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「着いてくるな、クラヴェル! これは遊びでは無いんだぞ!」


「遊びかそうじゃないかの違いくらい私にも分かる! 私は召喚術士だ!」


 図書室を出て、正面ロビーに向かうブレドルフに必死に着いていきながら、クラヴェルが言い返した。ブレドルフは埒があかない、と今度はその後ろの十太に視線を向ける。


「お前の主人になる奴は、どうしてそう頑固なんだ! お前、御仕みつかえならなんとかしろ!」


「中佐殿の願いとは言え、主君しゅくんのご命令に逆らうことはできません」


 息が上がった主人を肩に担ぎ上げながら、十太が答える。「主君は私が守ります」


 ブレドルフは嘆息する。


 図書室で応援要請の通信が入って、ブレドルフはその場の全員に待機の指示を出して図書室を出た。


 しかし、すぐにその後をこの二人が追いかけてきたのである。


 一応、ルシエルとその他二人は指示通り図書室に待機しているらしいが、確認はしていない。


 無線から逐一入ってくる連絡によると、正面ロビーで暴徒複数との混戦状態である様だ。


 前に戦場、後ろに言うことを聞かない召喚術士。


 先を急ぎながら、ブレドルフの心は頭痛のための薬を欲していた。




 無線からの通信を受け取ったブレドルフが退室し、クラヴェルと十太がそれを追っていった後の図書室。


 残されたルシエルはリュウとシノを前に、何だか気まずそうにしている。


 リュウはどこ吹く風で、暇そうに獲物の棒を両手でもてあそんでいた。


 悠然と構えていたシノが、おもむろに喋り出した。


「それにしても、二人とも本当に大きくなったねえ。初めて会った時は……そう、ルシエルは私の膝くらいまでしか背がなかったかな」


 にこやかに話しかけてくれる様子に少しの安堵を覚えて、ルシエルは会話に応じる。


「ごめんなさい、全然覚えてない……」


「謝る事はない。人間の記憶なんていい加減なものさ」


 言葉選びにはとげがあるが、シノを見ると決して嫌みで言っている訳では無さそうだった。ルシエルはどう返したものか計りかねて、愛想笑いを返す。


「クラヴェルなんて、ほとんどよちよち歩きだったんだ。……彼女、何となくジョルディーヌ様に似ているねえ」


 シノはそう言って、含みを持たせた目でリュウを見る。リュウは乱暴に答えた。


「ああ? 親子なんだから当然だろ」


「そうじゃなくて……なんかこう……雰囲気、かな? 何だか、この人がいれば大丈夫かな、って気になってくる」


「……なんかそれ、分かるかも」


 呟いたルシエルを御仕え二人が見た。リュウの睨む様な視線にルシエルが怯みつつ続ける。


「……昨日も一昨日も私、クラヴェルがいなかったらきっと死んじゃってた。地下室を見つけた時だって、今日の馬車でだって、クラヴェルは絶対に諦めなかったもの」


「『〈十二月じゅうにつき〉たる者、決して諦めぬ者であれ』、か……」


 シノはクラヴェルの言葉をそらんじる。リュウは腕を組んで、むすっとした顔をしていた。


「彼女を信じてみるのも、面白い選択だと思うけどね……」


 シノがその絹のような髪を指でもてあそびながら呟く。


 リュウは締め切られた扉を睨んでいた。




 ロビーにたどり着いたブレドルフ、クラヴェル、十太が見たのは、混沌と化した戦場だった。


 敵味方が入り乱れて乱闘状態になっており、負傷して動けないものがそこらにゴロリと転がっている。


 クラヴェルが初めて目の当たりにする戦地に呆然とする間もなく、十太が流れ弾を切り伏せる。


 飛んできた殺意に思わず肩をびくつかせたクラヴェルに、ブレドルフが怒鳴るように言う。


「気が済んだか。ここはとっくに戦場なんだ。お前は下がっていろ」


 そう言って、もはや無差別に襲いかかってくる敵を構えた拳銃で次々と打ち抜いて、ブレドルフは戦場を駆けていった。


 クラヴェルは十太に命令しようとして、自分の声が驚くほど震えている事に気づいた。

「十太……中佐の加勢を……」


 言っている間にも弾が飛び交い、刃と怒号が響き合っている。


 十太はすっかりすくみ上がってしまっている主人を後ろに、流れ弾を弾き、向かってくる刃を折った。次なる攻撃に気を配りつつ、主人に話しかける。


主君しゅくん……やはり中佐殿の言うとおり、部屋に下がりましょう……。今の主君は、この戦場で戦うにはとても…………」


