋」というとんでもない店名については、仁自身が不思議に思っています。仁が理解する回まで、もう少しお待ちください。

    ルシアン・ブルー、ロシアン・ブルーとも言います。青灰色のほっそりしたきれいな猫で、マヒバ氏としては褒めたつもりなんです。店主と新人ウエイターの会話、おっしゃるとおり、ちぐはぐで全く嚙み合ってません。ただ、金欠の大学生は、背に腹は代えられず、居座った所から、話が転がっていきます。
    コメント、ありがとうございました。

  • 第32話 おまけへの応援コメント

     第32話の「おまけ」は、大きな事件が終わった後の日常を描いたエピローグでありながら、この物語全体のテーマを改めて感じさせる、温かく印象的な締めくくりでした。

     本編では、ウィンストンが奈緒を救うために自らを犠牲にし、博徳もまた、信じられない出来事を受け入れながら大切な存在を守るために行動しました。
     物語は一度そこで大団円を迎えています。しかし日野原さんは最後に悲壮な結末ではなく、博徳に「猫の尻尾」を残すというユーモラスな出来事を描きます。

     最初、博徳はその尻尾を迷惑なものとして受け入れられません。人間として普通に生きてきた彼にとって、猫の尻尾を持つことは不便であり、自分の人生が変わってしまう恐怖でもありました。
     しかし、やがてその尻尾はウィンストン=仁とのつながりの証であることに気付きます。
     この尻尾は単なる身体的な変化ではなく、大切な存在との絆の象徴なのだと思います。
     博徳は最初、異常なものとして切り捨てようとしますが、最後にはそれを受け入れます。
     それは、人間が理解できないものを拒絶するのではなく、そこに込められた意味を知ることで受け入れていく姿を表しているように感じました。

     また、このエピローグで印象的なのは、ウィンストンが戻ってきたことです。
     本編では仁が生きているのか、夢だったのか、はっきりとは説明されませんでした。しかし尻尾を通して、仁の存在は博徳の中に確かに残り続けていることが示されます。

     さらに面白いのは、最後にはその「欠点」のように思えた尻尾が、博徳の新しい幸せにつながっていくところです。
     さやかとの出会いも含めて、日野原さんは「人と違うこと」を悲劇として終わらせません。
     ありのままの自分を受け入れてくれる相手との出会いによって、それはむしろ個性や魅力になるのだと描いています。

     振り返ると、この小説は猫の不思議な冒険物語でありながら、実際には
    「命をどう見るか」
    「弱い存在をどう扱うか」「誰かを思う気持ちはどこまで人を強くするか」
     ──という、人間自身への問いかけの物語だったと思います。

     ウィンストンは小さな猫でしたが、誰よりも勇敢で、誰よりも家族を大切にしました。
     マヒバ氏は少し風変わりですが、命への敬意を貫きました。
     そして博徳は、現実的な獣医師から、目に見えないものや奇跡を受け入れられる人間へと変化しました。

     最後を重苦しい別れではなく、猫の尻尾をめぐる笑いで終えたことで、この物語は「失ったものを嘆く話」ではなく、「つながりは形を変えて続いていく」という希望の物語になったのだと思います。

     猫肉屋という不思議な場所を舞台に、猫と人間の境界を越えて描かれたこの作品は、かわいらしい動物物語であると同時に、命への優しさと、人を変える愛情の力を描いた物語でした。


     さて、最後に作品ではなく「日野原さん」について語らせていただきたいです。
     今回の「おまけ」まで含めると、実は日野原さんは最後に「感動で泣かせて終わる」のではなく、「泣いたあとに笑わせて終わる」構成にしていますね。
     そこがこの作品の特徴である
    「猫らしい自由さ」
    「少し皮肉なユーモア」
    「でも根底には優しさがあるところ」を、一番表している気がします。
     ↑そしてこれは、日野原さんという "人間そのもの" なのではありませんか?
     日野原さんのお人柄が感じられます♡

