第24話 女を知った男
原田の逆転場外ホームランの余韻も冷めやらぬ中、右のバッターボックスには5番、投手の万谷が立つ。
(原田のホームランに乗じて畳み掛けたいところだが……
万谷の振ったバットの根本にボールは当たり、打球は力なく外野に向かって飛んでいく。
(クソが! ……だが、やはり流れはこちらにある。どん詰まったお陰で、いい感じに外野の前に落ちてくれそうだ……)
そんな万谷の視界に映ったのは、打ち上げられたボールに向かって一直線に背走するショートの守。彼はボールに一切目を向けずに素早く背走するが、それは打球を見ずに落下地点を予測して走らなければ出来ない芸当である。
(ボール見ずに追っかけるなんて横着するんじゃねぇよ! 味方がそれやったらブン殴るぞ!)
(俺なら出来る……打球が飛んだ方向、角度、今日の風から落下地点を分析! そして……)
「もうそろそろ! 緩めろ森内!」
「まもっちゃん、もう上向け!」
打球を正面から見ている、光と永遠クンの指示に従えば……落下地点ドンピシャだ!
「……捕った!」
「アウッ! スリーアウト、チェンジ!」
「やったぁ! いいぞ守!」
(これでなんとか、1点ビハインドでしのいだ……まだまだこれから、頑張れみんな!)
3回の表、朱護学園高校の攻撃。先頭打者として左打席に立つのは……
『9番、ショート、森内クン』
(……2回はお互い0点に終わった後、先頭打者として回ってきた打席……そろそろ試合の流れをこっちに引き戻すためにも、なんとしても塁に出る!)
決意を胸にバットを短く持って構える守に対して、マウンドの万谷は相も変わらぬ不機嫌そうな顔を向ける。
(……コイツは俺の打球を取ってノリやがったのか、2回も好守を見せて鈴本の三者凡退に貢献……お陰で鈴本もノってきやがったし、これ以上コイツを放置するのは危険かもな……)
初球、万谷は容赦なく顔に近いところにストレートを投げ込んで守の腰を引かせようとする。
(許されるのであれば、こういう気に入らない奴には顔面
インコースいっぱい、ビシバシのコース。しかし、守は短く持ったバットをコンパクトに振ってこれに合わせ……
「ぬがぁ!」
振り抜いた打球は、一塁原田の後方に向けてフラフラと上がる。
「原田取れぇ! 追いつけゴラァ!」
「ふむ……悪いが、届かん」
守の打った打球はファーストとライトの間に落ちるヒットとなり、朱護学園高校は先頭打者を出塁させることになった。
「よっしゃあ! ナイスだ森内ィ!」
「守ー! ナイバッチ!」
(……っし! 不格好でもヒットなら結果オーライだ。後はなんとかして、塁に出るだけ……)
「いいスイングだったな、森内君」
出塁した守に、一塁手である原田が突然声をかけてくる。
今まで話したことのなかった相手に突然話しかけられたことで守は一瞬動転するが、打席で見せる原田のキャラクターを思い出すと納得して喋り出した。
「それはどうも。神奈川最強バッターの原田サンに褒められるようなスイングだったとは思えませんがね」
「ハッハ! 同級生なのだし、さんなんてよそよそしい呼び方はしなくていい。俺も次からは遠慮なく森内と呼ぼう」
「そうかい……じゃあよろしく、原田」
「ウム。……スイングの話だが、たとえ格好が悪くとも、しっかり強く振り抜くことが肝要だ。今の君は、しっかりとそれが出来ているいいバッターだ」
「今の、か……昔……夏の試合の時の俺を、覚えているのかい?」
「ああ。守備では良い意味で、打撃では悪い意味で印象に残る選手だったからな。あれだけの守備の才能があるのに、打撃ではまったくやる気のないあの姿は……見ていて、少しイライラさせられた」
「……えっ?」
「フフッ、以外か? 俺とてまだ17歳の高校生なんだ、イライラくらいするさ」
「いや、それもそうなんだけど……俺のどこに、そんなイラついたんだ?」
「心当たりはないかい?」
「……あるね」
やれば出来る、やろうと思えば出来ることを、自分はやってこなかった。その姿はロクな交流のない第三者が見ても苛つくような姿であったことに、守は今更気がついたのだった。
「だが、今の君は見ていて感動を覚えるほどの選手に変わってくれた。守備の華麗さは言わずもがな、打撃も不格好ながら結果をだそうと必死にボールに食らいついていて……いったい、たった2ヶ月で君に何があった? 何が君をここまで変えた?」
ストレートにそう聞いてくる原田に対し、守は自分が変わった理由を素直に答えようとはしない。厳密には恥ずかしくて答えられない。
が、何も答えないのも悪いので、守は必死に考えた自分なりのシャレた答えを返すのであった。
「……なんでだろうね……強いて言うなら……女を知ったから、かな?」
「……フハハハッ! そうかそうか! それは良いことだ! 良い女性との出会いは男の人生を変える! 君は素晴らしい女性と、幸運にも巡り合えたようだな!」
「巡り合えたというか……昔から会ってたのに、俺が勇気を出せなかっただけなんだがな!」
そこまでで守は原田との雑談を切り上げ、一塁から二塁に向かってスタートを切った。
「むぅっ、盗塁か!」
「チィッ、クソが!」
チーム1の俊足を誇る小久保ほどではないが、守もそれなりの俊足の持ち主である。その俊足は普段は守備にしか用いられないが、ここは少しでも早く同点に追いつくべき場面だと判断した守は、相手の隙をついての盗塁を敢行した。
「セーフ!」
「よっしゃ、いいぞ森内!」
「守、ナイスラン!」
「フハハハッ! 見事な盗塁だ! これは一本取られたな!」
守の盗塁に湧く朱護学園ナインに混じって、一塁から原田が守に向けて称賛を送る。
そんな原田の態度を見て、マウンドの万谷は露骨に苛立ちを強めていた。
(何を敵相手に称賛なんてしてんだ。相変わらずお人好しなこって。……高校野球は負けたら終わり、一発勝負のトーナメントなんだ。そんな環境で戦ってるような俺達は、敵のプレーを褒め称える余裕があるんなら……敵を蹴落とすことに力を注ぐ方が、ずっと健全だと思うんだけどなぁ!?)
守の盗塁に動じることもなく、万谷は第1打席で三塁打を打たれた1番小久保を三振に斬り捨てた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます