第27話 大江戸恋愛温泉

日曜日になった。

演劇が行われる場所は、少し離れたところにあった。

電車で移動してから徒歩で劇場に着いた。


開演まで三十分。

お客さんは、結構入っていた。

チケットを受付で渡して劇場の中に入っていく廊下を歩いていくと入り口近くで、劇に出演する人たちなのか劇場に入っていくお客さんと握手していた。


「あっ、来て下さったんですね。先日は自転車屋の場所を教えて頂き、ありがとうございました。本当に助かりました」


あのチケットをくれた男の人が、俺に気づいて話しかけてきた。


「ああ、あの時の。いえいえ。お客さん結構入ってますね」


「ええ、おかげ様で。是非楽しんでいってください。終わった後、控室に来てくれますか?皆に紹介したいので。スタッフには話しておきますから」


「えっ?ああ、はい」


会場に入り、席に座った。

なんと一番前の見やすい席を用意してくれていたのだ。

めっちゃ良い席じゃないか。

いいのか?

タダでこんな席もらっちゃって気が引けるなー。


開演時間になった。

幕が上がり、大江戸恋愛温泉が始まった。

話の内容としては、江戸の温泉で働く女性に一目惚れした奥手な主人公が、毎日温泉に通って女性と仲良くなりたいと考えているが、なかなか上手くいかない。主人公の気持ちに気づいた世話好きなお客たちが面白おかしく、あの手、この手を使って二人をくっつけようとする人情味溢れる笑いあり、涙ありのドタバタ温泉恋愛物語だ。


そして主人公役として舞台にあがってきたのは、なんとあの男性だった。

えっ、マジかよ。主役なのか。


序盤で主人公の気持ちに気づいた世話好きなお客達は、色々な手を使う。

女性に好きな食べ物は何かあるかいと聞きだしたお客の一人に、女性はおはぎが好きですと答えた。

すると、そういやおめぇ、おはぎの美味い店知ってんだろう。今度買ってきてやれとナイスパスを送る。しかし主人公は察する事ができず、おはぎの美味い店なんざわからねぇと答えてしまい、お客が物凄く苦い顔をする。

この顔芸が面白くて台詞がないのに笑えてくる。

他のお客達も色々な手を使い、二人の距離を縮めようと頑張るが、なかなか上手くいかない。

次第にお客達も少しずつ強引になってくる。

風呂場から石鹸を持ち出し、女性の足元に向かって滑らせる。

そして女性がツルッと石鹸で滑ったところを一番近くにいた主人公に助けさせようとするが、石鹸は想像以上に滑っていき、女性の足元を越えて、更に奥にいた髭親父を滑らせて転ばせてしまうだけの結果に終わる。

会場は大ウケだった。

もちろん俺も笑った。


そして温泉を狙う強盗団が現れる。

強盗団は金目の者を奪って逃げようとするが、見回りをしていた女性に見つかり、仕方なくそのまま誘拐した。

それを知った主人公は、一人で強盗団のアジトに乗り込んだ。

そして強盗団をたった一人でバタバタと倒していき、女性を助けた。

主人公は恋愛に奥手でおとぼけた感じの平凡な男に見えていたが、実はめちゃくちゃ強い剣の達人だった。

その剣術もとてもよく表現されていて迫力があった。

この終盤にきて主人公が、めちゃくちゃかっこよく凛々しく見えた。


そしてラストは、女性と結ばれてハッピーエンドとなった。


これが本物の役者の演技力なんだな。

おとぼけて笑わせたり、急にかっこよくなったり。

俺は物凄く衝撃を受けた。


演劇が終わり、俺は言われたとおり、控室へと向かった。

スタッフに呼ばれた事を伝えるとすぐ通してくれた。


控室のドアを開けた。


「すみません。舞台が終わった後、来るように言われたんですけど……」


「あっ、来てくれましたか。皆さん、この人が前に自転車屋さんを教えてくれた人です」


さっきまで舞台にあがっていた人達が目の前にいる。

主人公の人にお客達、女性、髭親父に強盗団。

なんだか凄い光景だ。

これってもしかして、かなり貴重な体験なんじゃないのか。


「み、皆さん、本当にお疲れさまでした!舞台めちゃくちゃ良かったです!本当に楽しかったです!」


「そう言ってもらえて嬉しいです」


色々な話をした。

何歳だとか大学生やってるだとか。

スーパーに自転車でわざわざ来てたのは、劇場近くのスーパーが改装中だったからだそうだ。

普段関われないような人達と関われて、とにかく楽しい時間だった。

握手もしてもらったし、写真も撮らせてくれた。

良い思い出になった。


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