    作者からの返信

    歴野理久様

    コメントありがとうございます。
    過分なお言葉を頂き、面はゆいような気持ちでおります。

    最後に「おまけ」をつけたのは、暗いまま終わらせたくなかったからです。この世に、イヤミスが好きな人が多いのに驚いてます。読んだ後、いやーな気持ちになったら、読書の楽しみがぶちこわしじゃないですか。まあ、人それぞれではありますが。若い頃はまだ、我慢できたのですが、年々、むごい話が嫌いになってます。世の中、わざわざ読まなくても、むごい事だらけだとわかってきたからかもしれません。

    博徳と仁をこのまま別れ別れにしておきたくなかったというのもあります。せっかく気の合う相手と出会ったのだから、一緒に幸福になった方がいいじゃないですか。で、再会の手段を考えました。現実では無理ですが、フィクションは、特にファンタジーは、こういう時、便利です。猫の尻尾、素敵じゃないですか?仁は特に固執してましたし。ものの本によれば、人間が自分に無い器官で一番欲しいと思ってるものは、翼、だそうです。次点が尻尾。あると、結構便利かもしれないと、私も思います。

    長くお付き合い頂き、改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。



  • 第31話 大団円への応援コメント

     作品の後半から大団円に向けて、物語の大きな転換点を迎えますね。
     これまで人間に守られる存在だった猫のウィンストンが、今度は自分の家族である奈緒を守るため、自ら危険に立ち向かう決意をします。
     その姿は身体の小さな猫であっても、愛する者のためには大きな勇気を持てるということを示しているように感じました。

     特に印象的だったのは、ウィンストンが博徳に自分の意思を伝えようと、食卓の皿や鍋、フライパンを使って必死に訴える場面です。
     最初は博徳に理解されず、すれ違ってしまいますが、最後には博徳が「何か言いたいことがある」と気付きます。
     この場面は、言葉が通じることよりも、相手を理解しようとする気持ちこそが大切なのだと感じさせられました。

     そして、ウィンストンが博徳の力になるため、自らを差し出す決断をする場面は、この作品の中でも最も衝撃的な場面でした。
     普通なら受け入れがたい出来事ですが、ウィンストンにとって重要なのは自分の命ではなく、奈緒を救うことでした。
     そこには自己犠牲というより、家族を思う深い愛情があったのかも知れません。

     後半で描かれる「悪鬼」や「魔の谷」の存在は、人間の心の中にある冷たさや、命を軽く扱う心を象徴しているように思います。
     食べ物を粗末にすること、動物の命を奪うこと、人を道具のように扱うこと。それらが積み重なって生まれるものとして描かれる鬼ねずみは、単なる怪物ではなく、人間社会への警告にも見えました。

     一方でマヒバ氏の存在も印象的でした。
     彼の考え方は現実離れしているように見えますが、最後まで「命を大切にする」という信念を曲げません。
     博徳もまた、最初は疑いながらも、ウィンストンの覚悟を通して少しずつ世界の見方を変えていきます。

     結末では、ウィンストン=西島仁がどうなったのかは完全には説明されません。しかし、それこそがこの物語らしい終わり方だと思いました。
     大切な存在は、姿が見えなくなっても、その思いや記憶の中で生き続ける。
     猫と人間、現実と夢の境界を越えて、命のつながりを描いた作品だったと思います。

     この物語は猫の冒険譚であると同時に、
    「誰かを思いやる心」
    「勇気を持って行動すること」
    「命をどう扱うか」
     ───を問いかける物語でした。
     最後まで読み終えると、ウィンストンという一匹の猫が、実は誰よりも人間らしい心を持った存在だったのだと思えます。

    作者からの返信

    歴野理久様

    長い物語をお読み頂き、ありがとうございます。

    仁はかなりのヘタレですが、家族のことは大事に思っていたようです。作者は、西島仁を、中流の平凡な家庭に育ったのんきな男の子と考えていました。私が育った昭和の家庭が大体、そんなものでしたから。最近では、問題のある家庭が結構多いことを知って、ちょっと甘かったかなと反省しています。

