第148話 密着

薫とボクシング場に戻った後、縄跳びを終え、バンテージを手にまくと、千歳がボクシング場に入ってきたんだけど、普段以上にピリピリした空気を醸し出し、陸人と学だけではなく、畠山君までもが背筋を伸ばしていた。


そんなことは気にせず、星野は千歳の顔を見た途端、俺の隣にぴったりと寄り添うように座り、授業中に起きたことを話し始める。


適当に相槌を打ちながらバンテージを巻いていると、千歳はストレッチを始めたんだけど、弾むように動き回る胸が気になって仕方ない。


『あいつ… ナベシャツ忘れてきた?』


不思議に思いながら千歳を見ていると、千歳は俺のことをチラッとも見ないまま、大声で切り出した。


「1年集まれ~!」


杉崎以外の1年が一か所に集まると、千歳は1年を一列に並べ、ファイティングポーズを取らせ始めた。


「動くなよ~」


千歳はそう言った後、一人一人の腕の角度や、腰の落とす角度を調整しながら歩いていたんだけど…


腕の角度を調整するときには、後ろから抱き着くように密着し、時々、耳元で囁くように指導し始めていた。


「もうちょっと、腕を上げて… 踵も… そう… その角度、ちゃんと覚えてね…」


『な! 何してんのあいつ…』


突然の行動に驚き、言葉が出ないで居たんだけど、千歳は1列に並ぶ1年の全員に対し、体を密着させて指導をし続け、みんなは当然のように前かがみになってしまう。


指導してるのはわかるんだけど、あまりにも近すぎる距離に徐々に怒りがこみ上げ、千歳に駆け寄り、腕をつかみながら体を引き離した。


「何してんの?」


「ファイティングポーズの指導」


「そんなにくっつくことねぇだろ!?」


「正面だと教えにくい」


「だからって耳元で囁くことねぇだろ!?」


「耳元で大声出したらうるさいでしょ? さっさとトレーニングしなさいよ」


吐き捨てるように正論を言い放たれ、何も言い返すことができないまま、サンドバックを殴り始めた。


サンドバックを殴っていると、千歳はグローブを手にはめた後、1年を座らせ、ルールや反則技について解説をし始めたんだけど、いきなり千歳が怒鳴りつけてきた。


「奏介!! リング上がれ!!」


「は? 俺?」


「弱い者いじめは嫌いなんだよ。 代わりに上がれ」


訳も分からず、千歳とのスパーが始まったんだけど、千歳は的が小さいせいで、狙いにくい。


『千歳とちゃんとしたスパーって初めてかも… 最初はいきなり左ハイキック食らってビビったっけ…』


懐かしい記憶が頭を過る中、しばらく千歳のジャブやボディをガードで受け、弾き飛ばしていたんだけど、千歳は動きにくそうにするばかり。


『なんだ? 動きが硬くね? どうしたんだろ…』


千歳のグローブを狙ってジャブを繰り出し続けていると、千歳は一気に距離を詰めて抱き着き、体を密着させてきた。


「…ムカつく」


「え?」


耳元で囁くように言われた後、千歳は一気に距離を取り、1年の方を向き始める。


「今のがクリンチね。 相手の連打から逃げたり、体力回復するときに使うんだけど、やりすぎると減点になるから気を付けて。 似た技でホールドっていうのがあるんだけど、これは反則行為になるから注意してね。 やり方は~~~」


千歳はそう言いながら俺の顔を抱きかかえ、なぜか頭を軽く連打しながら説明を開始。


『千歳、ナベシャツ忘れたんだ… 俺、このまま死んでもいいかも…』


その後も、千歳は俺の頭をがっしりとロックし、俺と密着したまま説明を続け、時々軽く殴られ続けていた。


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