第88話 反則

松坂のパンチを弾き、左ボディを打ち込んだ途端、タオルがリングに投げ込まれ、高山さんがリングに飛び込んできた。


『やっと終わった…』


軽く肩で息をしながらニュートラルコーナーに向かおうとすると、突然、後頭部に衝撃が走り、膝から崩れ落ちた。


ぼやけた視界が定まり、立ち上がりながら振り返ると、高山さんが必死に松坂を抑えている。


「松坂! お前の反則負けだ!!」


「うっせー!」


まるで駄々っ子のように声を上げる松坂の声を聴いた途端、ブチッと来てしまい、松坂に歩み寄った。


高山さんを押しのけ、逃げようとする松坂の腕を掴み、顔面を殴った瞬間、試合終了のゴングが鳴り響く。


「ただ今の試合、青コーナーの反則により、勝者赤コーナー松坂!」


「は? 俺?」


「ふざけんな!! てめーらの反則はカウントしねぇのかよ!!」


ヨシ君だけではなく、英雄さんと智也君、桜さんと凌の怒鳴り声が響き渡っていたんだけど、広瀬のトレーナーは平然と「広瀬ルールです」と言うばかり。


すると、千歳がゆっくりとリングに上がり、俺の肩を軽くポンと叩いてきた。


『あ、完全にキレてる… めっちゃ怖いんすけど…』


そんなことは言えないまま、リングを降りると、みんなは静まり返っていた。


試合直前、千歳の対戦相手である田中が切り出してきた。


「高校生だったっけ? 危ないからヘッドギアつけてね」


「いらない」


「え? で、でもさ…」


「いらない」


「マウスピースは?」


「いらない。 早くしてよ」


千歳がはっきりと言い切ると、田中は周囲を見回しながらリング中央へ。


試合開始のゴングが鳴ると同時に、田中は踏み込み、右のミドルを繰り出したんだけど、田中の右ミドルよりも先に、千歳の右ミドルが綺麗に決まり、田中は吹き飛ばされていた。


『な、なんだあの速さ!! あいつの体、どうなってんの!?』


呆然と千歳の後姿を眺めていると、試合終了のゴングが鳴り響いた。


みんなは歓喜の声を上げて喜んでいると、審判員の声が響き渡る。


「ただ今の試合、青コーナーの反則により、勝者赤コーナー田中!」


「どこが反則だぁ!!」


誰よりも早く抗議の声を上げたのが、オーナーである英雄さんだった。


「高校生はヘッドギアの着用を義務付けています」


「そんなルールあるか!!」


「広瀬ルールでは、ヘッドギアの着用を義務付けています。 よって反則です」


「だったら先に言うべきだろ!? ルールもろくに説明しないで、何が広瀬ルールだ!!」


英雄さんが怒鳴りつけると、千歳は英雄さんに歩み寄り切り出した。


「何度再戦したって、端からこっちの負けは決まってるんでしょ? 広瀬はスポーツマンシップに乗っ取ってないクソだってわかったし、ここに居たら腐るだけ。 腐る前に帰りたい」


はっきりとそう言い切り、更衣室に向かう千歳の横顔は、怒りに満ちていたんだけど、チャンピオンベルト以上にキラキラと輝いて見えていた。


高山さんが英雄さんに平謝りする中、桜さんは千歳を追いかけていたんだけど、ヨシ君が口を開いた。


「広瀬で一番強いの誰? プロでもトレーナーでもいいよ。 誰?」


広瀬サイドは口を閉ざしていたんだけど、高山さんが口を開いた。


「古沢だよ。 C級ライセンス保持者。 今日は来てない」


「そ。 俺が試合やりたがってたって言っといて」


「ヨシ君の圧勝だよ。 もし、古沢が中田ジムに移籍したら、間違いなく最弱になる。 中田ジムはそれくらいレベルが高い。 広瀬とは違って、全員が世界チャンプになる素質がある」


高山さんの言葉を聞き、広瀬のトレーナーは高山さんに対して抗議をしていたんだけど、英雄さんは呆れたように「着替えてこい」と告げ、みんなで更衣室に向かっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る