    私が一番反発を感じていたのは、博徳の婚約者だった千明のような人間です。動物に感情があることを全く考えず、病気になったとか、飽きた(!)とかの理由でペットを捨ててしまう。実際、いるんですよ、そういう人。どうしても飼えなくなってしまう時はあります。でも、最大限、その動物の幸福を考えてやるべきでしょう、壊れた冷蔵庫を取り換えるんじゃないんだから!と思っていました。

    結構、ショッキングなところもあったと思いますが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

  • 第17話 縁談への応援コメント

     ここまでを読んで特に強く感じたのは「出会いによって人は変わっていく」ということです。
     シェーラを失う場面はとても悲しくて胸に残りました。仁にとってシェーラは単なる仲間ではなく、初めて深く心を通わせた存在だったのだと思います。
     戦いの中で傷つきながらも最後まで仁を励まし続けるシェーラの姿には、強さと優しさが感じられました。
     別れの悲しみの中で仁自身も傷つき、その直後に事故に遭う流れは、彼の孤独と絶望を強く印象づけています。
     しかし、そこで獣医の博徳と出会ったことが、新しい物語の始まりになっています。

     また、猫のウィンストン(ラムセス)と博徳の共同生活が描かれるのも印象的です。
     最初、博徳は「猫を飼うつもりはない」と言い、自分は犬の方が好きだと言います。(実は僕も犬のほうが馴染みあります、現在プードルとマルチーズと二人います、あ、余談)
     しかし、猫のために部屋を整え、食事を用意し、世話を焼いている姿を見ると、本人が気づかないうちに心を開いていく様子が伝わってきます。特に、仕事で感じた動物と飼い主の関係への悩みを猫に語る場面は印象的でした。
     博徳は獣医として命を救いたいと思っている一方で、人間の都合によって救えない命がある現実にも苦しんでいて、その孤独を言葉を話さないはずの猫が受け止めているように感じられました(ぼくもうちのワンコ達に色々話してます)
     ウィンストンの不思議な能力は物語の面白さを生んでいますが、それ以上に重要なのは、彼が博徳の心の支えになっていることだと思います。冷蔵庫からビールを持ってくるというユーモラスな場面も、単なる不思議な出来事ではなく、猫が博徳を理解し寄り添っている象徴のように感じました。

     また本当の飼い主であるマヒバ氏が現れた時、普通ならそこで "別れ" になるはずだったラムセス自身が、それでも博徳のそばに残ることを選ぶ展開は、とても心温まるものでした。動物にも意思や感情があり、人間との間に特別な絆が生まれるというテーマがよく表れていると思います。

     そして博徳自身の人生にも変化の波が押し寄せます。
     母親からの見合い話は、単なる結婚問題ではなく、博徳がこれからどんな人生を選ぶのかという問いでもあるように思えました。
     猫を「預かっただけ」と考えていたはずの博徳が、いつの間にか「猫が嫌いな相手なら断る」と言うまでになっていることからも、彼の中でラムセスの存在が大きくなっていることが分かります。

     ここまでの物語を通じて、人間と動物の関係は一方的なものではなく、お互いが支え合うものなのだと感じました。それは現に、僕も日常的に感じています(わんこ二人もそれぞれにキャラが違いますから)
     傷ついた猫が博徳を癒やし、また博徳も猫を救っている。二つの孤独な存在が出会い、少しずつ温かい関係を築いていく過程がとても優しく描かれていますね。
     この続きも楽しみです♪

    作者からの返信

    歴野理久様

    お読みいただいてありがとうございます。

    シェーラは私のお気に入りのキャラクターなので、あのシーンは書いてて辛かったんです。でも、物語の流れからすると、どうしてもそうなりました。悲しい思いをさせてすみません。その代わりと言ってはなんですが、次のシーンは明るくしました。

    ビールを運ぶところ、「こんなことしたら、プシュッとやったとたんに泡が天井まで噴き上がるだろう」と思ってました。くわえて運ばせることも考えたんですが、アルミ缶の固さと大きさから無理。転がすことになりました。博徳が常識を持っていて、風呂場で缶を開けてくれることを祈ってました(アハハ)
    博徳が話したペットと飼い主の関係、両方とも私が聞いた実話です。ペットの幸せは結局、飼い主次第なんですよね。無力でだから余計に愛おしいのかもしれません。

