第147話 ゲルマン王国の使者の正体








 レイキ・シバが心に浮かべた事は、スルーズを通して葵の脳裏にも、リアルタイム映像として伝えられていた。

 スルーズの読心魔法に葵がシンクロナイズしたのだ。


「わたしはゲルマン王国のご使者に導かれるまま、正式に同盟を成立させるべく、皇子様を伴って未知の大陸に足を踏み入れました」

 未知の大陸とはパンゲアのことである。

「ただ……」

 とレイキは冴えない顔を見せた。

「何か、気になることでもあるのか?」

 とアナスタシアがすかさず聞いた。

「はい……。何と言えばいいのか……陛下にしても、大臣・将軍方も…ゲルマンのご使者の提示されたものを、そのまま受け入れたようなのです」

「どういうことだ?」

「わたしはご使者を交えた会議の席には出席していないので、詳細など知らされていないのですが、同盟の条件が、余りにも不平等なものだと思うのですが、誰もそれについて反感を持たないのです」

「なるほど。確かに、皇子の人質や万単位の派兵は、対等な外交交渉ではない」

「そうなのです。まるでゲルマン王国の軍門に下ったのかと考えてしまう程に……」

 と言い掛けてレイキは言葉を切った。


 レイキには理解出来なかったダイシン帝国側の不可解な行動だが、葵には大体の想像はついていた。

〈ロゼ。気付いているかい?〉

 と葵はスルーズの心に問い掛けた。

《ええ。ダイシン帝国の首脳たちの腕に、腕輪がはめられていますね》


 そうなのだ。

 レイキが思い浮かべたその日の状況は、スルーズの読心魔法によって、葵の脳裏にも届いていた。

 ゲルマン王国の使者と皇帝及びその首脳陣との会談後にレイキは呼び出された。

 その時には、ダイシン帝国首脳陣たちの腕に魔石の付いた腕輪がはめられていた。

 だがレイキはそれを、単なるゲルマン王国からの贈り物程度にしか考えていなかったが、無理もない事だ。ダイシン帝国には魔法と言う概念が存在しないのだから。


《この腕輪は従属の腕輪です》

 とスルーズの言葉が心に聞こえた。

〈従属の腕輪?〉

《はい。以前にマリー様がはめられていた憎愛の腕輪やギルバートが付けられていた契約の首輪とはまったく違うものです》

〈その違いとは?〉

《契約の首輪や腕輪は外部から強制的に装着する事が出来ますが、従属の腕輪は本人がみずから装着しなければいけないのです》

〈自分の意志で装着する? つまりゲルマンの使者が贈り物と偽って、ダイシン帝国の首脳たちに自分の意志で装着させたと言うことか?〉

《おそらくそうだと思います。どのような饒舌じょうぜつを以てそれを実行させたのかは、その瞬間を立ち合っていないレイキ殿から見て取ることは叶いませんが……》

〈それで、その魔法にはどのような作用があるんだ?〉

《契約する相手に触れている必要がありますが、その腕輪を装着した者は、契約者の意志がそのまま自身の意志となるのです》

〈要するに、ダイシン帝国・皇帝ソンブ・シンとその重鎮たちは、ゲルマン王国の意向に同調させられている……と言うことか?〉

《そうお考えなって差し支えありません。でも、これは強制ではないのです。従属の腕輪をはめたダイシン帝国の首脳陣からしてみれば、自分の意志で判断して、ゲルマン王国に同調している―――そう思い込んでいるのです》

〈操られている自覚がないのか―――。厄介だな〉


 以前、アナスタシアとギルバートが契約の腕輪や首輪を装着させられていた事がある。

 従わなければ首輪に締め付けられたり、体の自由を奪われたりしていたが、二人とも自分の意志はしっかり保っていた。

 しかし、ダイシン帝国首脳陣が装着した従属の腕輪は、意識そのものを都合のいいように洗脳する魔道具なのだ。


〈一つ気になったのだが……〉

《なんでしょう?》

〈ゲルマン王国の使者のことなんだが〉

《はい》

〈ゲルマン王国の使者とは、何者なんだ?〉

《やはり、お気づきになりましたか》

〈ただ者じゃないんだろ?〉

《わたしも一度しかお目にかかっていなかったので、直ぐには思い出せなかったのですが、彼は現国王のシュミット・ハイネンだと思います》

〈なるほど〉

 葵は合点が言った。

(それが目的だったのだろうな)

