第12話 意地

(……味方が勝ち越してくれた直後の守り……こういう場面を完璧に抑えてこそ、エースってもんだぜ……中谷クン!)


 5回の裏、三杉学舎大付属はあっさりと三者凡退。この回鈴本が投じたボールは僅か8球であり、先制した直後に点を取られた中谷との差を見せつける。


「いいぞ鈴本! そのピッチング続けられるんなら女遊びも許してやる!」


「OK! じゃあ明日お前の目の前でカナとキスしてやるよ、船曳!」


「ヴァア!? 調子乗んな、殺すぞ!」


 高校生らしい軽口が叩き合えるうちは、ベンチの雰囲気は上々だ。6回の表の攻撃も先頭打者が出塁し、甲子園ベスト8チームである三杉学舎相手に有利に試合を進めていることでチーム全体に手応えが生まれてきていた。


「監督! 今日の俺絶好調なんで、最後まで投げていいですか!?」


「……次の日曜までの1週間、休養に徹するならな」


「ありがとうございます! よっしゃ、清水キャッチボールだ!」


 自分でも言っているとおり、今日のエース鈴本は絶好調。若干事故気味の中谷のホームラン以外は、ポテンヒットと四球2つのみ。三振は既に8つ奪い、ストレートは自己最速の149kmをマークしていた。


(……新チームの軸は、やはりエースの鈴本。その鈴本を気持ちよく投げさせる清水も、1年生ながらチームの軸になりつつある……流石はボーイズ日本代表の正捕手、スカウトした甲斐があった)


 監督が鈴本と清水のバッテリーを見てほくそ笑んでいる一方で、打線は3番柳生、4番門倉の連打でチャンスを作り……


「でらっしゃあぁ!」


 5番船曳のタイムリーで追加点。クリーンナップでの華麗な3連打を受け、たまらず三杉学舎はタイムをとった。


(……打線に関しても、今のレギュラー8の完成度は高い……今から控えの連中がどれだけ頑張っても、秋のうちに1~8番の牙城を崩すことは出来ないだろう……)


 まだ、新チームが始動して1ヶ月余り、1度も公式戦は行っていない。……が、それでも音羽監督は確かな手応えを感じていた……春は甲子園に行ける、と。






「この回までだ、中谷」


 三杉学舎主将である捕手の天宮あまみやが、中谷にそう告げた。この回の守りに入る前、中谷が100球に到達したらこの回限りで変えると、天宮が監督に伝えられていたからだ。


「……今のでちょうど100球、頃合いだ。次の守りからは外野で素振りでもしてろ」


「……ああ~畜生、悔しいねぇ……投手としての俺のショボさを、ヒシヒシと感じるぜ」


「ショボいのを自覚してんなら、練習するしかあるめぇ」


「わーってるよ、そんくらい……でもよ、やっぱり練習の効率を上げるには……モチベーションが必要だろ?」


「……同意だ。この試合、気持ちよく終わって練習へのモチベーションに変えてやるか」


「おうよ。残りアウト3つ、気持ちよく取って終わろうや」


 その宣言通り、中谷は6番宝生、7番鈴本を連続三振に斬り捨てる。ストレートは146kmと、ここにきて今日の最速をマークした。


「……あいつの意地かねぇ……負けずに気合い入れてけよ、清水」


「分かっていますよ。自援護出来ずに三振したエースの尻拭いは、女房役の勤めですからね」


「……言いやがる。カナと比べると可愛くねぇ女房だぜ」


 二死ツーアウト一二塁。打席には8番、清水が立つ。


(……この回になって、ストレートを多用してきている……疲労で変化球が抜けるのを恐れているのと、逆にストレートは今日最速を記録するほど走ってきているからか……確かに、中谷さんのストレートには力があるが……ストレートに絞れば、打つのはそう難しくない!)


 初球の低めへのストレートを、清水は無駄のないシャープなスイングで軽くセンター前へと返した。


「よっしゃあ! 綺麗なセンター返し!」


「でも門倉が鈍足だから帰れねぇ!」


 これで、二イニング続けての二死満塁。中谷が取り戻しかけた流れを、なんとか清水が守った後で打席が回るのは……9番の守である。

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