 十太が言葉を探していたその時、声が降ってきた。


「だらしねぇなぁ! 〈十二月じゅうにつき〉の娘さんよぉ!」


 声の聞こえた方を振り仰ぐと階段の踊り場から、図書室に置いてきたはずのリュウ・ミレトラーとシノ・ラフェクラスがこちらを見ていた。


 二人に隠れるようにルシエルも一緒に居る。


 クラヴェルと目が合うと、リュウは乱暴にルシエルをその肩に担ぎ上げて、シノと一緒に手すりから足を踏み出した。


「きゃああ!」


 担ぎ上げているルシエルに悲鳴を上げさせながら、リュウとシノは二階の踊り場から飛び降りた。


 クラヴェルの目の前に着地したリュウは、ルシエルを十太の方へ放ってクラヴェルを見下ろす。


「お前、ジョルディーヌ様を探しに行くのか?」


 おもむろに問うたリュウに、たじろぎつつも、クラヴェルは答える。


「あ、ああ……」


「お前に着いていけば、ジョルディーヌ様にまた会えんのか?」


「……ああ」


 そう信じているというより、判りきった事の様に返答する。


 リュウは目を閉じて息を吐き、そして瞳を開いた。


「じゃあ、こんな所で諦めてるんじゃねぇ。生きる道は人に与えて貰うもんじゃねぇ、自分で勝ち取るもんだ」


 リュウが言った一言に、先ほど暗唱した母の教えを思い出した。


 クラヴェルは自分の頬を叩いて、弱気を追い出す。〈十二月〉たる者、決して諦めぬ者であれ。


「決まりだ。いいよな、シノ」


「もとよりそのつもりさ」


 白銀の人はごく軽い口調で相棒に答えた。


 クラヴェルはニヤリと笑って、十太に命令する。


「十太、契約を交わす間、誰一人近づけさせるな」


「御意」


 短く答えて、十太は刀を抜いて前へ出る。同時にクラヴェルはポシェットから取り出した数珠を目の高さに構えて、左手に印を結ぶ。


 数珠は蛇がとぐろを巻くように、尾を床に下ろした。


 暴徒達で狂乱しているロビーで、御仕え達の耳に朗々たる声が届く。


「〈召喚士・クラヴェル〉の名において、契約する。信念の下に我を助け、道を違えし時は、拳を持って我を救え」


 よく知る空気の震え――戦場とはまた違ったそれに気づいて、ブレドルフがクラヴェルを振り向いた。まさか、これは。


「召喚術士だ! 殺せ!」


 暴漢の一人が叫び、無数の弾丸がクラヴェル達三人を襲う。


 それを切り伏せる十太の隙を突いて、大男が斧に似た武器を手にクラヴェルに斬りかかろうとした。


「邪魔しないで!」


 とっさにルシエルが、木刀を抜いて男の武器を跳ね上げる。十太が空中から放った回し蹴りが決まって、男はゴム鞠の様に飛んでいった。


 リュウとシノの瞳に映ったクラヴェルの姿が、ジョルディーヌに重なる。身長や顔はまるで違うのに、本当に、よく似ている。


「名を!」


 若き召喚士の声に、彼らの唇が動く。


「〈猛き闘いを知る烈火の魔術士〉リュウ・ミレトラー」


「〈気高く高貴なる白銀の魔術士〉シノ・ラフェクラス」


 そして二人の声が重なった。「結ぶ!」


「締結!」


 クラヴェルが宣言して数珠を振り、彼女とリュウ・ミレトラー、シノ・ラフェクラスの体を足の裏から頭のてっぺんまで、赤い光が走っていく。


 次の瞬間、クラヴェルの背後から凶刃が襲いかかった。


「死ねやぁ、召喚士!」


 剣を振りかざす男がそう言い終わった次の瞬間には、リュウの棒が男の武器を絡め取って横から顔を殴り、また正面から石突きで顔面を潰し、最後にリュウの足に蹴り飛ばされて吹き飛んでいった。


 新たな主人に背中を見せて着地したリュウは、棒先を下に構えて臨戦態勢を見せる。


 シノは新たな主人と背中合わせに立って、細身の銀色のトンファーを両手に構えた。


 二人の新たな若き主人が、最初の命令を下す。


「暴徒を拘束しろ!」


「イエス、マスター!」


 二人は答えてロビーに散って行く。


 召喚士の守りが手薄になったのを見計らって、暴徒が背後から棍棒を振り上げた。


 その男は横から飛ぶように迫り来る姿を確認する間もなく、十太に切り伏せられる。


「仲間が増えたぞ、十太。どうだった、私の凜々しい契約」


 主人を狙って放たれた弾丸を相手の眉間に弾き返して、十太は答えた。


「お見事でございました、我が主君」

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