第5話 薔薇星雲

 大変寒い日になったので今日も誰かがからだをあたために来るのだろう。

 薔薇星雲は深い呼吸をして目を閉じながらそんなことを考えています。

 がたがたごうごうと遠くから物音がするのは、宝石のようせいたちを乗せた星石車せいせきしゃが金銀青赤、色とりどりの星々の間をすり抜け、闇の中を走っていく音です。音は留まることを知らず、一瞬だけ耳を掠めたと思うと、どこへともなく消えていきます。

 さて、そろそろ午睡に入れるだろうかと思っていると、いつもの幼いこびとのきょうだいが小さな船を漕いでからだをあたためにやって来ました。

 やぁ、今日も来たなと薔薇星雲はあたたかい風を吹き掛けてきょうだいを歓迎します。二人はついくすぐったくなってきゃっきゃと声を上げながらあたたかい風に戯れます。

 薔薇星雲は二人が風で遊ぶことの大好きなこどもだということを承知していますので、どれ、今度は髪でも揺らしてやろうと、髪先を狙って風を送ってやりました。二人は賑やかにきゃっきゃと笑います。さて、今度はお腹だ。着ているシャツがばたばたとはためいて二人は大喜びです。

 今度は何? 今度は何? と、きょうだいが揃って幼い瞳を輝かせるものですから、薔薇星雲は二人を風で包み込んで高く打ち上げ、スカイダイビングをさせてあげるのでした。

 それが終わると二人はからだがあたたまって眠気が差し、寄り添って眠ってしまいます。

 薔薇星雲は自分の花びらを一枚千切って二人に掛けてやり、こびとのきょうだいと一緒に心地のよい午睡に入るのでした。


 それからしばらくして、ずいぶんと静かなひたひたとした足音が聞こえ、薔薇星雲は目を覚ましました。こびとのきょうだいはまだ眠っています。

 きっとさっきの星石車に乗っていたのでしょう。ダイヤモンドのようせいがからだを震わせてふらふらと座り込み、あたたかい風を吹き出す薔薇星雲に手を翳しました。これはいけないと、薔薇星雲はまた花びらを一枚千切ってようせいの肩に掛けてやりました。

「ああ、いけません。こんなことをなさっては」

 ダイヤモンドのようせいは慌てて薔薇星雲の花びらを返そうとしました。薔薇星雲は首を横に振り、どうかその花びらであなたのからだをあたためてください。その方がわたしの花びらも喜ぶのです、と言いました。ダイヤモンドのようせいは薔薇星雲の花びらを掻き合わせて冷たいからだを包みます。

 あなたの星が一生を終えたのですね、薔薇星雲がそう語り掛けるとダイヤモンドのようせいは黙って頷きます。

 元気になるまでここでお休みになるといいでしょう、そう言いながら薔薇星雲は風を送ってダイヤモンドのようせいをあたため続けました。ダイヤモンドのようせいはよっぽど心細かったのでしょう。透き通った涙を一粒二粒落としていきます。薔薇星雲は目を閉じて、もう何も見ません。あたたかい風でダイヤモンドのようせいを包み込むだけでした。


 ダイヤモンドのようせいは美しい涙の粒をお礼として残し、薔薇星雲から旅立っていきました。

 眠っていたこびとのきょうだいが目を覚ましますと、目の前にその美しい粒がぷかぷかと浮かんでいましたので、これは何? これは何? と目を輝かせて薔薇星雲を問い詰めました。

 これはダイヤモンドというんだよ。星の命の欠片だよ、そう教えてやると幼いきょうだいは小さな粒を手のひらに乗せてじっくりと観察をしました。

 薔薇星雲がそれをお土産に持たせると、こびとのきょうだいは大喜びで何度も辺りを宙返りしました。

 そして、あたたまったからだで船に乗り込み、元気に櫂を漕いで、自分たちの星へ帰っていきました。

 宇宙の一日も終わろうとしています。

 薔薇星雲は大きな呼吸をして目を閉じました。

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