第40話 疑惑

中田の後を追いかけ、ロードワークを終えた後、自宅に戻ったんだけど、自宅の前には千尋がしゃがみ込んでいた。


「頼むから帰ってくれ」


ため息をつきながらそう言ったんだけど、千尋は「どうして?」と言いながら、声を上げて号泣し、慌てて家の中に入れていた。


すると千尋はピタッと泣き止み「ピザ頼もっか」と、笑顔で切り出してくる。


何度も「疲れ切ってるから帰れ」と言ったんだけど、千尋は笑顔でスマホを弄り「どれにする?」と聞いてくるだけ。


俺の話なんか一切聞かず、千尋はスマホでピザを注文するなり、「シャワー浴びてくるね」と言い、勝手にクローゼットを開ける始末。


呼び止める気力もなくなってしまい、ため息をついていたんだけど、しばらくするとインターホンが鳴り、デリバリーピザが届いてしまった。


仕方なく、財布を見ると600円しか入っていない。


浴室の前で、千尋にそのことを言うと、千尋は浴室内から「鞄に財布が入ってるから、そこから出していいよ」と切り出してきた。



千尋の鞄から財布を出し、中を見ると黒いクレジットカードが視界に飛び込む。


『ブラックカードってやつ? 初めて見た…』


そう思いながら金を払い、千尋の財布から黒いカードを手に取ると、そこには【HARUKA TANAKA】と書いてある。


『ナカタチヒロじゃない? タナカハルカ? え? どういうことだ?』


カードを見ながら考えていたんだけど、まったくと言っていいほど理解できず。


カードを見ながら呆然としていると、俺のワイシャツだけを着た千尋が部屋に戻り、慌てたようにカードを奪い取っていた。


「…どういうこと?」


「お母さんのカードなの。 何かあったら大変だからって、持たされてるの」


「なんで田中になってんの?」


「…実はさ、お父さんとお母さん、離婚してるんだよね。 苗字はお母さんの旧姓に変わったんだ」


「は? なんで言わねぇの? 一番重要なことだろ?」


「だって! お父さんの話をすると辛いんだもん… お父さんのこと、大好きだったし、私の怪我のせいで離婚しちゃったから…」


千尋はそう言いながらボロボロと涙をこぼし、何も言えないままでいた。


何も考えられず、一言も発することなく、目の前に置かれたピザを口にすることもなく、不信感が募るばかり。


そんな俺のことはお構いなしに、千尋は流暢に話し続け、ピザを食べていた。


「…帰ってくれ」


声を絞り出すように言うと、千尋は涙を流し始める。


千尋の見せる涙にうんざりし、黙ったまま財布と鍵、スマホを持って家を後にしていた。



行く当てもなく、何も考えられないままトボトボと歩いていると、背後から「あれ? 菊沢だっけ?」という声が聞こえ、振り返ると招待試合の時に対戦した他校生が駆け寄ってきた。


「あ、えっと…」


「小泉。 凌でいいよ。 家、この辺?」


「ああ… つーか何してんの?」


「ジム帰り。 中田ジムに通ってるんだ」


「中田ジムって… そこの通りをずっと先に行ったとこ?」


「そそ。 んで何してんの?」


「ちょっとな… そういやさ、中田英雄って知ってる?」


「ああ… まぁ…」


「だいぶ前に離婚したってマジ?」


「は? それはないって! だって、離婚してたら…」


凌がそこまで言いかけると、突然「ドーン」という声と共に、凌が突き飛ばされ、大学生っぽい男が笑顔で立っていた。


「痛ぇ… ヨシ君マジで不意打ちやめて?」


「何してんの? ナンパ?」


「違ぇし! これから帰るんだし」


「俺も帰るんだし。 あ、明日ジム行く?」


「行くよ。 ちーとスパーする約束してるし」


「ま~た泣かされんのか。 つーか今何時?」


「20時過ぎ」


「やっべ! 兄貴帰ってるじゃん! じゃな!!」


ヨシ君と呼ばれた男と凌は、そのまま手を振り合ってその場を去り、俺一人が取り残されていた。


『中田ジムに通ってるちー? え? 中田ジムってもしかして英雄さんが? そこに行けばちーに会えるかも? けど、ちーって千尋だろ? たまたま同じあだ名ってだけ? やべぇ… わかんねぇ…』


考えれば考えるほどわからなくなり、頭の中がグチャグチャになっていった。

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