    プードルとマルチーズと一緒に暮らしていらっしゃるとのこと、羨ましいです。私の傍には、今、猫も犬もいなくて、公園へ行くたびに、散歩中のワンちゃんを見つけて「撫でていいですか~?」とやってます。歴野様なら、きっと、マヒバ氏のポリシーの意味、お分かりいただけると思います。

    コメント、ありがとうございました。

  • 第6話 僕は仁だへの応援コメント

     まだ前半しか読んでいないので適切な感想を書けるかどうか疑わしいのですが、何か今現在の気持ちだけでも書き表したい、との思いで走り書きします。
     最初に感じたのは「とても不思議で奇妙な世界観を持った作品だ」ということでした。
      "猫肉屋" という一見すると怪しげな店名、動物の名前を付けた料理、そして猫を何より大切にする謎めいた店主マヒバ氏。
     その設定だけを見ると、はじめは現実離れした奇抜な物語に思えました。
     が、しかし、読み進めるうちに「単なる奇妙な話」ではなく、人間が普段当たり前だと思っている価値観を問い直す作品なのだと感じました。

     主人公の仁は、最初は店の変わった雰囲気に戸惑いながらも、働くうちにマヒバ氏や猫たちの考え方に触れていきます。
     マヒバ氏は「猫が嫌いな人には来てほしくない」「料理を残す人には来てほしくない」と言う、一見すると頑固で変わった人物に見えますが、その奥には、生き物や食べ物に対する強い敬意があるように思えました。

     特に印象的だったのは、料理名だけは象やライオンなど大げさなものなのに、実際には普通の食材を使っているという点です。
     人間は名前やイメージだけで物事を判断してしまう。しかし本当に大切なのは表面的な印象ではなく、その中身や込められた意味なのだと感じました。

     また、猫たちが店を守っているように描かれている部分も興味深いです。
     人間よりも猫の方が本質を見抜いているように描かれており、人間中心で物事を考えることへの皮肉にも感じられました。

     仁が猫の姿になってしまう展開は、現実ではあり得ない出来事ですが、物語上では大きな意味を持っているのだと思います。
     人間だった仁が猫の立場になることで、今まで理解できなかった猫の感覚や世界を見ることになるからです。
     自分とは違う存在の立場に立って初めて分かることがある、というテーマが表れているようにも感じました。

    『マヒバ氏の商売』は、表面だけ見るとユーモラスで奇妙なファンタジーですが、その奥には、人間の思い込みや傲慢さへの問いかけがある作品だと感じました。
     変わった店主と猫たちの物語を楽しみながらも、自分自身も物事を表面だけで判断していないか?と、考えさせられる作品でした。

     あ、またダラダラと駄長文を垂れ流してしまった。
     まだ物語の半分も読んでいないうちに適当な事を書き散らかしてしまい(なんだ?こいつ!)と思わせてしまったならご容赦下さい。歴野理久はこう言う奴です。

    作者からの返信

    歴野理久様

    お読み頂いてありがとうございます。

    仰る通り、奇妙な話です。猫肉屋というとんでもない名前は、ドリトル先生からの発想でした。子供の頃、ドリトル先生シリーズが大好きでしたが、猫肉屋のマシュー・マグの商売が今一つ、理解できなかったんです。イギリスでは猫の肉を売るのか?誰が買うんだ?そのうち、話が逆で、マシューは猫の飼い主と契約して、猫の食べる肉を売る仕事をしてるのだと知り、面白いと思ったのがきっかけです。日本では、猫は魚を食べるものというのが普通ですから、ピンとこなかったんですね。「猫肉屋」と聞くと大概の人が私と同じ間違いをするようです。