 ダイシン帝国皇帝とその首脳陣は、シュミット・ハイネン自身が従属させたかったのだ。

 危険は覚悟していただろう。

 それを押してまで異郷の地に足を踏み入れないといけないくらい、ゲルマン王国には後がなくなっていたのだろう。

 これでダイシン帝国は、事実上ゲルマン王国の治める所となった訳だ。


 葵はレイキに従属の腕輪の事を話した。

 レイキはこらえていたが、リョーウン・ヨウは顔色を変えて怒りを露にした。

「それじゃ、おれたちのダイシン帝国は、ゲルマン王国に支配されてしまったと言うことじゃないんですか?」

「落ち着け、リョーウン」

 立ち上がるリョーウンをレイキが諫めた。

「あの腕輪はそう言うことだったのか……きれいな宝石がいくつも輝いていて、とても高価な贈り物だと陛下もお喜びになられていたのに」

「ダイシン帝国が魔法に無知なことをいいことに、こんなの騙し討ちじゃないか」 


「とにかくわたし達だけでは何もできない」

 とレイキはそう言いながらアナスタシアを見据えた。

「わたしたちが知る限りのゲルマン王国の情報はお話しします。ですから、わたしどもにお力をお貸し下さいませんか」

「そのつもりだ」

 とアナスタシアは凛として言った。

「わたしは戦争を無くしたい。そのために今まで敵対していたアルビオン王国とも友好関係を築き、ゴンドアナ大陸においてもヤマタイ連合と親睦を深め、敵対関係にあった女王国アスカとの国交正常化にもこぎつけた」

 だから―――とアナスタシアは言葉を続けた。

「現段階では敵対しているダイシン帝国やゲルマン王国とも手を取り合いたいと思っているのだ。わが国だけが裕福ではいけない。それでは戦争は終わらないんだ」

「アナスタシア様……」

「国が争えば、一番苦しむのは民だ。生活の困窮の中で死んでいった彼らを、わたしは嫌と言うほど見て来た。手を差し伸べて助けられた命もあったが、助けられなかったたくさんの命もあった。何度も、何度も、わたしは挫折しそうになった。それでも―――わたしは前に進まなければならないと思っている」

 アナスタシアの目が葵やスルーズ達を見た。

「ここにいる仲間がいつもわたしを助けてくれた。スルーズも、リンダも、そして葵も、かつてはわたしとは戦場で矛を交えた敵だった」

 アナスタシアの言葉にレイキとリョーウンは驚いた顔を見せた。

「皇帝陛下―――マリー様の人徳にわたしたちは惹かれたのですよ」

 とスルーズが笑った。

「そうなんだよ。わたしなんかタメ口だけど、一度だって嫌な顔されたことないよ」

 とリンダも言った。

「マリー様はたった一人の人間のためにも動いてくれるお方だよ。わたしのお母ちゃんが王都ロンドニアに連れて行かれたと聞いただけで、このゲルマンの地に付いて来てくれたんだよ。国の一番偉い人が、普通そんなことするかよ」

「ぼくもマリー…いや、マリー様の軍師になったのは、彼女の民を思う気持ちに引かれたからなんです。―――本当は彼女と戦場で戦った時、勝ったのはぼくの方なんですけどね。彼女の思いに心を打たれて、ぼくの方から軍門に下ったのですよ」

「つまりあなた方は、互いに敵同士だった者が、今はこうして信頼できる仲間になったと言うことですか?」

 驚いたように聞くレイキに、葵達は申し合わせたように頷いて見せた。

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