    人間が他の動物になる変身譚は、民話や童話では珍しくないので、結構、受け入れられるのではと思いました。輪廻転生の思想もあります。友人が、「生まれ変わったら、私の猫になりたい」と言ったことがあります。「私の」と言う所がミソで、彼女の猫はその時、暖かなストーブの前で気持ち良く熟睡していました。人間より、よっぽど幸せそうでした。

    この小説を書いた頃、私は動物愛護とアニマル・ライトについて、あれこれ調べていました。知り合いのハンターは、猟の獲物の肉は一片も無駄にしてはならないと良く言ってました。誰もが菜食主義にはなれません。動物の命を奪わなければタンパク質を摂れない人間ですが、せめて無駄にはするなということだと受け止めました。最近、人間様は偉いのだという思想が、少しずつ変わっていくように感じています。実際、人間も動物も臓器レベルでは大した差はないらしいです。ブタの心臓や腎臓が実験的に人間に移植されていることからしても。

    コメントをありがとうございます。奇妙な小説ですが、楽しんでいただけると幸いです。


  • 第1話 すべての始まり への応援コメント

     日野原爽様
     まずはじめに、読者の皆様から貴重な感想をいたたくこの大切なコメント欄に、このような私信を割り込ませる失礼を心からお詫び致します。
     この「カクヨム」の末席で「私小説・僕のこの恋は何色?」を連載中の「歴野理久♂」と申します。

     日野原様より2025/11/8付にて大変ありがたいレビューをいただきました。
     なのに僕はそのお礼を伝える手段も知らず、何も出来ずにいる事をずっと気に病んでおりました。
     実は僕は、このようなサイトのシステムや作法にまるで無知で、ただただ自分の連載を続ける事だけで精一杯だったのです。

     が、しかし、近頃ちらほらと読者様からコメントをいただくようになり、その遣り取りを通じてこの "手段" を思い付いたのです。
     この方法なら要領を得ない僕でも日野原様にお礼が言えます。

     改めまして──僕の拙作に対し身に余るレビューを添えていただき、誠にありがとうございます。
     日野原様には過分な評価を頂戴し、恥ずかしさに身の縮む思いですが、そのご期待に少しでも沿えるよう努力して参りたいと思います。

     ──なんて、長駄文は僕の欠点だと自覚しております。
     御礼状も長過ぎればご迷惑となりましょうから、冗長に陥る前に失礼致します。
     日野原様のご健筆をお祈り致します。
     ──────歴野理久♂

    作者からの返信

    歴野理久様

    丁寧なお便りをありがとうございます。

    私も、サイトの使い方や作者、読者とのコミュニケーションについては良くわかってないことが多いです。どんな形にせよ、作者さんからのお便りはありがたいです。
    歴野様の小説は、多分、私には絶対に書けないタイプの小説だと思って拝読していました。(私は人間を描くのが苦手です)歴野様の御作から教えていただいたことがたくさんあります。
    小説を書くのは、孤独な作業だと思いませんか?こんな風にお便り頂けると励みになります。
    歴野様のこれからのご活躍を期待しています。
    ありがとうございました。

  • 第1話 すべての始まり への応援コメント

    まず一話目読んで、どういうことなんだ……で概要やタグ見てどういうことなんだ……流麗な文章なのに不穏な雰囲気しかしません。
    何とも言い難い魅力がありますね。

    作者からの返信

    島アルテ様

    お読み頂いてありがとうございます。
    文章までお褒めいただくとは思ってもいなくて、嬉しい驚きでした。
    少し前に書いた小説なので、やや古くなったところもあるかと思いますが、テーマ自体はユニバーサルです。楽しんで読んでいただけると嬉しいです。よろしくお願い申し上げます。

    編集済
  • 第16話 猫の意思への応援コメント

    目まぐるしいストーリー展開、毎回ドキドキしながら読んでいます!
    これからどんな結末を迎えるのか、全く想像がつきません…。
    次の更新も楽しみにしています(^^)/

    作者からの返信

    naoyo 様

    お読みいただいてありがとうございます。
    応援コメントまでいただいて、本当に励みになります。
    猫たちは中々思ったように動いてくれませんが、がんばって更新していきます。これからもよろしくお願い申し上げます。